その手に触れて引き寄せて

葉月にちか

第1話 再会――忘れられない恋

 やってしまった。


 私は今テレビCMでもよく目にする、業界大手の企業本社ビルの真下でその聳える建物を見上げている。


「はぁ、行くかぁ」


 セリフの割に気力のない情けない声だ。

 旅行代理店に勤めていれば、誰にでも起こりうる種類のミス。そこまで大事にはならなかったが、そこそこキャリアも積んでいた私からすれば恥ずかしいことだ。確認さえきちんとすれば起こることはなかっただろう。

 

 うちの代理店にとって、年間取引額でも上位に入る大口企業で大事なお客様である。法人出張の宿泊手配で、日付を一日早く押さえてしまったという単純なミス。先方から届いた出張申請書に記載されていた日程を、そのまま信じてしまった。仮のままだったことに気づかず、確認の連絡も入れなかった。


 繁忙期で、すでに変更はきかない。電話口で事情を説明したあと、私はすぐに上司に報告し直接謝罪へ伺うことになった。


 こういう時こそ誠意を示し、きちんと謝罪だ。


 息を整えた私は、スーツの襟を正して会社のビルの門をくぐったのだ。


 ◇


 一室に案内され待つ私。数分後、扉が開き反射的に腰を上げた瞬間、視界に入った顔に思わず目を見開く。


「お待たせしました」


 ——え?


「本日はご足労ありがとうございます」


 落ち着いた声。

 でも少し低くくなった気がする。けれどそれは経過した時間と都合のいい記憶がそう思わせるだけだろうか。


「い、いいえ。この度はこちらの不手際で、大変なご迷惑をおかけしました」

「どうぞ、お掛けください」


 淡々と定型文のように語られるその声は懐かしさまで滲ませてくる。


「こ、今回の手配担当をさせていただいております、高橋たかはしです。この度は確認を怠り、こちらの不手際でご迷惑をおかけしました」


 そう告げて、名刺を差し出す。


「総務の市原いちはらです」


 彼はそれだけ言って、私の名刺を受け取ると先に腰掛け「どうぞ」と視線を名刺から外してしまった。


 感情を挟まず、仕事として淡々と話を進めていく相手。それに倣うように私も今回起きた原因、今後の対応を真摯に伝え、必要な確認だけを再連絡する。最後に私が用意してきた再発防止策に目を通すと、彼は一度だけ頷いた。


「こちらとしては、原因が分かれば十分です」

「え?」

「次回以降はこのフローでお願いします。こちらでも共有しておきますので」

「……よろしくお願い致します。本当にご迷惑をおかけしました……」


 それで話は終了。あっけないほどあっさりと終わってしまった。


 ビルを出て足が止まる。ホッとした……よりかは悶々。


 ――なに? 気づいてないの!?


 どこまでもビジネスライク! 当たり前か!? 当たり前か! けれど私はとても動揺したし、驚いたし……興奮しているのだが!


 ――晴人はるとじゃないの!? 晴人でしょ!? 晴人じゃんか!


 市原晴人――彼は高校の同級生で私の……初恋の人だ。


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2026年1月15日 21:00
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2026年1月17日 21:00

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