聖女の皮を被ったサキュバス――小鳥遊さんは俺を理性の限界へ連れていく

冰藍雷夏(ヒョウアイライカ)

第1話 天然エロティク

 放課後の旧校舎、文芸部室。


 窓から差し込む西日が、埃の舞う室内を黄金色に染めている。


​「……ねぇ、滝くん。そんなに離れて座らなくてもいいじゃない。寂しいよ?」

 ソファーの端っこで、鉄の意志を持って背筋を伸ばしている僕、鳥羽 《とば》 たきに向かって、隣の小鳥遊たかなし 春風はるかがじりじりと距離を詰めてくる。

 彼女は、この学校の男子全員の憧れを一身に背負う「聖女」だ。


 艶やかな黒髪、品のある立ち振る舞い、そして誰にでも分け隔てなく接する優しさ。


 だが、そんな彼女が文芸部室という二人きりの密室で見せる姿は、聖女なんて高潔なものじゃない。

「小鳥遊さん、近すぎるって。ほら、原稿のチェック中なんだから、パーソナルスペースを確保してくれ」

「いいじゃない。一緒に見たほうが効率的でしょ? それに……『春風』って呼んでって、いつも言ってるのに」

 春風は、僕の右腕に自分の細い腕を絡ませ、覗き込むように顔を近づけてきた。


 ……まずい。腕に伝わる、柔らかすぎる感触。


 彼女の制服のブラウスは、いつも微妙にサイズが合っていない気がする。

 豊かな胸の曲線に合わせてボタンが悲鳴を上げ、その隙間から覗くレースの縁取りが、僕の網膜を焼きに来ている。

 彼女が動くたびに、甘ったるい、それでいて清潔感のある香水の香りが鼻腔をくすぐった。

「……あ、ここ。誤字じゃないかな?」

 彼女が僕の手元のノートを指さした瞬間、ふわりと胸の重みが二の腕に乗った。


 確信した。これは、当たっているとかいうレベルじゃない。めり込んでいる。

「滝くん? 顔が赤いよ。熱でもあるの?」

「……夕日のせいだ。それより、その格好……少しは自覚を持て」

「格好? ああ、もう。滝くんは潔癖なんだから」

 春風はいたずらっぽく笑うと、ひんやりとした指先で僕の首筋をなぞった。


 ビクッと肩を震わせる僕を見て、彼女は満足そうに目を細める。

「ねぇ、滝くん。私、最近ちょっと太ったかな?」

 唐突に、春風がそんなことを言い出した。

 世の男性を敵に回すようなセリフだが、彼女のスタイルは完璧だ。出るべきところは出て、締まるべきところは極限まで締まっている。

「……別に、そうは見えないけど」

「でも、スカートのホックがちょっときつくて……見てくれる?」

 「は?」と声を漏らす間もなかった。


 彼女はあろうことか、僕の目の前でスカートのウエスト部分を指で押し下げてみせたのだ。

 現れたのは、瑞々しく光を反射するような、白く引き締まった腹部。


 そして、その少し下に食い込む、淡いピンク色の下着のライン。

「なっ、何やってんだお前は……っ!」

「え? だって滝くんなら変なことしないでしょ? 私、滝くんのことは心から信頼してるもん」

 この女は、これだ。

「信頼」という最強のバリアを張りながら、男の理性という名の防波堤を重機で破壊しにかかってくる。


 本人は「天然」を装っているのか、それとも確信犯なのか。


 もし確信犯だとしたら、彼女は世界一質の悪い小悪魔だ。

「……そんな、期待に満ちた目で見ないでよ。何か、してほしいの?」

 春風が上目遣いで僕を見つめる。

 

 わずかに開いた唇が、熱を帯びた吐息を漏らす。


 彼女の指が、僕のシャツのボタンに触れた。

「私、知りたいんだ。滝くんが書く小説の中の『熱いシーン』って、どんな感じなのか。……言葉じゃなくて、もっと直接的に」

​「小鳥遊、さん……」

​「春風、でしょ?」

 彼女は僕の膝の上にすとん、と腰を下ろした。


 スカートが捲れ上がり、露わになった太ももの白さが目に痛い。


 密着した体から伝わる熱量は、外の夕日よりもずっと熱く、僕の思考を真っ白に染め上げていく。

「……っ、もう限界だ! 帰るぞ!」

 耐えきれず、僕は彼女を優しく(しかし迅速に)引き剥がすと、鞄を掴んで立ち上がった。


 これ以上ここにいたら、僕は「信頼される友人」という仮面を脱ぎ捨ててしまう自信があった。

「あはは、滝くん待ってよ! 冗談だってば、顔真っ赤だよ?」

 背後で、春風の鈴を転がすような笑い声が響く。


 部室を飛び出す僕の背中に、彼女の声が追いかけてきた。

「また明日ね、滝くん。明日はもっと、描写の勉強……付き合ってね?」

 旧校舎の廊下を駆け抜けながら、僕は荒い息を吐き出した。




第1話を最後まで読んで頂きありがとうございます。

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