残酷に朝を告げる

真綿

第1話

わたしは残酷に朝を告げる


わたしは、今からとても残酷なことをする。もし本当に地獄があるとすれば、私の行く末はそこだろう。


「”ルシアス”姫様。」


そう呼びかけた声はひどく乾いていて、空気に触れて溶けていった。


姫は、わたしを振り返った


「ラーネ?今日のドレスはどうしようかな

青緑の気分だったけど、姉様のお気に入りと被っちゃうね」


また叱られるよーと顔を歪ませる姫は、この惨事のことなど知らないような無垢な幼女の顔をしていた。


姫の唯一の肉親、王と姉が、血の海の中で横たわっている中で。


クルトガ王国は、小さな海を持つ美しい王国である。特産品は海で取れた魚たちを干したものと、国の女たち手織りの布。


王妃が先だったものの、厳格な王と美しい二人の姫。姉のルシアス姫は国一番と言われるほど美しく、聡明と評判で。妹の姫は引きこもりがちだがかわいらしいお方。どこにでもある、普通の王国だった。ある点を除いては。


観光に訪れる人々は、城下町の色とりどりの民家を見てみな首を傾げる。小さな民家の屋根。独立したそれらを繋ぐロープ。ロープに結び付けられた旗には幾何学模様と、この国の言葉で「神を忘れるな」と書かれていた。


クルトガ王国は熱心な信仰国家だった。はるか昔、病に臥した王が神に祈ったところ病が治り国民たちは喜び踊ったという昔話が語り継がれている。


冒頭に戻る。まだ夜明け前の寝室。血に塗れたベッドと、二つの亡骸。乳母であるわたしと一人残された哀れなお姫様。


わたしは怯えていた。この平和な国に警備の兵はいない。責任は全てわたしが引き受けなくてはいけない。


きっともう、普通には出歩けない。優しかった国民からは石を投げつけられるだろう。


一体どうすればよかったのだろう


瞬間、あまりにも非道い答えが浮かび上がった。神がいないとこの国は滅びてしまう。けれどルシアス姫はもういない。それならば残った姫を神にすればいいのだ。天啓というべきか、人は窮地に追い込まれると自分以外どうでも良くなるのだなと実感してしまった。


わたしは姫に言う。あなたが神になるのだ、と。その役割を果たしていた王妃が倒れ、継ぎ人であったルシアス姫もいない今、あなたが。


姫は言う。わたしは神にはなれない。そんな偶像を必要としてはいけないと。この国は今変わるべきだ。


姫は強かった。本当の意味でこの国を愛していて、変わってほしいと願っていた。そして姫は賢かった。ただの女である自分にはできないことであるとわかっていた。


「あなたに国を一から変える力はありません。信仰がどれほど深く根付いているか、賢いあなたならご存知でしょう」


「神様になる未来を心待ちにしていたお姉様を、お可哀想だとは思いませんか?」


姫は何か言いたげに小さく口を開きかけ、閉じた。



最終的に姫は折れた。ルシアス姫として生きること、神になることを承諾した。わたしは心底安堵した。


幼い頃から姫を見てきたわたしは、その決断に泣き叫びそうになった。神になるということがどういうことか、彼女はまだ分かっていないだろう。それがどれほどの重圧を持つことか、どれほどの苦しみを背負うことか。


わたしは、己の保身の為に姫を犠牲にしたのだ。


姫は母と姉に代わり、神としての役割を難なくこなした。真っ白な化粧で素顔を隠し、誰とも目を合わせない日々。塩とパンのみの食事をとり、神殿に参り国民に祝福を与えて歩いた。休みは1日もなく、身を削って国に尽くした。


一介の乳母であるわたしはその頃にはお役御免となり、家庭を持っていた。優しい夫と子供にも恵まれていた。干し魚を焼き、野苺を取ってはたべる、小さいながらも穏やかな暮らしだった。


一度、街を練り歩く姫の姿を見たことがある。

分厚い化粧を施してあるであろう顔は遠目でもやつれ、幼い頃の無邪気さや明るさはすっかり消え失せていた。彼女は神になったのだと、そう思った。


そうして神になった姫は、一人の男と結ばれ二人の子供を授かることになる。それと同時に病に倒れ、二人の赤子を産むと同時に亡くなった。奇しくも彼女の母と同じ病だった。


国民は救えても、自分のことは救えなかった。そんな可哀想な、神さまのお話

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