第二十一章 戦場の郵便局

和平条約が調印されてから、半年が経った。


 世界は、着実に変わっていた。


 かつての戦場は、新しい町に生まれ変わりつつあった。人間と魔族が共に暮らす、初めての混合都市が建設され始めていた。


 郵便網は、大陸全土に広がっていた。さらに、アクアリア諸島との定期便も増便され、国際郵便は日常的なものになっていた。


「局長、報告があります」


 エリナが言った。


「今月の取扱通数が、百万通を超えました」


「百万通……」


 正配は、感慨深げに呟いた。


「すごいですね。最初は、一日数通だったのに」


「ああ。みんなのおかげだ」


 正配は局員たちを見回した。


 シルフィア、ダルク、エリナ、グロム、ミミ、ユリウス、ゴルト、セリーナ。そして、多くの新しい仲間たち。


「みんな、ありがとう」


 全員が笑った。


   *


 ある日、魔王が郵便局を訪れた。


 もはや、「魔王」という呼び名は使われていなかった。彼は今、「守護者」として、世界の平和を見守る存在となっていた。


「久しぶりだな、局長」


「ああ。元気そうだ」


「お前のおかげだ。お前がいなければ、私は今も戦っていただろう」


「俺じゃない。手紙の力だ」


 魔王——いや、守護者は笑った。


「謙遜するな。お前は、この世界を救った」


「救ってなんかいない。届けただけだ」


「届けることが、救うことだったんだ」


 守護者は、窓の外を見た。


「この世界は、まだ完全に平和じゃない。問題は山積みだ。だが、少なくとも、繋がりは生まれた」


「ああ」


「繋がりがある限り、人は対話できる。対話ができる限り、争いは避けられる」


「その通りだ」


「だから——」


 守護者は正配を見た。


「これからも、届け続けてくれ」


「もちろんだ。それが俺の仕事だ」


   *


 守護者が去った後、正配は局舎の屋上に上った。


 二つの月が、静かに光っている。


 この世界に来て、もう何年になるだろう。


 最初は、途方に暮れていた。見知らぬ世界で、何ができるのかも分からなかった。


 だが、今は違う。


 仲間がいる。届けるべき手紙がある。待っている人がいる。


 これが、自分の居場所だ。


「局長」


 シルフィアが上ってきた。


「何を考えているんですか」


「昔のことをな」


「昔?」


「俺のいた世界のことだ」


 正配は星を見上げた。


「あの世界には、娘がいた」


「娘さん?」


「ああ。最後に会ったのは、こちらに来る前の正月だった。元気にしているだろうか」


「会いたいですか」


「……ああ。会いたい」


 シルフィアは黙った。


「でも、無理だな。この世界から、元の世界に手紙を届けることはできない」


「分かりません。万物配達権なら——」


「無理だ。試したことがある」


 正配は苦笑した。


「世界を超えた配達は、さすがにできなかった」


「そうですか……」


「でも、いいんだ。俺はここにいる。ここで、やるべきことがある」


 正配は空を見上げた。


「娘には、申し訳ないと思っている。でも、後悔はしていない。俺は、ここで必要とされている。それだけで十分だ」


 シルフィアは何も言わなかった。


 ただ、正配の隣に立って、星を眺めていた。

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