第十九章 最後の選択

魔王城で、正配は魔王と会った。


「襲われたと聞いた。大丈夫か」


「ゴルダスのおかげで助かった。ありがとう」


「礼はいらん。お前は大切な存在だ」


 魔王は立ち上がった。


「本題に入ろう。重要な話がある」


「何だ」


「戦争継続派が、最終攻撃を計画している」


 正配は息を呑んだ。


「最終攻撃?」


「人間の側にも、魔族の側にも、和平を望まない者がいる。彼らが手を組み、大規模な戦闘を起こそうとしている」


「なぜ」


「一度、大きな戦いが起これば、和平の気運は消える。再び、長い戦争が始まる。彼らはそれを望んでいる」


「いつ」


「三日後。四王国同盟と魔王軍の主力が、中央平原で対峙する。そこを襲撃する計画だ」


 正配は考え込んだ。


「止められるか」


「難しい。彼らは、両軍の内部に潜んでいる。表面上は、正規の兵士だ」


「情報は確かか」


「確かだ。内通者からの報告だ」


 正配は立ち上がった。


「じゃあ、止めるしかない」


「どうやって」


「分からない。でも、やるしかない」


   *


 正配は郵便局に戻り、緊急会議を開いた。


「状況は、分かったな」


 全員が頷いた。


「三日後、最終攻撃がある。両軍の戦争継続派が、和平を潰すために」


「どうするんですか、局長」


 シルフィアが尋ねた。


「止める」


「でも、どうやって」


「手紙だ」


 正配は言った。


「両軍の兵士に、手紙を届ける。家族からの手紙を」


「家族からの手紙?」


「ああ。戦場に行く前に、家族の想いを届ける。それが、殺し合いを止めるきっかけになるかもしれない」


「でも、三日しかありません。全ての兵士の家族から手紙を集めるなんて——」


「分かっている。だから、別の方法を使う」


 正配は目を閉じた。


「世界配達の時と同じだ。俺の力を使って、直接届ける」


「また、あれをやるんですか」


 ミミが心配そうに言った。


「前回は、三日間も意識を失いました。今度は——」


「今度は、もっと軽い。対象が限定されているから」


「でも——」


「やるしかない。他に方法がない」


 沈黙が流れた。


「俺も行く」


 ユリウスが言った。


「戦場で、直接呼びかける。俺は勇者だ。両軍に、それなりの影響力がある」


「危険だぞ」


「分かっている。でも、やらなきゃいけない」


 正配は頷いた。


「ありがとう」


   *


 三日後、中央平原。


 四王国同盟と魔王軍の主力が、向かい合っていた。


 数万の兵士が、戦場に集結している。空気は張り詰め、一触即発の状態だった。


 その中央に、郵便局が転移した。


「何だ、あれは」


 両軍の兵士たちが、驚きの声を上げた。


 正配は局舎から出て、両軍の間に立った。


「私は、転生郵便局の局長だ」


 声が、戦場に響いた。


「戦いを始める前に、皆に届けたいものがある」


 正配は目を閉じた。


 万物配達権、発動。


 光が広がった。


 数万の兵士、一人一人の胸に、光が届いた。


 それは、家族からの手紙だった。


 正配が、各兵士の家族の想いを、直接届けたのだ。


『お父さん、無事に帰ってきて』


『兄さん、待ってるよ』


『息子よ、死なないで』


『夫へ、愛しています』


 無数の声が、兵士たちの心に響いた。


   *


 戦場が、静まり返った。


 兵士たちは、それぞれの胸に届いた想いに、呆然としていた。


「何だ、これは……」


「家族の声が……」


「死にたくない……」


「帰りたい……」


 剣を下ろす者が出始めた。


 その時——


「騙されるな!」


 叫び声が上がった。


 戦争継続派だ。両軍の中から、武器を振り上げた者たちが飛び出してきた。


「これは魔王の策略だ! 惑わされるな!」


「戦え! 敵を殺せ!」


 彼らは、正配に向かって突進してきた。


 正配は動かなかった。


 その時——


「やめろ!」


 ユリウスが、彼らの前に立ちはだかった。


「俺は勇者ユリウスだ! かつて、魔王と戦い、敗れた男だ!」


 戦争継続派が、動きを止めた。


「だが、今は違う! 俺は、この戦争を終わらせたいと思っている!」


「裏切り者が——」


「裏切りじゃない! 俺は、民を守りたいだけだ! お前たちだって、本当は分かっているはずだ!」


 ユリウスは叫んだ。


「この戦争で、何人が死んだ! 何人の家族が、悲しみに暮れた! もう、十分だろう!」


 戦場が、静まり返った。


「俺たちは、繋がれる! 人間も魔族も、同じ空の下に生きている! 殺し合う必要なんかない!」


 ユリウスは剣を地面に突き立てた。


「俺は、戦わない! 誰とも、戦わない!」


   *


 長い沈黙の後——


 一人の兵士が、剣を下ろした。


 もう一人が、続いた。


 やがて、次々と、武器が地面に落ちていった。


 戦争継続派は、孤立した。


 彼らの周囲には、武器を捨てた兵士たちが立っている。


「……終わりだ」


 リーダーらしき男が、力なく言った。


「もう、戦う者はいない」


 男たちは、その場に崩れ落ちた。


   *


 正配は、空を見上げた。


 二つの月が、静かに光っている。


 戦いは、終わった。


 少なくとも、この日の戦いは。


 だが、これで終わりではない。


 これは、始まりだ。


 新しい世界への、最初の一歩だ。


「局長」


 ユリウスが隣に来た。


「やりましたね」


「ああ。やった」


「これで、戦争は終わるでしょうか」


「分からない。でも、可能性はある」


 正配は笑った。


「続けよう。届け続けよう。いつか、必ず——」


「はい」


 ユリウスも笑った。


 戦場に、静寂が訪れていた。


第五部 配達完了

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