第十七章 千年前の手紙

正配が目を覚ましたのは、三日後のことだった。


 窓から差し込む光が眩しい。体中が痛い。指一本動かすのも辛い。


 だが、生きている。


「局長!」


 ミミが飛び込んできた。


「目が覚めたんですね!」


「ああ……どれくらい寝てた」


「三日です。ずっと、起きなくて——」


 ミミの目に涙が浮かんだ。


「心配した」


「すまない。心配かけた」


 シルフィアも入ってきた。


「お加減は」


「最悪だ。体中が痛い」


「無理をしすぎです」


「分かっている。でも、やらなきゃいけなかった」


 正配はゆっくりと体を起こした。


「それで、どうなった」


「どうとは」


「世界配達の後だ。何か変化はあったか」


 シルフィアは少し躊躇った後、報告した。


   *


 世界配達の後、各地で様々な反応があった。


 多くの人々は、光の手紙に驚きつつも、その内容に心を動かされた。


 一部では、対話を求める動きが生まれた。敵対していた村同士が、手紙を交わし始めた。


 だが、全てが良い方向に動いたわけではない。


 四王国同盟の一部は、光の手紙を「魔王の策略」と解釈した。魔王に対する敵意を、さらに強めた者もいた。


 魔王軍内部でも、意見が分かれた。和平を望む者と、あくまで戦争継続を主張する者。


「一言で言えば、混乱しています」


 シルフィアは言った。


「手紙の内容自体は、多くの人に届きました。でも、それをどう解釈するかは、人それぞれで」


「そうか」


 正配は窓の外を見た。


 二つの月が、昼間の空に浮かんでいる。


「まあ、そんなもんだろうな」


「え?」


「手紙を届けたからって、世界が一瞬で変わるわけじゃない。変化には、時間がかかる」


「でも——」


「大事なのは、きっかけを作ったことだ。後は、人々が自分で考えて、自分で決める」


 正配は立ち上がろうとした。足が震えた。


「まだ無理しないでください」


「いや、やることがある」


「何を」


「魔王に会いに行く。報告しないと」


   *


 正配が魔王城を訪れると、魔王は玉座で待っていた。


「生きていたか」


「ああ。約束通り」


「報告は聞いた。手紙は、世界中に届いた」


「そうだ」


「だが、反応は——」


「様々だ。信じる者もいれば、疑う者もいる」


 魔王は溜息をついた。


「やはり、そう簡単にはいかないか」


「当たり前だ。千年かけて積み上げた不信感は、手紙一つで消えない」


「では、どうすればいい」


「続けるしかない」


 正配は魔王の前に立った。


「手紙を届け続ける。対話を促し続ける。少しずつ、信頼を積み上げていく。それしかない」


「時間がかかる」


「かかる。でも、それが唯一の道だ」


 魔王は長い沈黙の後、頷いた。


「分かった。お前を信じよう」


「信じてくれてありがとう。だが、俺を信じるより、人間を信じろ」


「人間を?」


「お前は、人間に失望したと言った。だが、人間の中にも、変わろうとしている者がいる。そいつらを、信じてやれ」


 魔王は何も言わなかった。


 だが、その沈黙には、何かを考え込んでいる気配があった。


   *


 正配が郵便局に戻ると、予想外の客が待っていた。


 ヴァレン王国のアレクサンダー王だった。


「局長、話がある」


「王自らおいでとは、珍しい」


「緊急だ。あの光の手紙について聞きたい」


 正配は王を局長室に案内した。


「何が聞きたい」


「あれは、本当に千年前の手紙なのか」


「本当だ。嘘をついても意味がない」


「魔王が関わっているのか」


「関わっている。だが、魔王も届ける側だ。差出人は、千年前の守護者」


 アレクサンダー王は考え込んだ。


「守護者とは何だ」


「この世界を守る存在だ。魔王は、その後継者」


「魔王が、守護者?」


「そうだ。元は、人類を守るために存在していた」


 王の表情が複雑に変化した。


「信じられん」


「信じなくてもいい。だが、事実だ」


「なぜ、魔王は我々を攻撃した」


「失望したからだ。人間同士の争いに」


 王は黙った。


 正配は続けた。


「王よ、一つ聞いていいか」


「何だ」


「あなたは、この戦争を終わらせたいか」


「当然だ。民を死なせたくない」


「なら、魔王と話をする気はあるか」


 王は眉をひそめた。


「魔王と?」


「直接会って、話をする。和平の可能性を探る」


「それは——」


「信用できないのは分かっている。だが、試す価値はあるんじゃないか」


 長い沈黙が流れた。


 やがて、王は立ち上がった。


「……考えておく」


 それだけ言って、王は去っていった。


   *


 その夜、正配は局舎の屋上で星を見ていた。


「局長」


 ユリウスが隣に来た。


「眠れないのか」


「ああ。考えることが多くて」


「何を考えている」


「この先のことだ」


 正配は星を見上げた。


「世界配達をやった。千年前の手紙を届けた。だが、世界はまだ変わっていない」


「変わるには時間がかかる」


「分かっている。でも、焦る気持ちもある」


 ユリウスは笑った。


「お前らしくないな」


「何がだ」


「焦るなんて。いつも、淡々とやるべきことをやる男だろう」


 正配は苦笑した。


「そうだな。らしくない」


「俺も、同じ気持ちだ」


「え?」


「五年間、何もできなかった。今、ようやく動き出した。焦る気持ちは分かる」


 ユリウスは空を見上げた。


「でも、俺たちがやってきたことは、無駄じゃなかった。少しずつ、確実に、世界は変わっている」


「そうだな」


「だから、焦らずに続けよう。俺たちのペースで」


 正配は頷いた。


「ありがとう、ユリウス」


「礼はいらない。仲間だろ」


 二人は並んで、星を眺め続けた。

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