僕はいつだって、君の味方
雀野ひな
僕はいつだって、君の味方
授業中の教室。窓の外は雨。今日はサッカー部の練習は休みかな。それとも、室内でトレーニングだろうか。
僕の机の上には、たくさん花が置いてある。白い花ばかりだ。もっとカラフルな方が、僕は嬉しいのだけれど。
そもそも、いつまでこんなもの置いておくつもりだろう。こんなんじゃ、みんな集中できなそうだ。
僕は、デコピンの要領で、花束を一つ弾き飛ばす。
ファサッ。
その音に、一度は周りが目を向ける。けれど、すぐ何事もなかったかのように授業に戻る。
一人、花束を拾いにくる男子がいる。桐山は、拾ったそれを元の位置に置き、それから僕をチラリと見た。
「……余計なことすんな」
去り際、僕の耳元で小さくささやいた。僕はその息のようなくすぐったい声に、ひそかに頬を高揚させる。
僕は立ち上がり、教室中を歩き回る。ある男子の前で手を振ったり、女子の顔を覗き込んだり。
誰も、何も反応しない。ただ桐山だけが、静かに僕の姿を追う。
花を置かれているのも、無視されているのも、別に僕がいじめられているからじゃない。
僕は、このクラスの元学級委員長。元サッカー部員。元イケメン高校生。
そして、現幽霊だ。
放課後。教室の中は、僕と桐山と二人。外はまだ雨が降っている。
「桐山あ〜。僕、もう飽きちゃったよ」
座ったままの桐山の周りを、僕はグルグルと回る。
「誰も反応してくれないし、つまんない。前は、好き勝手できて面白いと思ってたけど」
そんな僕を、桐山は冷たいまなざしで黙って見ているだけ。目がまわらないのだろうか。
「なあ、桐山。なんか言えよ」
桐山は目を瞑り、はあ、と息を吐いた。
「仕方ないだろう。みんなには佐々木、おまえが見えないんだ」
「なんでだろうね。桐山には見えるのに」
「さあな」
桐山は短く言ったあと、席を立った。僕もその背中を追う。
「今日って部活あるの?」
「トレーニングだ」
「僕もやろうかな」
「そうだな。おまえには筋肉が足りない」
桐山の顔は見えなかったけれど、いつもの冷たい目ではないような気がした。なんだか、一緒に部活をしていたときみたいだ。
桐山と僕は、幼馴染だ。幼稚園のころから、ずっと一緒。僕よりも小柄だったはずの桐山は、今では身長百八十超えの筋肉バカ。クラスでも副委員長として、頼られる存在だった。
ああ、今では委員長なんだっけ。
そんな桐山にしか、僕は見えなかった。父さんも母さんも妹も、僕を見つけられなかったのに。
僕は嬉しかった。桐山が僕を見つけてくれて。僕を見つけてくれたのが、桐山で。
「今日も、俺の家に来るのか」
帰り道、桐山は前を向いたまま言った。
「もちろん。何を今さら」
「たまには、自分の家に帰りたくはないのか」
僕は首をかしげた。家に帰ったとして、何があるというのだろう。どうしろというのだろう。写真の前にみかんを供えて、涙を流す家族の姿を目の前にして。
「帰りたくないよ、あんなところ。桐山のそばにいるほうが、よっぽど有意義だ。それともなんだい? 僕が邪魔になったの」
僕は、道を塞ぐように桐山の前に立つ。けれど、桐山は止まらない。そのまま、僕の身体をすり抜けていった。
「そういうわけじゃない。……俺に、そんなことを言う資格はない」
桐山の言葉に、僕は微笑む。いつも桐山はそうだ。僕を見捨てたりなんかしない。
「だよね。信じてるよ。桐山だけは、僕の味方だって」
すると、桐山は立ち止まって振り向いた。その顔は、なんだか怒っているようにも、泣きそうにも見える。
「俺は別に、おまえの味方なんかじゃない」
僕はそのまま、桐山と帰宅し、桐山と晩ごはんを食べた。もちろん、桐山の家族がいるところでは大人しくしている。
風呂も一緒に入る。桐山はいつも嫌がるが、僕は無理やり乱入するのだ。桐山は僕には触れられないから、楽勝だ。もっとも、僕も桐山には触れないのだが。
風呂上がり、桐山の部屋のベッドに、僕は寝転がる。桐山は、勉強するわけでもないくせに勉強机に向かっていた。
「佐々木」
桐山の方から話しかけてくるのは珍しかった。僕は喜びのあまり、飛び起きる。
「何、桐山!」
桐山はこっちを向かない。そのまま話をするつもりみたいだ。
「俺はいじめが大嫌いだ」
「うん、知ってるよ」
桐山はいじめを極端に嫌っている。理由は、小学生の頃の経験にあった。
「俺は、小柄なせいでいじめられて、ひどく傷ついた。あのときおまえが助けてくれなかったら、自殺も考えたかもしれない」
「よかったよ。桐山を助けて」
「だから、いじめをするやつはとことん許せない」
どうやら、桐山は僕が死んだことについて話したいようだった。ああ、そんなこと、どうだっていいのに。
だけど、桐山が話したいというならしょうがない。僕は、あのことについて、初めて桐山と話さなければならない。
僕が、いじめが原因で死んだということについて。
「桐山はえらいね。あれから、強くなるって筋トレに励んで、サッカーにも打ち込んで、見た目も中身も、かなり逞しくなった。それは自分を守るためだけじゃない。いじめられる誰かを助けられるように、なんでしょう?」
「そうだ」
桐山の声は、暗く沈んでいる。そんなに思い詰めるなら、こんな話、しなければいいのに。
桐山は続けた。
「俺は、おまえみたいになりたいと思ったんだ。なりふり構わず友人を救える、強い人間に」
今の桐山は、正義感の塊のようなものだった。その要因は、僕にあったらしい。
「立派だね。桐山は、もう完璧なスーパーヒーローだよ」
僕は、茶化すように言った。けれど、桐山は振り向かない。
「なあ、佐々木。なぜ、あんなことをした」
「あんなことって?」
僕は白を切る。分かっていた。桐山の言いたいことは。
「なぜ、田中をいじめた」
そう、僕はいじめのせいで死んだ。
そして、いじめをしていたのは、僕だ。
僕はゆっくりと息をつく。もう逃げられない。
「バレないと思ったんだ。桐山に知られないまま、やり通せると思った」
そこで初めて、桐山はこっちを見た。その目は、怒りに満ち溢れていた。
「答えになっていない。なぜ田中をいじめた」
桐山は真面目だ。今さらそんなことを訊いて、何になるというのだろう。
「原因は、君だよ、桐山」
「は?」
「あいつ、君の悪口を言ったんだ。許せなかったね。こんなに真面目で、誠実で、いいやつな君を悪く言うなんて」
桐山は目を見開いた。信じられないとでも言うように。
「そんなことで、いじめをしたのか? 殴ったり蹴ったり、上履きに画鋲を入れたり、おまけに、それを動画に撮って……」
「そうだよ。まさか、思いもしなかったんだ。田中くんが、桐山に助けを求めるなんて」
桐山はごくりと息を飲んだ。立ち上がることも、動くこともしない。ただ、僕を見ていた。
「……おまえが、そんなやつだとは思わなかった」
「そうだね。僕は最低だ。だけどね、桐山。君に、僕を責める権利はあるのかな」
僕は立ち上がり、桐山に歩み寄る。怒りに満ちていたはずのその目は、いつしか後悔へと色を変えていく。
「本当は、僕が君にしか見えない理由も分かってるんだろう」
僕は、桐山の頰を撫でる。正確には触れられないから、撫でる素振りをする。
「分からないなら、僕が教えてあげるよ」
「やめろ」
「あの日、いじめを目撃した君は激情して、僕を突き飛ばして」
「やめろ!」
「僕を、殺したから」
桐山は泣いていた。なんだ、まだ泣き虫なんじゃないか。僕が助けたあのときと、何も変わっていない。
「大丈夫。僕は、君の味方だよ」
僕はあのときと同じように、手を差し伸べる。涙を浮かべる、可哀想な桐山に。
桐山は手を取らない。仕方がないから、僕は腕を下ろす。
「本当はね、田中くんが本気で悪口を言ってるわけじゃないって、分かってたんだ。あれは、少し軽口をたたいただけだった」
桐山は明らかに動揺していた。瞳が揺れている。
僕は続けた。
「だけどね、僕、許せなかったんだ。田中くんが、桐山と仲良くしていることが。軽口をたたけるくらい、仲良しになっているのが。だから試したんだ。僕と田中くん、どっちの味方か」
桐山は口を開いた。けれど声は出なかった。
「結果は……うーん、どうだろう。いじめを止めたという意味では、田中くんの味方をしたのかもしれない。でも、僕はそうは思わなかったね」
僕は両手を広げ、桐山にハグをした。触れられない。温もりは感じられない。それでも、僕は桐山を抱きしめた。
「桐山は、僕のためにああしたんだ。僕がこれ以上間違いを犯さないように、止めてくれたんでしょう。分かってる。僕には分かってるよ。おかげで僕は、いじめっ子ではなくなった。おまけに、いつでも桐山のそばにいられる。最高だよ」
腕の中で、桐山は震えているようだ。感動のあまり、声が出ないのだろうか。僕は、強く桐山を抱きしめる。
君は、いつだって僕の味方だ。
「大好きだよ、桐山。これからもずっと、ずっと、一緒だね」
僕はいつだって、君の味方 雀野ひな @tera31nosuke
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