転生ゴミ収集人は最強の錬金術師〜現代の廃棄物処理技術で異世界の汚染危機を救います〜
もしもノベリスト
第一章 過労の果てに
午前三時十七分。
堂島清一は、スマートフォンの画面に表示された時刻を見て、今日で三日連続の徹夜になることを悟った。
通報があったのは午後十一時過ぎだった。市の北部、かつて工場地帯だった一角の空き地に、大量の産業廃棄物が不法投棄されているという。現場に急行した清一の目に飛び込んできたのは、廃油の染み込んだドラム缶の山、錆びついた金属片、そして正体不明の化学薬品が詰まったポリタンクの群れだった。
腐臭と化学薬品の刺激臭が混ざり合い、防塵マスク越しでも鼻腔を焼くような臭気が漂っている。
「主任、これは相当やばいですよ」
部下の若手社員、山崎が懐中電灯で現場を照らしながら言った。光の輪の中で、ドラム缶に貼られたラベルの文字が浮かび上がる。塗料、溶剤、そして——
「……PCBか」
清一は低く呟いた。ポリ塩化ビフェニル。かつて電気機器の絶縁油として広く使われていた化学物質だが、その毒性から製造・使用が禁止されて久しい。処理には厳格な手続きと莫大な費用がかかる。だからこそ、こうして闇に紛れて捨てられる。
四十二年の人生のうち、二十年をこの仕事に捧げてきた。中堅どころの廃棄物処理会社で、今は現場主任を務めている。華やかな仕事ではない。人々の目に触れないところで、誰かが出したゴミを、誰かが処理する。社会というシステムを陰で支える、地味で、汚くて、それでいて絶対に必要な仕事だ。
「県に連絡を入れろ。あとは専門業者の出番だ」
清一はそう指示を出しながら、現場の記録写真を撮り始めた。フラッシュが瞬くたびに、積み上げられた廃棄物の輪郭が闇の中に浮かび上がる。誰がこれを捨てたのか。どこの会社か。どんな経緯で、真夜中のこの空き地に——
その時だった。
ドラム缶の山の奥、懐中電灯の光がかろうじて届く暗がりの中で、何かが光った。
蛍光灯とも違う、LEDとも違う。まるで内側から発光しているような、淡い緑色の輝き。
「主任? どうかしました?」
山崎の声が遠くに聞こえる。清一の足は、無意識のうちにその光源へと向かっていた。
ドラム缶の隙間を縫い、錆びた鉄骨を跨ぎ、廃材の山を回り込む。一歩進むごとに、光は強さを増していく。同時に、奇妙な感覚が全身を包み始めた。耳の奥で何かが囁いているような。いや、それは音ではない。意識の底に直接響いてくる、言葉にならない何か——
そして、清一はそれを見た。
廃棄物の山の中心に、拳大の結晶体が埋まっていた。透明な翡翠色に輝くそれは、明らかにこの場に存在すべきものではなかった。化学薬品でも、工業製品でも、自然物でもない。この世のどのカテゴリにも属さない、異質な存在。
触れてはいけない。
二十年の経験が警告を発していた。正体不明の物質には決して素手で触れるな。それは廃棄物処理業者の鉄則だ。
なのに、清一の右手は勝手に動いていた。
ゴム手袋を外し、指先が結晶体に触れた瞬間——
世界が、白く弾けた。
◇
目を開けると、空があった。
見慣れない空だった。
雲一つない青空に、太陽が二つ浮かんでいる。一つは地球で見慣れた黄金色、もう一つは淡い紫がかった白。二重の光が地上に複雑な影を落としている。
清一は仰向けに倒れていた。背中に感じるのはアスファルトでも、廃材の山でもない。乾いた土と、枯れた草の感触。どこか遠くで、鳥とも虫ともつかない鳴き声が響いている。
体を起こそうとして、違和感に気づいた。
軽い。
四十二年使い込んできた体の重さを、清一は誰よりもよく知っている。慢性的な腰痛、右膝の古傷、肩に染み付いた疲労。それらが、ない。
自分の手を見下ろす。
そこにあったのは、見知らぬ手だった。
細い。若い。日に焼けてはいるが、二十年の重労働で節くれ立った清一の手ではない。せいぜい二十歳そこそこの、まだ人生の重みを知らない青年の手。
「……は?」
声が出た。低く、掠れた——いや、違う。これも自分の声ではない。もっと若い。もっと高い。
清一は反射的に立ち上がり、周囲を見回した。
荒涼とした大地が広がっていた。乾いた土、点在する岩、遠くに見える山脈。そして——
目の前に、巨大なゴミ山がそびえていた。
いや、「山」という表現では足りない。小高い丘と呼ぶべき規模で、あらゆる廃棄物が積み上げられている。腐敗した有機物、錆びた金属、布切れ、陶器の破片、そして——骨。人のものではない。もっと大きく、もっと歪な形状の骨が、無造作に投げ捨てられている。
悪臭が鼻を突いた。腐敗臭、硫黄臭、そして何か知らない——金属を焦がしたような、甘ったるいような、不快な臭い。
清一の脳裏に、ある単語が浮かんだ。
——異世界転生。
馬鹿な。
そんなものは小説やアニメの中の話だ。四十二歳の中年男が、真面目に受け止める概念ではない。
だが、この二つの太陽をどう説明する? この若返った体をどう説明する? そして、このゴミ山から漂う、地球上のどんな廃棄物とも異なる異臭を——
「おい、新入り」
背後から声がかかった。
振り向くと、痩せこけた中年の男が立っていた。日焼けした肌、ぼろぼろの麻布を纏った体、そして何よりも——その目。希望というものを知らない、諦念の色に染まった瞳。
「ぼさっとしてんじゃねえ。今日のノルマ、まだ半分も終わってねえだろうが」
男の言葉は、清一の知らない言語だった。にもかかわらず、意味が直接頭に流れ込んでくる。まるで字幕付きの映画を見ているように。
「……ノルマ?」
清一が聞き返すと、男は露骨に眉をひそめた。
「おいおい、頭でも打ったか? 塵拾いのノルマだよ。今日中に銅貨三枚分の素材を集めねえと、飯抜きだぞ」
塵拾い。
その言葉を聞いた瞬間、清一の中で何かがカチリと嵌まった。
廃棄物処理業者として二十年。形は違えど、本質は同じ。誰かが捨てたものを、誰かが拾う。
清一は、ゴミ山を見上げた。
二十年のキャリアで培った目が、自動的に山の構成を分析し始める。表層は有機物が多い——生ゴミ、排泄物、腐敗した植物。その下に金属類。錆びてはいるが、まだ使えそうなものもある。布や革は中間層に多い。そして、骨——あの巨大な骨は、どんな生物のものだ?
その時だった。
視界の隅で、何かが光った。
いや、「光った」という表現は正確ではない。ゴミ山の一角が、まるでレントゲン写真のように透けて見えたのだ。
その透視された領域の中に、文字が浮かんでいた。
『鉄 純度32% 腐食度:高 再利用価値:低』
『骨(オーガ種) 魔素含有率:12% 精製可能素材:魔導触媒(低級)』
『繊維(不明) 分解推奨 危険度:なし』
清一は目を瞬いた。文字は消えない。
別の場所に視線を向ける。すると、その範囲にある廃棄物の「情報」が、次々と浮かび上がってくる。
『銅 純度67% 腐食度:中 再利用価値:中』
『ガラス(魔力付与済み) 魔素残留:微量 精製可能素材:魔導結晶粉(最低級)』
『有機物(腐敗) 分解推奨 堆肥化可能』
これは——
清一の心臓が、若い体の中で激しく脈打った。
これは、「鑑定」だ。
しかも、ただの鑑定ではない。物質の構成要素を分析し、最適な処理方法を導き出す——まさに、廃棄物処理のための、専門的な鑑定能力。
二十年かけて経験で培ってきたものが、今や「目で見える」形で発現している。
これが、この世界で清一に与えられた力なのか。
いや、違う。
与えられたのではない。これは、清一が二十年かけて「獲得した」ものだ。知識と経験と、何よりも——この仕事への誇りが、形を変えて現れたもの。
「おい、聞いてんのか?」
痩せた男が苛立たしげに声を上げる。
清一は、静かに振り向いた。
「……ああ、聞いてる」
そして、ゴミ山を見上げながら、続けた。
「なあ、あんた。あの山の中腹、ちょっと左寄りのところに、何か光ってるもんが埋まってるのが見えるか?」
「は? 何言って——」
「銅だ。純度は高くない。だが、あの大きさなら、銅貨三枚どころじゃないだろう」
男は、狐につままれたような顔で清一を見つめた。
清一は、生まれて初めて——いや、この若い体で初めて——口の端を吊り上げた。
異世界転生。
中年男が、若者の体で、ゴミ拾いからやり直す。
馬鹿げている。荒唐無稽だ。
だが——悪くない。
二十年間、誰にも評価されず、誰にも感謝されず、それでも黙々とゴミを処理してきた。その知識と経験が、この世界では「特別な力」になる。
清一は、ゴミ山に向かって歩き出した。
新しい人生の、最初の一歩を踏み出すために。
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