カフェバーには蜘蛛が居る

加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】

情報蒐集家

*                *

 蜘蛛というのは、賢い生き物である。


 一度掛かれば逃れられぬ結界を展開、


 散歩程の行動範囲、己は消耗僅かに、


 そこにかかった獲物を、喰らうのだ。

*                *




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       ꧁8꧂




 ———私は脳内で二つの厳しい問題を天秤にかけていた。


 一つ。

 今月のノルマ、百万。これはマジでキツいが、猶予はまだ二週間ある。緊急中の緊急とは言えない。


 二つ。

 私の体に、異変が起きている。たった今、だ!


 私はカフェに入った。

 営業外回り中の私は、ひとまずノルマなんてものはどうでもよくなっていた。というのも、激烈な尿意を催して、便所オアシスを求めたからである。


 ウッド調の床を小股ではや歩く。


 記憶。

 店先の立て看板には、コーヒ一杯、四五〇円とあった。


 評価。

 小一時間探し回ったのもあって、トイレ代としては、安い。安すぎるくらい。ありがたい。


 テクテク。

 私は、入店後ほどなくして、青と赤の三角・逆三角の人型の吊り看板を目敏めざとく視認、そこを目指して歩みを速めた。


 到着。

 蝶番ちょうつがいのキシシシときしむ扉を最小限の間隙かんげきで、キィ、バン、開閉し、武道家の身のこなしで、ス、サッ、便座に最短距離で座る。大感激はすぐそこにある!


 解放。

 心地良い。

 便所の神様がいるなら、神に合掌——人——しなければ。


 何気なく、天井の四隅よすみを確認する。


 幾何学模様な巣が張っている。


 それも、一つや二つではない。


 四隅よすみに一つずつ、計四つ。


 それぞれの巣に、一匹の、足の長い……



 —————————ж

   ———ж

 ————————————ж

  ——————ж蜘蛛。



 私の顔の周りに集ってプゥプゥと喧しい便所バエの数からして、下、床の四隅にも、同じく蜘蛛らは巣食っていそうである。


 照明の暖色と、茶を基調とした内装の良い意味での陰気のせいで、気づかなかったが……


 このカフェは、言葉を選ばずに言えば、汚い。


 不衛生、とまではいかないが、少なくとも隅々まで掃除が行き届いている、と言えたものではない。


 言葉を選ぼう。

「汚れがいいね」

 それがいい。


 世界のクロサワなら、そう標榜ひょうぼうするに違いない。

 

 用済み。

 今度は余裕を持って、扉を大袈裟に、ギィ、バタン、開閉する。


 ドア][ドア枠の間隙かんげき

 やはり蝶番を軋ませる扉は、閉まりが悪い。


 しかしもはやどうでもいい。

 一期一会の便所扉だ。


 カフェバー。

 それほど広くはない視界を見渡す。


 店内には、多種の人種が混在することに気づく。


 人種というのは、民族や国籍だとか、そういう意味ではない。


 近所の大学に通っていると思われる学生。

 営業をサボっているらしきサラリーマン。

 「マスターいつもの」と最小限の声量でコーヒーを呼び寄せる、毎日の日課ルーチンで来ているとおぼしきご年配。

 

 閉眼。

 会話を盗み聴く。


「マスター、うちの不動産事業が……」

「マスター、今やりとりしているクライアントが……」

「マスター、うちの庭にね、向日葵ひまわりをたくさん植えているんだけれども……」

「マスター……」

「マスタ……」

「マス……」


 益々増す、マスター声かけ。


 マスターは、人気のようだ。


 返答の語数からして———「ええ」「はい」「さようですか」と、饒舌じょうぜつなタイプではないようだが、しっかりと会話は耳奥の蝸牛かぎゅうに入れて、理解しているのが、表情からわかる。


 となるとここには、どうやら常連客が多いようである。


 一見イチゲンさんお断り、とまではいかないものの、半数は、マスターと顔見知りと思われる。


 そしてどのお客も皆、どこか不思議の気品があるのだ。


 ここには、有象無象の虫けらなどいない。


 しかと観察すれば、高級の身なりの者もいる。


 極彩ごくさい、原色の蝶蛾ちょうが

 黄金おうごん銀青ぎんあおの甲虫。


 理解した。

 ここでは、待ってるだけで、

 店を構えてずっしり構えていれば……




 ———魅力的な昆虫がやってくる。




 問。

 それはこのカフェバーのマスターが、千種万様せんしゅばんよう百花蜜ひゃっかみつ芳香かぐわする大輪の花、であるからだろうか。


 答。

 いいや、それも何かが違う。


 問。

 ならば、大地を草原を駆け、獣を追い回る、狩猟の原始人か? 


 答。

 これまた違う。


 情報整理。

 自分が外に出なくても、色んな人が来て、様々に情報が得られる。


 再分析。

 私はふと、さっき便所で見た蜘蛛の巣を思い出す。


 観照かんしょう

 ああ、それだ、そうに決まっている。


 そうして私はマスターに、




「マスターって、蜘蛛みたいですね」




 と、話しかけた。


「ああ。お客さん。素敵な比喩ですね。わかりますよ、お客さんの言わんとしていることが」


 その日いただいた四五〇円の珈琲ホットは、

 分不相応ぶんふそうおうに美味しかった。


 店を出て振り返った時に私の目に飛び込んだのは、

 入店時には気に留めなかった店名……


 〈カフェ&バー オアシス〉


 だった。




 ☕️☕️☕️




 別日。

 モーニング。

 私は名実とも、な〈オアシス〉で、肉桂砂糖シナモンシュガァなトースト眼前に、アイリッシュコーヒーのカップを片手にくつろぐ。


 そこに。 

 朝っぱらから元気の「こんにちは」で、飛び込んでくる者。


 わかる。

 身なりからして、何がしかの営業マン。


「ご近所でお世話になっております、◯◯商事の××と申しますが、今、少々お時間いただけますでしょうか?」


 そうくるよなぁ、やはり。


 申し訳ないがキショい。

 営業マンの定型文。

 私は当然同業者として、その特性を熟知している。


「ああ、どうも。まぁ、少しなら、お話、伺いますよ」

 マスターの神対応。


「ありがとうございます! 弊社は出版物の扱いに特化しておりまして———」

 営業マン、少しではなさそうな響きの幕開け。


 私は、正直ちょっと興味があったから、兎並みの聞き耳を立ててやった。


 要約。

 カフェにありがちな新聞・雑誌類。それらをちょうど良い具合にパッケージにして、そのうえ複数紙の一括注文による割安価格で、定期購読可能というプラン紹介の営業。


 評価。

 悪くはない。


、ここはお客さんの出入りが絶えませんね、古き良き純喫茶、という感じで、繁盛していらっしゃる!」


 なぁにが、オ・ト・ウ・サ・ン、だ!


「そりゃあどうも。ちなみに、晩は、バーだよ」


「ほぉ、バーも! 盛りだくさんですね。となると、休憩は?」


「ない、といえばないし、ある、といえばある」


「と、いいますと?」


「後者をとるなら、お客さんと喋っている時が、私にとっての最高の休憩だよ」


「そういうことですか! すごいですね、私も営業マンとして、お父さん、いやを見習って、そう思うことにしますよ、これからは。いやぁ、目から鱗です。あ、そういえば、店先の看板に、『年中休まず毎日営業』、とありましたね。察するに、朝は早くて、夜は遅いでしょう? プライベートというか、休日のお出かけ、みたいなことって、あるんですか」


 同意。

 マスター。うん、ここのマスターは、そう呼ぶ方がよく似合う。


「ないよ。毎日が休日みたいなもんだよ。カフェもバーも、好きでやってるからね」


「へぇ、仕事と趣味が一緒というのは、そこまで究極を突き詰めると、いいものですね!」


「ああ、楽しいよ」


「ちなみに、他の従業員さんは?」


「ここは、私一人だよ」


「こりゃあたまげた! ふむふむ……三六五日休まず営業、そして、日中のカフェも、夜のバーも、一人で切り盛りされているときた。すごいですね、休む間もありませんよね、それじゃあうちのサービスがぴったりですよ。そこの本棚には、何紙・何冊くらい常駐してるんです? 二十は超えてますよね、それならきっと、調達には手間もかかると見ました、必ずや、我々のサービスがお役に立つはず……」


「いいや」


「えっ?」


「いらないよ」


 交渉決裂。


 ときて、


 その営業マンは

 態度を一変させた


「へっ! そーうですか! おたくはきっと、一年三六五日店にハリツケで、遊びに行く暇もありゃしない、世間を知らないもんだから、ウチのサービスの価値がわからないんだ! せっかくいい提案をしているのに、ケッ! 逃がした魚は大きいぞ!」


「ええ、それで結構」


 横で見ていた私も、同じ営業職として、その風上にも置けない奴の無礼非行を目の当たりにして、思わず立ち上がって割って入ってやろうか、なんて一瞬は思ったが、下手こいて〈オアシス〉を出禁にはなりたくない。


 判断。

 静観しよう。


「ああ、やあっぱりおたくは世間知らずだ!」


「ははははは!」

 急に笑い出すマスター。


「なっ、なんなんだ、急に笑い出して」


「とんだ間違い、ですね」

「はあ?」

「ちなみにあなた、ご出身はどちらで?」

「"つわもののくら県"ですけど?」

「なら今、あれが大変じゃあないか、知事の問題」

「あー、あれねぇ、俺は詳細は知らないけど、ひとつ自信を持って言えることがある。わかるんだ。あの知事はダメだ、本当に。まるっきりダメ」

「違いますよ。問題のようで問題ではない、本来は」

「はぁ? そんなわけないだろう!? 自死者も出てて、謝罪もなくて、知事以前に人として終わってるよ、あれは」

「あなたは何か勘違いをされていますね。あれは……メディアを盲信するどうしようもない羊さんの群れが、既得権益に切り込む知事の素晴らしい県政を妨害している、そういう観方ができますよ」

「何だって? あんたこそ大丈夫かい? この店の明日が心配だよ、もはやどうでもいいけども」

「言ってくれますねぇ。だいたい、ちょっと話がそれますけども、皆、メディアにあれだけ騙されて……政治も嘘、戦争も嘘、食べ物の嘘、健康の嘘、薬も嘘医療も嘘、嘘、嘘嘘。ソフトパワーは最後の砦でしょうか、まぁ、あらゆる流行が作られ、利用されますけども」

「何だよ、あんた、あれか? 陰謀論者かよ、気の毒だね、あはは……」

「陰謀論者、ですか。そんな似非エセ日本語も、どこかの誰かによって使うように仕向けられているのを、あなたは知らないんでしょう。気の毒、という言葉はそっくりそのままお返ししますよ。いいですか、ここには、世の人間の、ナマの声が届くんです。忖度、歪曲わいきょく、偏向、切り取りの色眼鏡と化した電子機器サマの画面、スピーカーを通して得た情報なんかとは、比べるのが烏滸おこがましいくらいの、尊い肉声が」

「なに、ここのお客が、そんなに特別な人間だって言うのかい? 有象無象の一般人にしか見えないけど?」

「はぁ……。あなたは、ここがどういう場所か、まだ理解していないようです」

「どういう場所か、だってぇ!? そんなの、ただの一端いっぱしの飲食店に決まってるだろ! さっきから、物言いが大袈裟だぞ!」

「違いますよ。ここは、ネットワークです。虚構の空間上ではなく、現実に存在する、繊細な、網目あみめです」


 そこで私は、加勢がてらの横槍を入れずにはいられなくなり……




「ほらきた! マスター、『蜘蛛の巣』ですよね! ここは!」




 と、周りがビクつく声量で叫んだ。


「ええ、ええ。こちらのお客様のおっしゃる通りなんですよ。お客さんが、近所の、この街の、日本中の、世界の情報を、持ってきてくれる。いろんな種類の情報を。毎日。私はここに立っているだけでいい。こんないい仕事は、他には中々ないでしょう? 私はこの仕事と、この仕事を通じて巡り合える人たちを、愛しています」


 マスターの圧勝だった。


「へぇ、そうかい! 年上だからって何だよ偉そうに! こっちから願い下げだ!」


 営業マンが、そう吐き捨てると、


 店中のお客が、「帰れ」な振動数の鋭い眼光を一斉掃射。

 もちろん私も、見様見真似で、クイと睨みつける。


 当然営業マンは、黙ってそそくさ出ていった。




 店内は再び

 暖かく脈打ち始める




「台風一過、ですね、マスター」


「ええ。蜘蛛だって、なんでもかんでも捕まえるわけじゃあありません」


「ですよね……。あ、そうだマスター、ところでさっきの『メディアは何もかも嘘ばかり』って話の続き、しません? そういうの、興味あるんですよね」


「ああ。いいですよ、もちろん。どういったのがお好きで?」


「そうだなあ……じゃあ、あれはどうです? 『税は国の財源ではない』ってやつ!」


「いい、ですね。まだ騙されてる人が、うんといますよね、本当呆れますよ、」




   「「ねー……」」




 そういうわけで今日も……


 カフェバーには、蜘蛛が居る。



   〈了〉

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