ますこみのおもいで「年賀状」

ナカメグミ

ますこみのおもいで「年賀状」

 すべてのきっかけは、持って生まれたミーハーな心からだった。

小学校入学と同時に始まった、1人の留守番。1軒屋のすぐ裏手は、炭礦から石炭を運ぶトロッコ列車が走っていた。

 ゴロゴロガタゴロ。列車の音が絶えず聞こえる。家の左手は、雑多な木々が生い茂る樹園だった。海沿いの町。風が強い日。揺れる木々の音。

 留守番、怖い。リビングのテレビは絶えず、つけっぱなしだった。


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 テレビの世界が大好きだった。留守番、かつ1人っ子の壮大な醍醐味。

「テレビ見放題の権利」。

 刑事ドラマ。2時間サスペンス。アニメ。ニュース。なんでもあり。

当時、バラエティ番組は、今ほど多くはなかった。中でも私が魅了されたのは、ワイドショーの世界だった。


 殺人があった。警察官に付き添われ、現場の検証に立ち会う手錠の容疑者。

「どんな気持ちで、やっちゃったんですか?」

 うつむているその人に、本当の声を聞いてみたかった。


 芸能人の恋愛スキャンダル。向けられたマイクの中を、歩く俳優さんや女優さん。

「こんなにきれいに生まれたんだもの。それはどうしたって、好かれるだろうな」

勝手に納得し、羨望した。


 テレビの向こうの人に、直接会って、話を聞いてみたい。中学生時代には、マスコミへの就職を希望した。

 新聞社に、記者として採用していただいた。


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 新聞が持つ、1つの大切な役割。戦争の抑止。

8月15日。毎年。夏。各新聞社は終戦企画を組む。かつての重い反省から。

入社から数年後、その終戦企画を担当した。


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 子供のころのテレビで繰り返し見た、映像と音の、鮮明な記憶が蘇る。

次々と流れるアップの顔写真。アナウンサーがたんたんと読み上げる言葉


「◯◯さん。コクリュウコウショウ。✕✕にて家族と生き別れになりました」。


 中国残留日本人孤児。テレビのニュース。しばらくの期間、流れ続ける映像。

そして名乗りを上げた肉親と、抱き合いながら、涙を流す人々がいた。


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 団地。薄暗い階段を昇る。60歳の女性と2人で昇る。中国語が話せる方だ。

彼女自身も終戦の翌年、命からがら、かの地から帰国した1人だ。その経験から、中国語を学び始めたという。今や、母語のように話せる。

 これから取材でお会いするご夫婦は、日本語が話せない。通訳として同行していただいた。


 7月、夏。団地の部屋は暑かった。家具が並ぶ。

 棚の上に飾られていた。かの地で生活していたころの、セピア色の家族写真。

夫は中国残留孤児だ。夫婦に子供はいなかった。

 夫の肉親が見つかった。夫婦で日本に永住帰国した。この団地で暮らし始めた。


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 メガネをかけた夫。白いランニング姿。日焼けした顔に、深いしわが刻まれていた。

 泣きながら話す中国語。通訳の女性が、日本語に訳してくれた。彼女の声も涙声。「帰ってくるのではなかった」。


 数十年ぶりの涙の対面の先にあるものが、その土を踏むことを願った故郷での幸せな生活とは限らない。

 言葉が通じない。文化がわからない。生活様式がわからない。だから働けない。

 

 日々の暮らしは、いっときの再会の感動とは、また別だ。再会を果たした日本の肉親にも、日々の生活がある。頼れるわけではない、という。夫婦は国からの保護に頼り、日々の生活を送っていた。

 良い、悪いなどとは、簡単に判断できない。避けられない現実。

 

 妻の目にも涙。ある年齢を超えて、異国に近い慣れない環境で暮らす疲労が、にじみ出ていた。夫婦とも、人との交流は、ほぼないという。日々、食べていくのがやっとだという。

 出していただいた、冷たい麦茶。取材を終えるころには、ぬるくなっていた。


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 玄関でお礼をいう。「話を聞いてくれて、ありがとうございます」。通訳の女性が、夫婦の声を訳してくれた。

 とんでもないです。日ごろは直視しないように、閉じ込めているであろう、つらい思い。掘り起こしてしまって、申し訳ありません。


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 中華料理の店を、家族で営むことができる。日本語を話せる孫に、生活を助けてもらうことができる。そのような形で、日本での生活に徐々になじみ、居場所を見つけられる帰国者の方もいる。

 そうではない方も、いる。


 「再び故郷の地を踏みたい」「最期は故郷で」。

そんな自己の決断を悔やみ、かの地での長年の生活を思い出しながら、毎日をなんとか、生きている。老いていく。そういう方も、この同じ空の下にいる。

 その平均年齢、80歳を超える。


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 取材させていただいた夏。秋、冬を経て、年が明けた1月。会社に年賀状が届いた。団地で取材させていただいた夫婦から。

 

 宛先。ボールペンのふるえる文字。住所と会社名と、私の名。

 裏面。上部には、印刷された干支の絵。その下は空欄。

日本語が不自由な夫婦が、出してくれた年賀状。50円。重かった。

(了)  

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