2-12


「これで十三回目の脱走失敗ですな、我らが神嫁シェンジャ様よ」


 こちらの大陸では見ないような、変わった服を身に纏った初老の男性が幼いナズナを見下ろしていた。

ここは太陽の光が届かない地下室のようで、光があるとすれば発光する水晶か頼りない蝋燭の灯りくらいか。この部屋の内部には必要最低限の家具しかない。


「私を…おうちに帰して…」


幼いナズナは泣きながら哀願するものの、聞き届けられない。初老の男性はナズナの訴えを無視して、彼の後ろに控えていた者を呼びつける。


「リュウシン」


「はい」


呼び寄せられた少年は悲嘆にくれるナズナの前に跪いた。突然現れた第三者に怯えるナズナ。それに構わず男性は淡々と抑揚のない声で続ける。


「彼は貴方の監視役です。逃げようとするならば、手段を問わずに貴方を止めようとなさるでしょう。

 逃げずに大人しくしていれば、彼は貴方の良き友となってくれます。…リュウシン、我らが神嫁シェンジャ様にご挨拶を」


少年の瑠璃色の髪が揺れて、緑色の瞳がぎこちなくナズナの紅い瞳を捕らえた。どこか緊張した声が薄暗い部屋の中で響く。


張流星チャン=リュウシンと申します、神嫁シェンジャ様」



 そこでナズナの意識が記憶の底から現実に戻った。

監視役の少年が、王宮で襲撃してきたあの怖い青年。ナズナが感じた彼を懐かしむ気持ちは気のせいではなく、あの青年が言っていたこともまた嘘ではなかった。

それと同時に何があってあそこまで憎まれるのか、また初老の男性が何故ナズナのことを“シェンジャ”と呼ぶのか。さらなる疑問がナズナの中で生まれて行く。


 新たな疑問が生まれた時、ナズナの脳裏にとある風景が映し出された。

荒々しい海に面した崖先にある、古城と見間違うような巨大な灯台だ。人の気配が無いのか、本来の役割を果たさず、忘れ去られているかのようである。

強い海風の音に混じって、女性の歌声のようなものが聴こえてくる。

これは初めて見る風景だ。リュウシンの件とは違い、懐かしさは微塵も感じられない。


 ちらり、と手にしている記憶の欠片を見下ろした。今の映像は何を伝えようとしているのか。そういえばこの欠片はこれを含めて五つあるらしい。しかし父が手渡してくれたのはこれのみ。まさかと思い、ナズナは改めて父に問う。


「…この記憶の欠片はこれを含めて五つあると、お父様は仰いましたね。残りの四つはどこに?」


『今、記憶とは別にある風景が浮かんだはずだ。欠片の一つがそこにある』

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