期待と動揺が交差する!? 幸せを口いっぱいに感じろ!! 青春、下駄箱ミステリー

綾瀬田 希

短編 2月14日、下駄箱に猫

「なあ、今日はなんの日だ?」

白い息と期待に弾む声が耳をくすぐる。

期待だけを胸に僕たちはいつもより少し早く学校に着いていた。


「まあ、バレンタインだよな」

平然を装いながらも、下駄箱にかける指はいつもより期待を纏っていた。


「あちゃ、当たり前に入ってねーや」

下駄箱を必要以上に覗き込む彼の行動は中学から変わっていなかった。


「そっちは?」

聞いてくる彼に下駄箱を開けずに答える。


「シュレリンガーの猫って知ってる?」


「なんだよそれ、またかよ」と間髪入れずにいつも僕に付き合ってくれる。


「要は下駄箱を開けるまでは猫がいるか、いないかわからないってこと」


「変な理屈はいいから早く開けろよ」

どうせ入ってないんだからこの時間無駄、という視線を横目に下駄箱を開ける。


「で、猫ちゃんは入ってたわけ?」

呆れる彼に背を向けて上履きを引っ掛ける。


「下駄箱に猫が入ってたらおかしいだろ?」

彼がそれもそうか、と納得すると同時にことの原因が僕であることに気づいたらしい。


「お前がシュレリンガーの猫とか変なこと言い出したんだろ!」と後ろから小突いてくる。

毎年も負け組な僕たちは二人肩を並べて教室へ向かった。





「マジかよ、もう2個もチョコもらってるのかよ!」教室に入ると負け組がバレンタインをもらったやつに群がっていた。


「まだ今日は始まったばかりだ!」

「今からでも女子に優しくするぞ!」とさっきまで萎れていた男たちが活気を取り戻す。

バレンタイン当日に努力しても遅いだろ、と思いながら静かに自分の机の中に手を這わせる。最後の希望も尽きた。

今年の敗北を認めながらもまだ可能性はあるかも、と浮ついた気持ちを顔に出さないようにしていると彼がぐるりと身体捻って口を開く。


「4限の体育ってなんだっけ?」


「ドッジボールだよ、こんな寒いのに」と窓際の自分の席からカチコチに硬くなった校庭を眺めながら答えた。白いため息を吐きつつ、数学の教材を机に放り出した。






「おい、いつまで寝てるんだよ!体育外だぞ!」

伏せる身体を跳ね上げて時計を見る。机には三限で使った社会の教科書と白紙のノートが広がっていた。

何故もっと早く起こしてくれなかったんだよ、と苛立つ腹の虫は赤虫みたいに小さかった。体操服を着て教室を出ていくクラスメイトを横目に僕も体操服に着替えた。


廊下を走る僕の頭上から予鈴の終わりが迫ってくる。

下駄箱を乱暴に開け、運動靴に手を伸ばす指先がピクリと止まる。


そこには朝はいなかったはずの猫が顔を覗かせていた。


しかも手紙まで入っている。

僕は乱れる思考を置き去りに運動靴を引っ掛けてる。鐘の余韻が響く校庭へ駆け出していた。






「おまえ何回顔面セーフになれば気が済むんだよ!」授業終わり、ドッジボールをしていた記憶なんかは全くなかった。ただ両鼻に捩じ込まれたティッシュが赤く染まっていた。


何かを忘れているような。揺れる脳からカランッと記憶がこぼれ落ちる。ねこ。そうだ、下駄箱。


「どうしたんだよ本当、腹割って話そうや、俺とお前の仲だろ?」


肩を組もうとする彼を交わし、一足早く下駄箱へ駆け出した。下駄箱を開け、抱えたそれを手に意味を思考の棚から探す。

チョコは好きな人への好意、クッキーなら友達でいようって意味、キャンディーは確か....仲良く...長く一緒にいたい?とかだったはず。

なら僕が抱えている温いこれはどんな意味なんだ?






「弁当一緒に食べようぜ!」

席を反転させ、机をくっつけてくる彼はいつもと変わらなかった。断るのも変に疑われると思ったので承諾した。


「ああ、いいよ」


「あ、待って今日弁当ないんだったわ、母さんが寝坊してさ、購買行ってくる!」

駆ける彼の背中を見送りつつ、ハートの弁当箱を机に出した。

バレンタインの日に弁当を渡すなんて聞いたことがない。

なぜ、弁当なんだろう……。

答えを探すが、見つからなかった。だけど、食べた方がいい気がした。結論が弱いまま小さな弁当箱の蓋を開ける。卵焼き、肉団子、ブロッコリー、きんぴらごぼう。

普段から自分で弁当を作る僕の目には全部が手作りに見えた。周囲に目を走らせながら、もぐもぐと肉団子を放り込む手と逆の手で手紙のテープに指をかける。

それと同時に着替えを終えた女子達の声が教室へと流れ込んできた。







「購買行ったのなんていつぶりかな」


「いつも弁当じゃなかった?珍しいね」


後ろのドアから入る彼女たちの声が途切れ途切れに聞こえた。


「お母さんが届けてくれるっていってたんだけどさ、なかったんだもん」

彼女たちの声が僕の背中越しに近づいてくるのを感じた。


「そうなんだ、どこに届けてくれる予定だったの?」


「下駄箱」


その言葉をこめかみで捉えると同時に横を通りかかる彼女に視線を向ける。


「あっ、」

僕と彼女の声が重なる。僕の視線は彼女の目とは合わなかった。彼女は僕の食べているハートの弁当箱に目を落としていたのだから。






「今日はチョコをカッコよく返すぜ」

白い息を弾ませながら彼が下駄箱に手をかける。

部活の女子マネージャーから貰った義理チョコのお返しの話らしい。上履きを引っ掛けながら彼は自慢を続けた。


「しかも手作りだったんだ、お前は貰ってすらないだろ?」と勝ち誇った顔で肩を組もうとしてくる。


「はいはい、僕は負け組ですよ」と肩に絡む腕を払い除けながら下駄箱を開ける。

上履きに手をかける指先がピクリと止まる。



そこには――あの日と同じ猫が、ちょこんと顔を

覗かせていた。




二つ折りの手紙をそっと取り出す。




「君の弁当が食べたい」




春の匂いが鼻先をくすぐる

あの日、迷い込んだ猫が結んだ

不思議な関係。

桜の蕾も少しずつ目を開こうとしていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

期待と動揺が交差する!? 幸せを口いっぱいに感じろ!! 青春、下駄箱ミステリー 綾瀬田 希 @mare___ayaseda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ