深淵からの帰還者 〜師匠を探すためにダンジョンを踏破していたら、いつの間にか謎の人物として世界を騒がせていました〜

さまたな

第1話 プロローグ

魔石がエネルギー資源として流通し、ダンジョン探索が国家事業となった時代。


街の郊外で、突如として魔物の大暴走──スタンピードが発生した。

警報が鳴り響き、空気が焼けるような悲鳴と爆音が混じり合う。

黒い影が地を覆い、魔物の群れが人々を蹂躙していく。


その混乱の中を、少年は走っていた。

まだ幼い足で、ただ前へ、前へと。

目の前で崩れる瓦礫。背後で響く獣の咆哮。

握られていた母の手が、次の瞬間、轟音とともに離れた。


土煙が舞い、地面が裂ける。

世界が沈むような低い音のあと、少年の身体は宙に浮いた。

次に感じたのは、終わりのない落下。

重力さえ消え失せたような、暗く、深い、果てのない闇の底。


どれほど落ち続けたのか、少年には分からなかった。

ただ、音も光も失われ、全ての感覚が遠のいていく。

胸の奥が痛む。呼吸が苦しい。

恐怖も、痛みも、やがて静寂の中に溶けた。


意識が消える直前、確かに何かに抱き留められた気がした。

あたたかい腕。柔らかく光る白い衣。

顔を上げることはできなかったが、その胸元から香る気配だけは覚えている。

──懐かしいようで、知らない香り。


遠くで、水の流れる音がする。

耳元で誰かの囁きが、夢のように響いた。

意味は分からない。言葉として理解できなかった。

けれど、それは確かに優しい声だった。


少年が次に目を覚ましたとき、光が差していた。

眩しさに目を細める。頬に冷たい風が触れた。

身体を起こそうとすると、全身が重く、喉が渇いて声も出ない。

見慣れた空の色。風の匂い。

そこは、地上だった。


周囲には捜索隊の人影があった。

土と血と涙の匂いの中、母の叫び声が耳を打つ。

父の腕が少年を抱き上げる。

泣きながら何かを言っていたが、言葉はもう届かなかった。


後に分かったことだ。

そのニ日間、捜索隊の目の前に急に少年が現れたらしい

医師たちは生存を奇跡だと呼び、地面の裂け目はそのまま封鎖された。

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