第3話:触れられない、最後のキス



 彼女の足が消えてから、

 俺は何も言えなくなった。


 気づかないふりをする真奈。

 気づいているのに、見ないふりをする俺。


 それは優しさじゃない。

 臆病な、先延ばしだった。


「……真奈」


 夜。

 部屋の電気を消したまま、俺は言った。


「なに?」


 いつも通りの声。

 いつも通りの、少し高いトーン。


 でも――

 もう、誤魔化せなかった。


「……足」


 その一言で、真奈の動きが止まった。


「……やっぱり、気付いて、た?」


 視線が下がる。


 やっぱりだ。

 嘘をつく時、やましい事がある時にする癖。


「なぁ」


 俺は、喉の奥が痛くなるのを堪えながら言った。


「ちゃんと、話してくれ」


 しばらく、沈黙が続いた。


 そして真奈は、観念したように小さく息を吐いた。


「……ね」


「うん」


「もしさ……

 真奈が居なくなるって言ったら


 .....それでも、聞く?」


 その言葉で、全部察した。


「……聞く」


 真奈は、ゆっくりと口を開いた。


「一年、なんだ」


「……一年?」


「うん。

 こっちにいられる期間1年なの」


 心臓が、嫌な音を立てた。


「1年.....だからあと4ヶ月くらいかな


ーーーこっちに居られるの」



 あっさりと、真奈は言った。


「天国に行けるかどうかは、条件次第だけど」


「……条件?」


 真奈は、少し困ったように笑った。


「ユウ君と、キスすること」


 世界が、一瞬で静まり返った。


「……は?」


「一年以内にキスできたら、天国に行ける。私達、キスもまだだったでしょ?それが心残りだったの


神様がくれた最後のチャンス



 でもね、できなかったら……」


 真奈は、言葉を選ぶように間を置いて、


「魂ごと、消える」


 俺は、何も言えなかった。


「……ごめんね」


 真奈は笑った。


「戻って来た理由、ずっと誤魔化してて」


「……触れないのに?」


「うん。

 でも、方法はある」


「……方法?」


「生きてる人の身体を借りれば、キスできる」


 喉が、ひくりと鳴った。


「……誰でも?」


「それは....やって見なくちゃ、わかんない」


 ――なるほど。


 全部、噛み合った。


 触れない理由。

 期限を隠していた理由。

 嫉妬が強かった理由。


「……嫌だよな」


 俺がそう言うと、真奈は少しだけ目を見開いた。


「え?」


「俺が……

 他の女と、キスするなんて」


俺が反対の立場なら死んでも嫌だ。


 真奈は、ゆっくりと首を縦に振った。


「うん……嫌だよ


ユウ君とキスするのは真奈だけが良いっ」


ポロポロと涙を流す真奈を見て、真奈以外の女性とキスするのも嫌だが、消えるのはもっと嫌だと思った。


だから、出来る限りの事をすると心に誓う俺


「でもっ、ユウ君が悲しむのはもっとやだよ....」


 その答えを聞いて、

 俺は、ある行動に辿り着いた。



 翌日。


「……なぁ、莉久」


「ん?」


「俺と、キスできるか?」


「はぁ!?

 ついに頭おかしくなったか!?」


 大学の中庭で、莉久は本気で引いた。


「何言ってんだよ!

 男同士だぞ!?」


「頼む」


「頼むな!!!」


 その時だった。


「……真奈」


 俺が、静かに言う。


「やれ」


「……え?なに?なになに?真奈ちゃん?」


 次の瞬間。


「うわっ!?

 ちょ、何!?

 え!? ちょ、待っ――」


 莉久の身体が、びくりと跳ねた。

 


「ユウ君!!!成功!?真奈だよ!!!」


――莉久の口から、真奈の声が出た。


「え!?!?....真奈ちゃん!?


 ちょ、待て待て!!!落ち着け俺


俺の中に……真奈ちゃん、いるんだけど!?」


「ユウ君〜」


「……成功か」


「成功じゃねぇ!!

 どういう事だよこれ!!」


 莉久は、必死に自分の身体を押さえた。


真奈と交互に喋ってるのか、その姿は異様だが、少し笑える。


「説明!!

 今すぐ説明しろ!!


ユウ君どうする?


ーーー真奈ちゃんはちょっと黙っててね?」


「説明は.....後でする」


「今しろ!!!」


 真奈の声が、莉久の口から出る。


「先に謝っとく……ごめんね莉久君」


謝るな!!

 俺の身体返せ!!」


 そして――

 俺は、一歩、近づいた。


「おい、それ以上近付くな!!!」


「目ぇ閉じろ、決心が鈍る」


「うん、分かった!!ーーーじゃねぇ!!!

やめろぉぉぉ!!!なんの決心だよ!!!

 俺のファーストキス!!!」


 次の瞬間。


「……あれ?」


 何も、起きなかった。


「……?」


 真奈の声が、戻る。


「……ダメだ」


 真奈は、ゆっくりと莉久の身体から抜けた。


「同性は……ダメみたい」


「……だよな」


 莉久は、その場に崩れ落ちた。


「……夢だ。

 これは夢だ.....俺のファーストキス....」


許せ莉久


俺もファーストキスだった。


 結局、全部説明した。


 幽霊のこと。

 期限のこと。

 条件のこと。


 莉久は、何も言わずに聞いていた。


「にわかには信じ難いけど、事実体験した身としては信じるしかねぇ....」


先程のファーストキス騒動が尾を引いてるのか恨めしげに俺の唇を見つめてくる。


も、はぁ〜と大きなため息を吐き出し莉久は頭をガシガシと掻き聞いてきた


「はぁー。で、……残り、どれくらい?」


「四ヶ月」


「……きついな


……それでも、お前一人で抱えんなよ」


 そう言って、莉久は苦く笑った。



 それから、残り四ヶ月。


 猫に憑いてみたり、

 色々試した。


 全部、無意味だった。


 試していないのは――

 人間の女の子とのキスだけ。


 分かっていた。


 それしか、方法がないことも。


 でも。


真奈は首を縦に振らなかった。


「……嫌だ」


 俺は、何度も言った。


「俺も真奈以外となんて、無理だ


だけど、魂が消滅するんだろ?」


 真奈は、黙って首を振った。


「それでも.....それでも嫌なんだもん」


俺だって嫌だ


だけどどうする事も出来ず、毎日話し合った

それでも真奈の答えは変わらなかった。



 そしてーーー期限の日。真奈が死んだ日。


この日、俺達は2人っきりで最後の時を過ごしてた。


いつも道理の朝


いつも道理の休日


一緒にDVDを見て、笑って冗談言い合って、俺の身体を使って作ってくれた好物のオムライス。



二度と忘れない甘いオムライス。



 その日、真奈は、いつもより綺麗に笑っていた。


「ね、ユウ君」


「……」


「ユウ君が誰かとキスしてまで、

 天国に行く真奈は……もう、真奈じゃないんだよ」


 俺は、何も言えなかった。


 言えば、引き止めてしまう。


 引き止めたら、

 彼女の選択を壊してしまう。


「……ごめんね、わがままばかり...言って」


「……謝るな」


「ううん」


 真奈は、首を振る。


「ありがとう、だよ」


 彼女の身体は、胸の辺りまで消えていた。


「ちゃんとご飯食べて?お風呂も入って....それから、ちゃんと寝て.....大学も....ちゃんと、通って....



私の分まで.....っ.....



ユウ君、私を忘れないで


でも、前を向いて生きて......」





 最後に、真奈は言った。




「……ユウ君、大好き」


 


フワリと唇に触れる真奈の唇


触れた感触も無いけれど、真奈が笑った。



 真奈は、光の粒になって消えた。


それだけを残して。


他は跡形もなく消えた


「っ......真奈っ」



本当はもっと必死になって説得するべきだったのかもしれない。


消える事が決まってたとしても、


天国に行くのと消滅するのとでは天と地の差がある。


残酷にも真奈は気持ちだけを残して消えて行った。



 それでも――


 確かに、愛していた。





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