現れたのは、死んだはずの君

くじら

第1話:彼女はもう居ないはずだった




 一週間前、彼女が死んだ。


 交通事故だった。

 ニュースで見るような、ありふれた不幸。

 ただ、それが――俺の世界をあっさり終わらせただけで。


 真奈は、俺にとって初めての彼女だった。


 特別なことは何もしていない。

 手を繋いで歩いて、他愛もない話をして、たまに照れながら笑う。

 それだけで、十分すぎるほど幸せだった。


 だから彼女がいなくなってから、俺は何もできなくなった。


 大学には行かず、バイトにも出ず、カーテンも開けない。

 腹が減っても、喉が渇いても、どうでもよかった。


 このまま朽ち果ててもいい。

 そう思っていた。


 ――その時だった。


 部屋の中央に、見覚えのある姿が立っていた。


「……あぁ」


 俺は、ベッドに横になったまま呟く。


「とうとう幻覚まで見るようになったか……」


 どうやら、脳が限界を迎えたらしい。

 目の前には、死んだはずの彼女がいる。


 いつもと同じ服。

 いつもと同じ、少し照れたような表情。


「待ってて。.....もうすぐ、そっちに行くから」


 そう言った瞬間だった。


「だから!!!幻覚じゃないってば!!!」


 はっきりと、聞き覚えのある声がした。


「……最近の幻覚は、言葉まで喋るのか……」


「殴るよ!!!」


 そう叫んだ次の瞬間、彼女は本気で拳を振り下ろしてきた。


 ――が。


 拳は俺の身体をすり抜け、床に到達した。


「……」


「…………」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、彼女は気まずそうに、へらりと笑った。


「……やっぱ、すり抜けちゃったかぁ」


 ……え?


 俺は、ようやく身体を起こした。


 本物?

 いや、でも……。


 彼女の身体は、どこか薄い。

 輪郭が曖昧で、向こう側が透けて見える。


 それでも。


 それでも間違いない。


 俺の、彼女だ。


「……っ……」


 言葉が、喉で詰まった。


「……ただいま?」


 そう言って、真奈は少し照れたように笑った。


 ――こうして。


 死んだはずの彼女が、幽霊として俺の前に現れた。


 それから、一週間が経った。


「で。いい加減、戻って来れた理由を言えよ」


 テーブルを挟んで向かい合いながら、俺は言った。


「ん〜……ユウ君の、真実の愛で戻って来れましたっ! じゃダメ?」


「納得できるか!!

 真実の愛で戻れるなら、世の中お化けだらけで溢れてるわ!!」


「いや、世の中にはさ〜、利己的な愛とか、打算的な愛とか、欲望ドロドロの――」


「えぇい! 話を逸らすな!!」


「まぁまぁ。愛しのユウ君に、もう一度会えたんだからさ。

 それで良くない?」


 そう言って、彼女は笑う。


 ……嘘だ。


 真奈は、嘘をつく時、必ず視線を下げる。


 今も、そうだった。


 その姿に俺は、聞かない事にした。


真奈が笑ってる。

それだけで、良いと思えた。



だけど、一つだけ。


「……なぁ」


 俺は、少しだけ声を低くして言った。


「もう、俺の傍から離れないよな?」


 うん、と言って欲しくて。

 安心したくて、聞いた言葉だった。


 真奈は、一瞬だけ間を置いて――

 それから、いつもの笑顔を浮かべた。


「……当たり前だよ〜」


 嘘ばっかりだ。


 それでも。


 その嘘に縋るくらいなら、

 俺は、全部分かっていないふりをする。


 ――彼女が、ここにいてくれる限り。


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