3-2. 敵軍の調査
敵国連合の司令部「灰檀砦」では、調査が本格化していた。ノワール・デス将軍は戦場の記録を徹底的に調べさせ、治らぬ傷で死んだ兵士たちの共通点を探していた。
会議室には、大量の記録板と報告書が積み上げられている。参謀たちがそれらを調べ、証言を集め、戦場の記録を照合している。その作業は、数日間続いていた。
「全員、マグノリア王国の補助部隊が関わった戦闘で負傷している」
調査班の一人が、報告書を差し出した。ノワールはそれを読み、眉をひそめた。
「補助部隊……具体的には?」
「名は不明ですが、報告には『痩せた少年』とあります。複数の戦場で目撃されています」
参謀の一人が、地図の前に立ち、赤い印を指し示した。
「第一戦場、第二戦場、第三戦場……すべての戦場で、同じ特徴を持つ少年が目撃されています。年齢は十五、六歳。痩せていて、補助部隊の制服を着ている」
ノワールは記録板を見つめ、眉をひそめた。
「同じ少年が、複数の戦場で現れている……偶然とは言えまい」
「将軍、もしかしたら、あの少年が原因かもしれません」
参謀の一人が立ち上がり、地図を指し示した。地図には、赤い印が無数に散らばっている。すべて、同じ症状で命を落とした兵士の位置を示している。
「すべての戦場で、あの少年が関わっています。そして、その戦場で負傷した兵士が、例外なく同じ症状で命を落としています」
「つまり、あの少年が呪詛を操っているのか」
「可能性は高いです。ただし、確証はありません。もっと詳しく調べる必要があります」
ノワールは机を叩き、全員の注意を引いた。
「諸君、あの少年を特定せよ。戦場の記録から、彼の正体を暴け。そして、彼を『悪魔の使い』『呪詛の使い手』として認定する」
調査は続き、やがて一つの名前が浮かび上がった。証言を集め、記録を照合し、捕虜からの情報を分析した結果、一つの名前が特定された。
「リオ・アーデン。マグノリア王国の補助部隊に所属する、十七歳の少年」
調査班の一人が、記録板を差し出した。そこには、リオ・アーデンの名前と、彼の簡単な経歴が記されている。
「リオ・アーデン……彼が原因か」
「はい。すべての戦場で、彼が関わっています。彼が切った兵士は、全員が同じ経過を辿って死亡しています」
会議室に、重い沈黙が流れる。一人の少年が、これほど多くの死を生み出している。それは、誰も予想していなかった。
参謀の一人が、証言を読み上げた。
「『痩せた少年に斬られた。浅い傷だったが、治らない』『あの少年を見たら、逃げろ』『死神だ』……すべての証言が、リオ・アーデンを指しています」
ノワールは地図を見つめ、リオ・アーデンの名を口にした。
「リオ・アーデン……彼を『死神因子』と命名する。そして、彼の暗殺計画を立てよ」
「暗殺ですか?」
「そうだ。彼を生かしておけば、戦線が崩壊する。彼を殺すか、捕らえるか。どちらかだ」
ノワールの声は冷たく、会議室の空気が凍りつく。
参謀たちは顔を見合わせ、やがて全員が同意した。一人の参謀が立ち上がり、提案した。
「将軍、特殊部隊を編成し、彼を捕らえることを提案します。彼の呪詛を研究すれば、対抗策を開発できるかもしれません」
「研究……だが、彼を生かしておくのは危険だ」
「それでも、彼の呪詛を理解すれば、我々も対抗できるかもしれません。まずは捕らえることを試み、失敗した場合は殺す。そういう段階的なアプローチはいかがでしょうか」
ノワールは少し考えてから、頷いた。
「了解した。特殊部隊を編成し、リオ・アーデンの捕獲を試みる。失敗した場合は、殺す。仮面を被った暗殺者を送り込め」
「了解しました。すぐに暗殺計画を立案します」
参謀たちは記録板を手に取り、作業を開始した。リオ・アーデンの名は、やがて敵軍の暗殺リストの最上位に刻まれる。だが、リオは、まだそれを知らない。
その頃、リオは前線で物資運搬や負傷兵の後送を続けていた。敵兵が同じ症状で次々と亡くなっているという噂は聞いたが、それが自分と関係があるとは、まだ気づいていない。
毎日、前線と後方の間を往復しながら、リオは任務をこなしていた。物資を運び、負傷兵を後送し、弾薬を届ける。その繰り返しの中で、リオはあの噂のことを思い出す。治らない傷で死ぬ兵士が増えている。それは、あの敵兵と同じ症状だ。
「リオ、最近調子はどうだ?」
ゼロが声をかけてきた。彼は物資の箱を運びながら、リオの様子を気にかけている。リオは振り返り、無理に笑顔を作った。
「大丈夫です。ただ、最近、敵兵が治らない傷で死んでいるという噂を聞きました」
「噂だ。気にするな」
ゼロは短く答えた。だが、その声には、少し迷いがあったように感じた。
「でも、あの敵兵も同じ症状でした。もしかしたら、何か関係があるかもしれません」
リオは声を震わせながら、そう言った。ゼロは少し考えてから、言った。
「戦場では、何が起こるか分からない。お前が気にしすぎだ」
その言葉に、リオは少し安心した。ゼロの言う通り、戦場では何が起こるか分からない。あの傷が直接の死因だったとは限らない。もしかしたら、別の原因があったのかもしれない。そう信じようとした。
だが、心の奥では、まだ疑問が残っていた。なぜ治癒魔法が効かなかったのか。なぜ傷口が黒ずんだのか。なぜ結晶のような粉が滲み出たのか。リオには分からなかった。
その疑問は、リオの心の中で、棘のように刺さっていた。夜になると、あの敵兵の顔が思い出される。彼は苦しみながら死んだ。そして、それはリオのせいだった。だが、なぜそうなったのか。リオには分からなかった。
夜営地に戻ると、伝令が手紙を届けていた。差出人はシルヴァだった。
リオは急いで封を切り、彼女の文字を追った。
「リオ、治らぬ傷の報告が増えていると聞いたわ。旧文明の呪詛に関する記録を探しているけど、まだ何も確証はない。ただ一つだけ分かったことがある。呪詛は触れた者を侵食する。あなたの力が呪詛とは断定できないけど、決して自分の傷に触れないで。無事を祈ってるわ」
短い文面だったが、その言葉が胸に染み込む。遠くの図書館で、彼女がリオのことを考えてくれている。その事実が、心を少し暖かくしてくれた。
だが、シルヴァの警告は、リオには届いていない。呪詛は触れた者を侵食する――その言葉の意味を、リオはまだ理解していない。
その頃、敵軍の特殊部隊は、すでに動き始めていた。
仮面を被った暗殺者たちが、リオ・アーデンの名を胸に刻み、戦場へと向かっていた。彼らの目的は、ただ一つ。リオ・アーデンを捕らえるか、殺すか。どちらかだった。
だが、リオはそのことを知らない。リオはただ、物資運搬や負傷兵の後送を続けていた。そして、その無知が、やがて襲撃へと繋がっていく。答えは、霧深い戦場だけが知っている。
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