魔法が廃れた時代の死神

モノカキ

第一章

1-1. 魔刀黄金期の影

この世界がまだ星読みと長い詠唱に支配されていた頃、人々は魔術師を国政の柱として敬った。王侯は季節ごとの儀式に莫大な資金を注ぎ、僧院のような魔術学院が都市の中心を占めていた。天候を操る高位術師は戦争の趨勢すら左右し、隣国との交渉はいつも「どの術式を貸し出すか」で決まっていた。農民も職人も、生活を守る呪文を覚えることが成人の証だったという。


しかし三百年前、辺境の少女エリーザ・ヴァン・マグノリアが剣に魔法を宿した瞬間、歴史は音を立てて折れ曲がった。詠唱を省いた魔刀の一閃は、天幕を一刀両断し、山を駆け降る魔獣さえ凍り付かせた。英雄に担ぎ上げられたエリーザは、王位に就くと同時に「魔刀こそ人類の未来」と布告し、旧来の呪術や詠唱術式を徹底的に封印・焼却した。彼女が命じた掃討は、魔術師の血脈を地下へ追いやり、魔刀黄金期と呼ばれる現在を作り上げる。


マグノリア王国は今や大陸の中心にそびえる軍事国家で、炎・雷・氷など多属性の魔刀を扱える者だけが貴族階級へ通じる。王立学院に入学した子どもたちは十三歳の春から剣技・軍略・礼法を叩き込まれ、十五で初陣を想定した演習に参加する。卒業を待たず最前線へ送られる例も珍しくなく、斬撃速度と魔力耐性の統計が、そのまま昇進表に転記される世界だ。王は魔刀騎士団を最重要戦力と定め、街路の銅像には必ず剣を掲げた英雄が刻まれている。


その一方で、エリーザが晩年に封印した「古代魔術の核心」が王立図書館の地下に眠るという噂は消えない。図書館の司書長ルシウスは沈黙を守り続け、閲覧を求める研究者を門前払いにしながらも、時折意味深な微笑を浮かべる。旧文明の断片は「呪詛」「異端」として恐れられ、教科書から削られて久しい。それでも学徒たちは夜な夜な地下書庫に潜り込み、禁書の写本を回し読みしている。そこに記された呪文の多くは既に失われ、ただの伝説として語られているが、時折“治らない傷”“詠唱なき呪い”といった言葉が、心のどこかをざわつかせる。


北境では、ネヴァラ公国との緊張が再び高まっている。湿地帯「夜泣き沼」から霧と共に現れる散兵、呪詛を帯びた傷に苦しむ兵士たち──王国は魔刀だけでは対処しきれない兆しを感じ始めた。治癒術師は絶対数が足りず、呪詛の可能性がある負傷者は診療所の端に寝かされ、苦痛に耐えるしかない。軍総司令官ヴィクトル・アイアンは「呪詛に耐性を持つ兵士の探索」を密命として各学院に伝え、特待生たちは自らの血筋を証明しようと躍起になっている。


王立魔刀学院の片隅に、魔刀も魔術も中途半端な少年リオ・アーデンがいる。アーデン家は代々の前線兵だが、父ケインは平騎士のまま昇進できず、母アリアは幼い頃に亡くなったとされている。リオは剣の素振りではいつも遅れを取り、魔力測定では最下位を記録する。だが彼は諦めず、「誰かの役に立ちたい」という願いだけを胸に、粗末な木剣の柄を握り続けていた。彼の血が旧文明の残滓を宿しているなど、本人も周囲も夢にも思っていない。


学院では首席候補のリナ・フォルテが理論と剣技で頭角を現し、雷属性の魔刀を扱うガルド・ストームが豪快な性格で戦場人気を集めている。厳格な教官マスター・クロウは彼らの才能を高く評価しつつ、どんな劣等生にも目を配る希有な指導者だ。図書塔に通い詰める少女シルヴァ・ウィスパーは、魔刀を扱えない代わりに古文書の読解力で学院内の異端者として囁かれている。


この学院でリオ・アーデンが起こすほんの小さな偶然。

その偶然が何を起こすのか、その重大さを

――本人が、一番理解していなかった。

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