リライト・ロジック 〜PV0の底辺作家は、クソみたいな現実(仕事)を「構成力」で攻略する〜

緋月カナデ

第1話:PV0の底辺作家、クソみたいな職場(現実)を「リライト」する。

 F5キーは、ロシアンルーレットの引き金に似ている。


 押したところで、何かが劇的に変わるわけじゃない。分かっているのに、指が勝手に動く。画面が一度白くフラッシュし、再描画される。右上の数字に視線を走らせる。


 PV:0


 深夜二時。青白いモニタの光だけが照らす六畳一間で、俺、黒木湊(くろきみなと)は深く息を吐き出した。


 0だ。昨日の夜、睡眠時間を削り、魂を込めて書き上げた三千文字の結果がこれだ。


 誤字脱字のチェックは三回。冒頭のフックも意識したし、伏線も張った。だが、世界は残酷なほど無関心だ。


 俺がこの『0』という数字と睨めっこしている間に、ランキング上位の『異世界でチートスキルを貰って全裸の美少女とイチャイチャする話』は、数千、いや数万のPVを稼いでいるのだろう。


 需要と供給。マーケティング。初速の最大化。そんな理屈は、耳にタコができるほど聞いた。


「……だからって、IQ3の主人公が、IQ2の敵を殴って勝つ話なんて書けるかよ」


 独り言が、狭い部屋に虚しく響く。


 俺が書きたいのは「物語」だ。ご都合主義の女神が微笑む茶番劇じゃない。因果律と論理(ロジック)が支配する、硬質なドラマだ。だが、今のウェブ小説界隈において、そんな拘りは「読みにくい」の一言で切り捨てられるノイズでしかない。


「更新しました」


 俺はX(旧Twitter)に、機械的にポストを投下した。フォロワー数は二桁。その大半は「相互フォロー募集」のボットか、怪しげな副業勧誘のアカウントだ。反応はない。インプレッション数だけが、虚しく一桁を刻む。


 ブラウザのタブを閉じる。PCの電源を落とす。暗転した画面には、くたびれた三十過ぎの男の顔が亡霊のように映り込んでいた。


 目の下には隈。無精髭。明日――いや、今日の朝七時には起き出し、満員電車に揺られて会社へ行かなければならない男の顔だ。


 トラックに撥ねられて異世界へ行くこともなければ、ステータス画面が空中に浮かぶこともない。あるのは、未読メールが溜まった社用スマホと、論理の通じない上司が待つオフィスだけ。


「……寝るか」


 ベッドに倒れ込む。俺は知っている。現実(リアル)こそが、最も設定の甘い、バランス調整を放棄したクソゲーであることを。だが、ログアウトは許されていない。


          *


 翌朝、午前九時。中堅メーカー「アカツキ精機」、営業二部のフロア。


 始業のチャイムと同時に、俺のデスクに分厚いファイルが叩きつけられた。


「黒木ィ! 気合入れてけよ、特大のチャンスだぞ!」


 頭上から降ってきたのは、昭和の熱血ドラマから抜け出してきたような大声だった。営業部長、権田剛志(ごんだつよし)。五十歳。「ロジカルシンキング」という言葉を、「路地裏で考えることか?」と真顔で聞き返したという伝説を持つ、精神論の化身だ。


「……おはようございます、部長。これは?」


「新規プロジェクトの要件定義書だ。社長からのトップダウン案件だぞ。名誉だろ」「……新規、ですか? 今は既存案件で手一杯ですが」「馬鹿野郎、あの『G・インダストリー』への次期システム提案だぞ! これを取れば、我が社の売上は倍増だ!」


 G・インダストリー。業界最大手であり、担当者の審査が厳格なことで有名な難攻不落のクライアントだ。


 嫌な予感しかしない。俺は条件反射的に身構えた。作家としての直感(スキル)が、警報を鳴らしている。


 これは「主人公が理不尽なトラブルに巻き込まれる導入部」の匂いだ。それも、カタルシスへの布石ではなく、ただ徒労に終わるタイプの悪質なシナリオ。


 ファイルをめくる。一行目を読んだ瞬間、俺は眉間の皺を隠せなかった。


『ターゲット:若年層からシニア層まで全方位』 『予算:現状のリソース内で工夫すること(実質ゼロ)』 『納期:来週末』 『目的:なんかこう、バズるやつ』


 俺は顔を上げた。 「部長。御手洗(みたらい)さんが担当のG・インダストリー相手に、本気でこれを出す気ですか?」 「企画部の佐渡島くんの案だよ! 昨日の飲み会で盛り上がってな!」


 権田部長は、さもいい仕事をしたかのように白い歯を見せた。企画部の佐渡島。社長の息子で、コネ入社の二十六歳。流行りのビジネス用語を意味も分からず乱用し、現場を混乱の渦に叩き込む、歩く災害(ディザスター)。


「ターゲットが全方位で、予算ゼロで、納期が一週間で、バズるやつ……?」


 俺は乾いた声で復唱した。小説なら即座に「ブラウザバック」されるレベルの設定崩壊だ。


 動機づけも、手段も、ゴールも破綻している。こんなプロットで物語が動くと思っているなら、作家を……いや、仕事を舐めている。


「どうした黒木、顔色が悪いぞ。まさか、できないなんて言わんよな?」


 権田の目が、獲物を狙う肉食獣のように細められた。ここで「論理的(ロジカル)」に反論しても無駄だ。彼は「できない理由」を「やる気がない言い訳」と変換する機能(脳内フィルタ)を標準搭載している。


 断れば、俺の社内評価(パラメータ)は下がり、居場所がなくなる。受ければ、デスマーチ確定。


 詰んだ。典型的な、バッドエンド確定の選択肢だ。


「……いえ。確認しただけです」


「よし! 頼んだぞ。期待してるからな!」


 権田は俺の背中をバンと叩き、意気揚々と去っていった。ジンジンと痺れる背中の痛みを感じながら、俺は手元の「クソプロット」を睨みつけた。


 絶望的な設定。破綻した論理。だが――その時。


 俺の脳内で、バラバラの断片(ピース)が強制的に再構築され始めた。


 ――ふざけるな。


 俺は、こんな支離滅裂な駄文(きかく)を読むために、毎晩PCに向かっているわけじゃない。俺は知っている。物語には「構造」が必要であることを。伏線があり、葛藤があり、そして納得できる結末(オチ)が必要であることを。


(……上等だ)


 俺はファイルをデスクに置き、愛用のボールペンを取り出した。


 これは仕事じゃない。今から行うのは、設定の破綻した「クソ原作」の――リライト(全面改稿)作業だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リライト・ロジック 〜PV0の底辺作家は、クソみたいな現実(仕事)を「構成力」で攻略する〜 緋月カナデ @sharaku01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る