第2話 過去に戻ったらしい。ただし記憶は無いものとする。

 さて。

 未来の知識を引き継がず中学二年時にタイムリープしてきたという、意味あんのかそれと突っ込みたくなるような奇妙な体験をした燎だったが。


 それでも、してしまったものはしてしまった。

 そして燎の都合は気にせず世界は進み、本日は平日だ。つまり中学生である燎は、当然学校に行かなければならない。


 幸い、ここは未来の知識を持たなかったことが逆に功を奏して両親や姉に怪しまれることはなく、朝食を食べて登校することまでできた。

 現在通っている、ごく普通の地元公立中の全容を見て燎は思う。


(……不思議な感覚だ)


 中学二年時までの記憶しかないため、この光景を『いつものものだ』と思っている。

 けれど──未来まで生きた感覚もあるため、この光景を見て……不思議な感慨と、懐かしさを抱いてもいる。

 そんな相反する感想が、けれど綺麗に共存しているなんとも言えない感覚に首を傾げつつ、燎は通い慣れた中学の門を潜る。


 今日までの記憶しかないので、当然教室や席の位置を忘れることもない。

 すいすいと慣れた足取りで階段を登り、自身の教室が見えてきたところで──



 ──そこで、邂逅した。



「──ぁ」


 思わず、息を呑む。

 燎の視線の先に居たのは、同じ中学の制服を着た一人の少女。

 明るい髪色が特徴的な彼女は、足音に気づいてか。ふわりと髪を靡かせて燎の方を振り返り……


「──」


 変わらず、目を奪われる。

 見慣れているはずなのに相変わらず見ている者の時が止まるほどの美貌。可愛らしさと美しさを綺麗に両立した顔立ちに、活発さを宿した明色の瞳。


 そう。彼女こそが……燎の幼馴染、天瀬ほたるである。


 燎の中で感情が湧き起こる。

 十四歳までの記憶がある自分が、彼女に見惚れた気恥ずかしさとほんの少しの気まずさを。そして──未来の感覚がある自分が、胸を焦がすほどの懐かしさと寂寥を抱いて。


 その二つの感情を持て余し一瞬固まる燎の姿を、振り向いたほたるが認めて。


「あっ! 燎──」


 ぱっと顔を輝かせ。朝から幼馴染に会えた喜びそのまま元気に駆け寄ろうとして──



「──まーた夏代の奴、天瀬さんと話してるよ」

「幼馴染だからって理由だけで隣にいられて、ほんと良いご身分だよな」



 そこで。

 横合いから聞こえてきた男子生徒たちの陰口……いや、陰口と呼べるかも怪しい明らかに聞かせる声量の言葉が二人に聞こえて。


 ほたるが固まる。

 そのまま、様々な葛藤を宿した表情を一瞬浮かべたのち……常の彼女の活発さを大きく抑えた、控えめな笑みで。


「……おはよ、燎」

「うん。おはよう、ほたる」

「え、っと……それじゃわたし、日直の仕事あるから」

「うん、分かった。頑張って」


 そんな、幼馴染同士と言うにはひどくぎこちなく控えめな会話ののち、ほたるが静かにその場を離れて……残された燎も、複雑な感情を宿して俯いた。



 そうだ。これが、中学二年現在の燎の悩み。

 素敵な女の子に成長して、誰もが認める学校一の美少女であるほたる。

 活発な輝きを宿した暖色の瞳に、太陽を内包しているのかと思うほどに明るく艶めく髪。可愛らしさと綺麗さを両立した顔立ち、何もかも文句のつけようがない美少女。

 加えて性格も本来は外見通り明るく親しみやすく、勉強も学年トップで運動も個人競技団体競技問わず大活躍という、全てにおいてパーフェクトな女の子。


 そして……そんな彼女の幼馴染である燎は、本人が冴えないこともあってか、周りの嫉妬ややっかみの対象になっていて。早い話が、嫌われ者になっており。


 そのせいで友人は少なく、味方もほとんどおらず。男子生徒からは……とりわけほたるに憧れる生徒たちからは明確な敵意まで向けられて、陰口は日常茶飯事で。

 加えて、それだけではないことも多く──


「おい、夏代」


 そして、今日も。


「話がある。放課後、来い」


 その一環として、クラスメイトの……燎とは違って人気のある男子生徒に、呼び出しをくらうのだった。




 ◆




「──釣り合ってないんだよ。お前は、天瀬さんに」


 そうして迎えた放課後。

 人気のない場所で告げられたのは、最終通告だった。


 言うまでもないことかもしれないが……この男子生徒は、ほたるに憧れている生徒の一人。というかある意味での筆頭だ。

 その証拠に、燎の前で彼は語る。ほたるがどれだけ素晴らしい女の子か。どれほど優れていて、どれほど皆の羨望を集めているか。憧れている人がどれだけ多いか、燎もよく知っているほたるの魅力をこれでもかと語る。


 そんな、彼女に最も憧れている彼だからこそ──翻っての燎への嫌悪も、その分強く。


「……それに対して、お前はなんなんだよ」


 その感情を隠そうともしない表情で、燎を睨みつけ彼は続ける。


「勉強もパッとしない、部活のエースでもない。飛び抜けて格好良い訳でもないお前が! ただ幼馴染だからって理由だけでなんで天瀬さんの傍に居られるんだよ!」

「……」

「何にも釣り合ってないお前なんかに縛られて、天瀬さんが可哀想だ。身の程知らずだとは思わないのか! 俺……お前以外の全員、そう思ってるからな!」


 自分こそがその『全員』の代弁者だと疑わない声で。決して個人的な意見ではなく、言いたくても言えない奴らの代わりに自分が言ってやっているんだとばかりに。

 そう、告げてくる。


 そんな、彼の言葉を聞いて。

 燎は思った。……その通りかもしれないと。


(ほたるに釣り合わない。……そんなの俺が、一番分かってる)


 分かっている。今の彼の言葉は、嫉妬と燎を過剰に貶める意思が含まれていることは。

 でも──言っていること自体は、全くの間違いではないのだ。


 燎は、ほたるとは釣り合わない。あんな素敵な女の子と、釣り合える気なんてしない。

 でも、ほたるはそんな燎にも過去の恩と優しさから傍に居てくれて。今も……過剰に関わると男子生徒からのやっかみが強くなるから控えめに、けれど孤立だけはしないように気を遣ってくれている。


 ……それが、辛くて。

 本当は明るくてなんだってできる彼女に、あんな顔をさせてしまうのが申し訳なくて。自分のせいでほたるに要らぬ心労を抱え込ませてしまっているのが情けなくて。


 彼の言う通り、自分がほたるを縛っているんじゃないか。

 じゃあ──もう、自分はいない方が良いんじゃないか。ほたるのためにも、離れた方が良いんじゃないかと、思ってしまって。


(そう、だね……)


 その意思を、口に出そうとした……その瞬間。




 燎の中で──今までで一番。強く、何かが燃え上がった。




(っ!?)


『記憶にない』感情が己の身を焦がす。

 これは何だと思い……すぐにそれ自身が答えだと思い至った。


 これは、自分の中の未来の感覚だ。

 タイムリープした自分の感覚が、記憶ではなく感情という形を取って痛烈に叫んでいるのだ。



 まるで──『それだけは絶対にやめろ』と言うように。



 ここが、ターニングポイントなんだと言わんばかりに。

 そこで膝を屈してしまえば……タイムリープする前の自分。一周目の自分・・・・・・と同じ道を辿ってしまうんだと。

 記憶はなくても、何故かそれだけは分かるのだと。血を吐くほどに叫んでいる。


 併せて燎の心中を満たすのは……今朝起きた瞬間にも増して強くなった、それだけで泣いてしまうほどの圧倒的な後悔と、無力感。

 それを味わって、燎はようやく理解する。


(……そ、っか)


 理屈は分からない。記憶がないのだから、具体的にどういう道筋を辿るのかも不明だ。

 でも──それでも。今ここで自分が『ほたるから離れる』選択肢を選んでしまえば。


 自分は未来で、とてつもなく後悔するのだと。それこそ『やり直したい』と狂おしいほどに願ってしまうほどの。残滓だけですらこんなにも深い後悔と無力感に苛まれるのだと。


 それだけは、強く理解した。

 ……ならば、やるべきことは一つだ。


 すぐに心は決まった。元々自分自身の感情だから、当然かもしれない。

 意を決して、顔を上げる。


「? 何だよ、馬鹿みたいに突っ立って。早く何か言えよ」


 訝しげに、苛立たしげに告げてくる彼に対して、望み通り。


「……そうだね。君の言う通りだと思う」

「そうだろ! 分かったらさっさと天瀬さんから離れ──」

「だから」


『燎はほたるに釣り合わないから離れろ』という意見に対する答えを、述べる。




ほたるに釣り合う・・・・・・・・自分になれるように・・・・・・・・・これから・・・・俺が頑張るよ・・・・・・




 ──その瞬間。

 何かが、変わった音がした。


「……は?」 


 言われた男子生徒は、一瞬何を言われているのか分からず呆けた声を上げ。

 そんな彼に対して、燎は続ける。


「うん、言ってくれてありがとう。確かに君の言う通りだ。立場に甘えてちゃダメだよな。あんなすごい人と幼馴染なんて幸運な立ち位置にいるんだから、俺もそれに恥じないよう頑張らないといけない。そういうことだよな!」

「いや、ちょっ、待っ、ちが」

「よーしなら善は急げだ! まずは勉強からかな! とりあえず一旦学年一位取るわ! 今日から早速頑張らないとだから俺はこれで! じゃあまた明日っ!」

「いやおい、何でそうなるっ、お前が天瀬さんから離れればそれで済む話だろっ、て話を聞けおい──!」


 そのまま挨拶をして、喚く男子生徒をガン無視してその場を走り去る。


 もちろん、彼の意図していたことがこれではないことは分かっている。

 でも、関係ない。元々彼に納得してもらおうと言ったことではないのだから。


 今の言葉は──宣言だ。

 自分は今からこうする。釣り合わないとうじうじするのはもうやめて、釣り合うための努力をすることに決めたという、宣言。


「……ははっ」


 風を切って走りながら、燎は笑う。


 不思議と、清々しい気分だった。

 未来の感情と感覚を持った自分と、今までの記憶だけを持った自分。その二つが、綺麗に一つになった気がした。こういう形でタイムリープしたことに、感謝さえできた。


 釣り合わないからほたるから離れるのは、賢い選択肢なのだろう。

 でも……それで未来でとてつもなく後悔するというのなら、仕方がない。


 単純な逆転の発想だ。

 宝石の横に石ころがあって、でも離れられないのなら──自分が・・・宝石に・・・なるしか・・・・ない・・


 これも不思議なことに、怖くはなかった。

 それで良いんだ、と未来の感覚も背中を押してくれていた。できるかどうかではなく、意地でもやるんだといっそのこと吹っ切ることができた。

 今ならそれこそ、何だってできる気がした。




 夏代燎は、タイムリープをした。十数年の巻き戻しで、十四歳に帰ってきた。

 残念ながら、未来の記憶は無かった。

 でも、感情の残滓は引き継いで……幼馴染から離れたことで、未来でとてつもない後悔と無力感に苛まれたことだけは分かった。

 そして、これほど大きい感情なのならば。多分その後悔は……自分のこと、だけではないのだろう。それも理解した。


 なら、今度こそ。

 二周目の今こそ──幼馴染に釣り合うために、本気を出す。

 知識チートも精神成熟による優位もない、だからこそ何も恥じることのない『本当』の努力で……意地でも、完璧美少女幼馴染に釣り合ってみせる。

 そうして今度こそ、未来の自分が後悔しないように駆け抜けるのだ。


「よーし、やるかぁ!」


 決意を込めた燎の叫び声が、二周目の始まりを告げる。



 これは、そんなお話。

 あまりにも不完全なタイムリープをしてしまった少年が──けれど、だからこそ。後悔だけを原動力にした純粋な努力で成り上がり……


 ……加えて、記憶がないからこそ。その努力が本人だけでなく、幼馴染をはじめとした『一周目』では本来あり得なかった周りの人間の上向きの変化も無自覚に呼び起こし。

 そして──『一周目』を遥かに超える、最高の『二周目』の青春を送る話。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


こういうお話です。

タイムリープした主人公。引き継いだのは過去の後悔と、大きく間違いそうなときに教えてくれる感覚だけ。

未来知識が無いからこそ、知識チートが使えないからこその本物の『努力』の熱さや青春を全力でお届けできたらと思います。


次話以降、本話でちら見せしたメインヒロインのほたるにも本格的に焦点を当て初め、ラブコメも青春も加速させていきます!

一周目でどうだったのか、それが燎の行動でどう変わったのかも交えながらここからもどんどん熱くしていくので、是非次話以降も読んでいただけると!

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夏代燎の、『記憶無し』青春二週目。~何も覚えてないけど、後悔したことは分かる。だから──今度こそ、完璧美少女幼馴染に釣り合うために本気を出す~ みわもひ @miwamohi

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