イノセント・チルドレン

瀬尾

嬰児

胎児よ


胎児よ


何故躍る


母親の心がわかって


おそろしいのか


___夢野久作 「ドグラ・マクラ」

ーーーー


 色褪せた映像が流れる。荒れ果てた都市の中、爆発の轟音、発砲音が無数に鳴り響き、まるで煙がたちこめてくるような戦場の映像だ。その中を直接幼く、短い足で駆け回ることになるなんて誰が思ったろうか。


 煙が灰を焼き続ける。まともに目も開けられない中、重い竹やりをかついで私は自宅の神社を目指した。守るべき両親と、祖母がいたから。


 約束したんだ。かかさまもばあさまも......ととさまも守るって!


 無事に守りぬいて、母から褒めてもらうんだ。


 しかし、石段を駆け上がった頃には、もう遅かった。想像よりもひどかった。

10mほど先、明らか神道の者ではない、アサルトスーツを着込んだ屈強な者たちがぞろぞろと神社を取り囲んでいる。そしてそいつらの足の隙間から見えるのは...取り押さえられた母と祖母。


「遺物確保!■■■です!報__を」

『■■■さえあれば__、それ以__は...』

「かまわん。神主の■■も用済みだ」


「...っ!!」


 恐怖より早く、反射的に竹やりを突き出して飛び出し、目前の男のふくらはぎ辺りを貫通させた。短い断末魔。初めての血の味は、たいしてまずくもなかった。


「こいつも排除対象だ。捕らえろ」


 冷徹な声とほぼ同時に、自慢の髪を乱暴に引っ張り上げられた。もがけばもがくほど、痛みは増していくばかり。


(でも...やらなきゃ...!)


 しかし右手の竹やりを振りかぶった直後、それすらも無理やりはがされ、体は母の前にたたきつけられる。


「かっ...」


 全身、未熟な五臓六腑が悲鳴をあげる。まだ産まれたばかりだからと嘆くように。実際、体の中で氾濫する何かを、しかと感じ取っていた。それが体か、憤怒かは分からないけど。


「いや、こいつは■■■処理で...し■」


____


__


_


1/18 土 「氷の都市」


 微かに、アヤメの匂いがする。


「きて___起きて、アラヤ!」


「んぁ...」


 幼稚さがかすかに残る声に促され、重いまぶたを開ける。ぼんやりとしたシルエットを凝視すると、次第に蜂蜜色に染まったロングヘア―の友人が、寝ているアラヤを覗き込んでいることが分かった。


「まーた屋上で寝て。もう授業始まるよ?」

「...ミナ」


 なんで来たんだ。藍色の瞳にそう問うた直後、長音階の軽やかなチャイムが鳴る。次の授業が始まる合図だ。私のクラスは...遅刻にとことんねちっこい歴史教師、稲田センコーの授業。だのに今、教室から最も遠い屋上にいるということは...


「...まさかお前、あいつの授業抜け出したのか?」

「うん。だって慣れればなんちゃないし」

「やってんな、お前」


 思わずくくっと失笑してしまう。こいつ、かなり図太いところがあるんだよな...思い返せば、鬼の体育教師を前にして堂々遅刻しても何食わぬ顔だったし、強盗には果敢に立ち向かって、感謝状をもらったこともあった。

そんな奴が今更、稲田センコーの一週間軽蔑刑ごときに萎えるわけもないか。


「それに、私アラちゃん心配だったし」

「俺が?はっ、図書委員長の俺がいなくなるわけないだろうが」


 そうかなぁ~、とミナが訝し気に笑うと、不意に目線が明後日に移った。


「そういえば、さっき稲田先生の話聞こえたんだけどさ」

「氷の都市なんてよく言うよね。こんなに生き生きとした霊気が漂ってるのに」


 視線を眼下に広がる街に移す。ガラス張りの高層ビル群と所せましと並び、ガラス窓に「太陽」の光が反射して眩い。さらにビルの隙間に目を凝らすと、流線形の浮遊列車が滑走する。フレームのない電光掲示板、そして街行く人の、形のないスマートフォン...


 この都市は「霊気テクノロジー」によって発展したといってもよい。家電、車両。武器まで...見下ろせば近未来的なものが多く存在している。

このエネルギーを発見したのも応用させたのも、元はおもちゃ会社のカーパルスをはじめとした、企業群が開発したものだ。


「俺は嫌いじゃないが」


 するとミナは聞き捨てならんと言わんばかりにばっと振り向いてきた。


「えー!? 私もっと自然豊かなとこがいい! ほら、前一緒に行ったノーザンパークとか...」

「あれは人工の草原だ。本物じゃない」


「それでもさ、なんかこぉ~んな感じだな、って想像するくらいは良いじゃん?」


 ミナは腕を大きく広げて、広大な草原を演出する。愉快な面白さだ...もともと劇作家をやっていた悪い性分か、いまいちミナに踏み込めないが。

それでも、私もこの面白さ、というものに惹かれた気がする。


「...ね、私さ。 ”壁” を越えて、本物の麦畑を見に行くことが夢なんだ」


「前アラヤのお父さんの書斎で読ませてもらった本にね、そういうのがあるって見たんだ。それを使って焼くパンは、もちもちしててすっごく美味しいし、料理にも使えるんだって」


「...へぇ。いいじゃんか。応援してる」


 さて、戻ろうか。そう言おうとした時。


「アラヤは? 何かある? 夢みたいなの」


 その質問に、思わず目を見開く。夢なんて今まで、中学生くらいまでしか語ってこなかったものだから、あまり考えたこともなかった。

それに夢はくだらない。言ってもすぐ諦める。そうしてきたんだから...


「俺の...いや、俺は」


 ふとここで、浮かんだものがあった。たった唯一、見たいもの。それでも喉から出かけたその言葉を、くっと飲み込む。夢なんて言ったところで...将来賭けてそうするほどの決意はないだろうから。


「適当なとこ就いて、嫁いで、死ぬ」

「つまんな!!」


 ド直球なミナの反応に、「別にいいだろ」と口をとがらせる。そう。特段この都市に不便はないのだ。欲しいと思えばすぐに買えるし、行こうと思えば都市の中ならどこへでも行ける。だから良いのだ。


「まぁそしたら~......授業、いこっか」

「ああ。良い言い訳は考えてきたから大丈夫だ」


「何それ」


 屋上のドアをくぐる前、ふと都市を振り返る。ビルの乱立する、もっと向こう。霞がかっているが、確かにある絶壁。


「...」


 遠い向こうに、何があるのか...なんてらしくもないことを考えながら、ミナの後を追いかけていった。

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