パート2 九郎、名前を呼べない彼女に助言を受ける?


「髪を切られていたのか……?犯人は、元カレだな!」

と、薄くて不味いコーヒーをゆっくり飲みながら、公彦が言った。学食の隅のテーブルで、九郎と向かい合って会話をしているのだ。

「元カレ!と決めつけるのは、どうかな?反対に、カレを取られた女の方かもしれないよ?」

「女の嫉妬か……?」

「まあ、どっちにしても、彼女の友人関係を調べれば、犯人は見つかるさ!警察に任せておくべきだね!」

「なんだ?名探偵さんは、もうリタイアするのか?」

「俺は、探偵じゃないよ!依頼人もいない!それに、俺は犯人扱いをされていない!何より、名探偵が謎解きをしなけりゃならない、『不可能犯罪』じゃないだろう?密室内の殺人でもないし……」

「不可能犯罪じゃないけど、連続殺人事件になるかもしれないぜ!『切り裂きジャック』のような、さ……」

「はあ?切り裂きジャック?若い女性が次々と殺されて、髪の毛を切られる!っていうのか?それじゃあ、切り裂きジャックじゃなくて、髪切りジャックだろうが!」

と、言った九郎の視線が、公彦の肩口を飛び越えて、食堂の出入り口に移った。

「公彦、今、食券を買っている女性を知っていないか?」

と彼は言って、公彦の視線を出入り口に向けさせた。そこには、ふたりの女性がいる。ひとりは黒いレディース用のビジネススーツ姿。ひとりはピンク系のティ・シャツにジーパン姿。

「どっちが好みなんだ?」

と、公彦が訊いた。

「好み?いや、黒い服の方は知っているよ!文学部の日本古典文学の助教授(=当時の名称)の上城真弓だろう?俺の知りたいのは、若い方さ!髪の長い方だよ!」

「あっちが好みか?俺は、年上が好みなんだけど、ね……」

「お前の好みなんて、どうでもいいんだ!あの髪の長い娘を、さっき取り調べ室の前で見かけたんだ。事件の関係者?後藤佳奈子の友達かもしれない……」

「なんだ?お前、探偵を続けるつもりか?いいだろう!情報を集めようぜ!あの娘は、確か……、英文科の上城由布子。そうだ!上城助教授の妹だよ!」

「姉妹?あまり似ていないな……」

「似ていない兄弟なんて、世の中には沢山いるぜ!」

と、カップに残っていたコーヒーを飲み干して公彦が言った。

「警告する!上城姉妹に、手を出すな!」

と、急に背中側から声をかけられた。振り向くと、長髪の痩せた男が立っていた。黒縁の眼鏡をかけている。どこか、女性的な雰囲気がする。

「ええと……、君は……」

「十馬一也!政治学の授業で一緒だったはずだ!神津九郎に綾小路公彦だろう?」

政治学は喜多という年寄りの教授の講義で、人気がないのか、受講者は二十名足らずだ。

「なるほど、どこかで 見た顔だ!だが、名前までは覚えていないけど、ね……」

と、公彦が一也の身体を頭から爪先まで眺めながら言った。

「まあ、はじめまして!ではないようだけど、さっきの『上城姉妹に手を出すな!』ってのは、どういう意味だ?」

「意味?その言葉どおりさ!お二方は、モテるらしいが、相手を選ぶ時は、注意をせよ!って警告だ!じゃあ、な……。忘れるなよ……」

と、言って一也は背中を向けて食堂を足早に出て行った。上城姉妹はもう離れた席に座っている。

「なんだ?あいつ、俺たちが、上城姉妹にちょっかいを出すと思っているのか?」

「九郎!匂うぜ!」

「なんだ?屁をしたのか?」

「バカ!下ネタは嫌いだ!事件の匂いさ!」

「事件の匂い?あいつから、そんな匂いがするのか?」

「ああ、確実ではないから、調べてみないと断定できないが、上城姉妹は九州の出だ。大分県か熊本県か、阿蘇の近くらしい……。十馬一也も、おそらく、同じ地方の出身だぜ……」

「上城由布子と後藤佳奈子が友達だ、としたら……?」

「一也、佳奈子、由布子は、同郷……。田舎だから、同窓生かもしれないぜ……」

「それと、もうひとつ!あいつは間違っている!俺たちは……、モテない!」

「それで、あんたの友人って刑事の甥っ子、被害者の友人関係を調べたのかい?」

と、美雪が尋ねた。九郎の下宿の四畳半の部屋だ。隣の長屋の向かいの部屋から、屋根瓦を身軽に飛び越えて、勝手に入って来たのだ。

「素人の調査だから、抜かりがあるかもしれないけど、何人かの、同郷の人間は掴んだよ。友達かどうかは、わからないけど、ね……」

と言って、九郎はメモをした手帳を取り出した。

「後藤佳奈子の出身高校は、大分県の公立N高。上城姉妹と、十馬一也も同じ高校卒業生だ。他に、N高の出身者が一回生に三人いる。仙石千佳子、津島布美子、稲垣志奈子。いずれも女性だ……」

「入学時のアルバムは?」

「アルバム?」

「あんたも持っているでしょう?ほら、その三人の顔を知りたいのよ!」

「ああ、そういうことか……」

そう言って、九郎は本棚にある新入学生の顔写真の掲載されているアルバムを開いた。

「やっぱり、ね……」

と、美雪が言った。

「やっぱり?」

「三人とも、長い髪をしているわ!しかも、顔立ちも良く似ている……。まあ、美人の部類ね……」

「そういえば、後藤佳奈子は、田舎、つまり、県境の山間部の小さな集落の出身だったな……。この三人も同じ集落の出身なら、ほぼ、親戚かもしれない、ね……」

「ううん……、ヤバいね!」

「ミユキ、いや、小野さん!何がヤバい、んだい?」

「あまり、いい写真写りじゃないのさ!写真の所為なら、いいんだけど……。死相に近いモノが出ているんだよ!特に、この娘に、ね……」

「し、死相?つまり、この娘が次に殺される!ってことですか?連続殺人事件に発展する!ってことですよ、ね……」

九郎の言葉遣いが、変わった。大学に入る時、ひとつ年上の美雪から、タメ口で会話するように言われていたのだ。周りから、年上だと思われないように……。

「だから、写真写りの所為かもしれないだろう……」

「いえ!ミユキさんの眼に死相が見えるなら、間違いないです!写真写りの所為じゃあ、ありません!」

「こら!ミユキって呼ぶな!」

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