1章 感ジル - 細田・眞島
物音
4月。
俺は念願の1人暮らしを始めた。
最寄り駅から徒歩5分。
しかも、徒歩15分圏内にスーパー、ドラッグストア、コンビニ、病院があって立地も良い。
それでいて家賃は相場よりほんの少しだけど安い。
8階建ての単身向けアパートで角部屋ではないのと低層階ではあるが、築浅でこの値段は良い物件を見つけた、と思っていた。
209号室。
その部屋との出会いに満足していたが、数日後には違和感を覚え始めていた。
最初は『音』だった。
歩く音、椅子などの家具を動かす音、そして壁を叩く音。
激しい音でも大きな音でもない。
普通の生活音レベルだ。
だが、音がするのは決まって深夜2時過ぎだった。
昼間に聞くのと深夜に聞くのでは響き方が違う。
もっとちゃんと内見の時に聞いておくべきだった。
初めての1人暮らしに浮かれて、物件選びで失敗した。
最初はその程度にしか思っていなかった。
だが、徐々にその音が上の階でも隣でもないような気がして来た。
部屋の、俺がいるこの部屋の中からしているような。
これはもしや噂に聞く『事故物件』なんじゃ……?
一度そう感じたら、部屋の中にいるはずのない気配を感じるようになった。
誰かに見られているような、誰かが近くにいるような。
こんなに好立地な築浅物件が相場より少しとはいえ、安い理由はこのせいなのかも。
そう思ったら、部屋に帰るのが怖くなった。
そこで昼休みに不動産屋へ電話した。
単刀直入に俺の部屋、事故物件ですよね? と訊いてみた。
だが、担当者は「違います」の一点張り。
「でも、夜中に物音がするんです」
「壁が薄いですから、上下左右の部屋の音が反響して、自分の部屋の中からするように感じることはございます」
「そんな感じじゃないです。本当に部屋の中で……」
「いいですか、細田様。細田様の部屋に限らず、あのアパートで亡くなった方は1人もいらっしゃいません」
担当者はきっぱりと断言した。
「共用部や駐車場も含めて、です。気になるようでしたら、物音に対する注意喚起のビラをポスト投函することは可能ですので、一度それで様子を見られてはいかがでしょうか」
こうもきっぱりと言われてしまうと、だんだん自分の勘違いのような気がして来た。
誰も死んでいないのが事実なら、事故物件とは言えない。
なので、ビラのポスト投函を依頼して様子を見ることにした。
これで音が止めば、上下左右、いずれかの部屋の物音だったことになる。
しかし、それから1カ月経った5月に入っても相変わらず夜中の物音は続いていた。
夜中に音がする。
ただそれだけだ。
椅子を動かすような音がしても、部屋の椅子が動く訳でもない。
誰かが歩いてる音がしても、誰かがいる訳でもない。
幽霊の姿を見たりとかもない。
狭い1人暮らしのワンルームだ。
音がした方をすぐに見ても、何もない。
だから、多分、他の部屋の音が反響して、自分の部屋の音のように感じるだけだ。
そう思うようにしたら、気にも留めなくなった。
引越すこともチラリと考えたが、同じような環境、間取りで検索してもこの家賃では見つからなかった。
それに引越し資金もない。
引越すほどの実害もないなら、急いで引越す理由はない。
そう思い直した。
そんな時だった。
それは6月の初め頃だった。
その夜も、深夜2時過ぎに音が始まった。
不規則な足音。
まるで何かを探し回っているような……
それもいつものことだ。俺はもう慣れていた。
寝返りを打って、また眠ろうとした。
その時だった。
音が、止んだ。
ピタリと。
突如、静寂が部屋を包み込んだ。
「見ぃつけた」
耳元でそんな声を聞いて夜中に目が覚めた。
心臓が物凄い速さで大きな音を立てていて、全身に汗をびっしょりとかいていた。
夢……だよな?
今の、夢だったよな?
目を覚ましたんだから、夢のはずだ。
だけど、妙に生々しい若い女の声が息遣いと共に耳に残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます