209号室 ― 告知事項なし

紬 蒼

序章 惹カレル - 松坂・安田

USB

「お前向けの話があるんだけど……ちょっと手を貸してくれないか?」


 梅雨が明けた七月中旬。

 知り合いの霊媒師からそんな電話を受けた。


 名を安田と言うのだが、彼の自宅で会ったことは一度もない。

 今日も呼び出されたのは俺の職場近くの喫茶店だった。


 入口近くの席だったので、すぐに見つけて挨拶もそこそこに向かいに座る。

 と、ほぼ同時にホットコーヒーが二人分、運ばれて来た。

 約束の時間に少し遅れたのだが、なぜかいつもタイミング良く注文してくれている。

 この時期、普通はアイスコーヒーだが、職場の空調が故障して真冬並みの寒さだったので、ホットコーヒーは有難かった。


「早速だが、これを見てくれ」

 そう言って安田はテーブルの上にUSBメモリを置いた。

「パソコン持って来てないぞ。中身は?」

「とあるアパートの一室で起きた怪現象をまとめたものだ。去年の9月に息子を亡くした母親が最近見つけて、俺のところに持ち込んだものなんだが……」

「事故物件系の話か?」

「まあ、そうではあるんだが……」

 安田は歯切れが悪く、言葉を探すようにUSBに視線を落とした。


 俺は小さな出版社でオカルト雑誌を担当している。

 小さい頃からオカルトやホラーが好きで、今までそういった体験はないが、そういう話は五万と聞いてきた。

 この仕事を始めてから、幽霊や祟り、呪いといった類の大半が科学的に説明ができる事象だと知った。

 だが、その内のほんの一握りはそういったものの存在を否定できないものが潜んでいる。


 俺は自分の足で取材し、記事を書く。

 いわゆる心霊スポットにも行くので、御守は幾つか鞄やポケットに忍ばせている。

 この霊媒師との縁もこの仕事を通じてのものだ。


「……最初は事故物件に住んだせいで事故死した話だと思ったんだ。だけどな、何かおかしい」

「おかしいって?」

「事故物件じゃないんだ」

「じゃないって……どういう……?」

「過去に住人が亡くなっているが、誰もその部屋で死んでないってことだ。別の場所で死んでるなら、事故物件じゃないだろ?」

「ま、確かにそうだな。その去年死んだっていう息子はその部屋の住人だったんだろ? 死因と死んだ場所は?」

「それは自分で調べろ」

「なんだよ? 惨い死に方だったのか?」

「……俺にこのUSBを渡した母親の依頼はな、息子の死が『この部屋』のせいかどうか調べて欲しいってことだったんだ」

 安田はそう言って、母親が訪ねて来た時の話を切り出した。


 きっかけは遺品整理をしていて見つけたこのUSBメモリで、中にはWordのファイルが1つあるだけだった。

 そこには部屋で起こる怪奇現象と不動産屋とのやり取りが箇条書きに羅列されていた。

 不動産屋の担当者の名前と連絡先も記載されており、このUSBメモリについて何か話が聞けるかもしれない、とその不動産屋に電話した。

 すると、その不動産屋も息子と同じ日に亡くなっていることを知る。

 ただの偶然とは思えず、息子の死は幽霊が関係しているのでは? もしそうなら、息子は成仏できずにいるかもしれない。

 そう思った母親は父親に相談したが、馬鹿馬鹿しいと一蹴されてしまい、友人に相談して安田を紹介してもらったとのことだった。


「俺もな、その不動産屋とアパートには行ってみたんだ。あのアパートには……正直もう行きたくねぇ」

 安田はそう言ってコーヒーに口をつけ、眉間に皺を寄せた。

「何か……視たのか?」

「近づいただけで、すぐに引き返したよ。空気が重くて足が竦むっていうか……とにかく行きたくなくなったんだよ」

「なら、母親からの依頼は?」

「放置するのはヤバイ気がする。でも、俺の手には負えねぇ。だけどよ、誰かに振るにしたって、事の経緯くらいは調べてからじゃねぇと。とりあえず、正体を突き止めておかねぇと……とばっちりを食いたくねぇからな」

 安田がそう言う時は本当に『ヤバイ』ものなのだ。


 俺は彼を『本物』だと思っている。

 全国的な知名度はないが、地元ではそこそこ有名で幽霊や呪いに関する相談を受けている。

 ただ彼は寺や神社の家系でもなければ、親類に霊能力者がいる訳でもない。

 一度死にかけて息を吹き返したらというのだ。


 だから、そういったものを避けるために有名な霊媒師や寺社仏閣を訪ねて、お経やらなんやらを学んだようだ。

 とはいえ、基本的にはえて声が聞こえるだけで、お祓いはできないらしい。

 自分の手に負える範囲でお祓いの真似事をし、無理だと思ったら避けるか、お祓いができる『本物の霊媒師』を紹介している。


 そんな彼が霊媒師でもないどころか霊を見たこともない俺を呼び出した理由は一つ。


「だからさ、松坂。調べてくれねぇか?」

 安田は珍しく縋るような視線を俺に向けた。


「……分かった。とりあえず、中身を確認するよ。しばらく預かってもいいか?」

 頼む、と安田は俯くように頭を下げた。

 手に取ったUSBは室内の空調に晒されたせいか、冷たく感じた。

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