数奇不数奇

小狸

掌編

 好きな漫画の最終回が、賛否両論と言われてネットで炎上していた。


 動画配信者はこぞってこの件を取り上げてこき下ろし、評論家気取りは駄目な点を論って非難し、人々はそれに同調した。


 いや、見なければ良いという話なのかもしれない。


 実際、見ないように努力はした。


 ネットニュースにもなってしまっていたので、SNSはその2,3日は開かなかったし、動画配信サイトは視聴をしばらく止めた。おすすめ欄に、次々と、感想という名の素人批評が出てくるからである。


 私は、その漫画が好きだった。


 月刊誌に連載していた漫画だけれど、連載開始した時から、ずっと追い続けていた先生の新作ということで、とても楽しみにしていた。月刊誌を毎月買うということはできなかったけれど、定期的に刊行される単行本は、必ず購入し読むようにしていた。


 いや、つい過去形で語ってしまったけれど、今でも、好きである。


 私は、好きなものは、ついつい全肯定したくなってしまう性質である。分かっている、それが今の、批評と批判と題して誰もが世界に意見を述べることができるようになった風潮には合っていないということも。でも、多様性多様性と、鳴き声のように連呼される世を鑑みた時、私の、物語に溺れるという「好き方」だって、認められても良いのではないか、と思うのだ。


 でも――世の中は、そうではない。


 その現実が、辛かった。


「おはよー、え? 何、辛気臭い顔して。姉がせっかく成人式迎えたしたっていうんだから、もうちょっと喜んでよ」


「あー、ういうい、おめでとー」


「はいはい、あんたはそういう奴だよ」


「でも、お姉ちゃん、成人式行かないんでしょ? 振袖も着ないって言ってたじゃん」


「まあね、寒いし。それに、私をいじめた奴らが幸せそうに、笑って生きて参加してんだよ? その場が殺人現場になっちゃうでしょ」


「……そりゃそーだ」


 姉は、小学校と中学校で、クラスを巻き込んでいじめを受けていた。


 初めは女子の悪口から始まり、それはクラス中に伝播し、皆がそれに同調し、担任すら味方にならなかったという――ただ中学時代の教師から、言われたことは「これ以上クラスで面倒ごとを起こさないで」だったと、後から聞いた。両親が学校側にいくら訴えかけても、それはふんわりとした言葉で包み込まれ、無かったことになったそうだ。そんな中でも、不登校になることなく、皆勤賞で中学を一度も休まなかったことを、私は誇らしく思う。


 故に、姉は振袖とかその類を着ていないし、髪のセットもしていない。何ならパジャマのままである。


「で、姉の晴れ晴れしい日に、どうしてそんな顔してんの、あんたは」


「それがさ」


 私は、子細を伝えた。


「ふーん」


 話した後、興味なさそうに、姉は言った。いや、あんたが聞いたんだろ、とちょっとイラっとしたが、我慢した。姉は往々にしてそういうところがある。


「まあ、こんなこと私が言うまでもないし、あんたも分かっていることかもしれないけれどさ」


 姉は一呼吸置いて、続けた。


「皆が好きなものを好きになる必要はないし、皆が嫌いなものを嫌いになる必要はないんだよ。自分が、好きだと思う。それだけで良いじゃない。誰かの言葉じゃない。自分の言葉で、そう思うだけ。それだけで良いんじゃないかな」


「……でも」


「プロの批評家が講評しているってわけじゃないんでしょ? 賛否両論あるって言ってるんだから、『賛』の方の意見もあるんでしょ? だったら、それだけ見てれば良いじゃん。自分にとって都合の悪い言葉を、敢えて目にする必要はないよ」


「……そりゃ、そう、だけどさ。そんな都合の良いことって、許されるの? おいしいところだけ見て、都合の良いところだけ摂取して、綺麗なところだけをかいつまんでさ。清濁併せて――現実、じゃないの?」


「許す」


 即答であった。


「世界中の誰もが許さなくとも私が許す。良いんだよ、それでも。好きなものを、好きなように好きになる権利を、あんたは有しているんだからさ。せめて好きでなくなるまで、ちゃんと愛してあげなよ」


「愛す、かあ」


「そう。ネットなんて、所詮暇な人が書き込んだ駄文がほとんどなんだからさ。そんなのに目をくれてる暇なんて、あんたにはないでしょ? ファンであり続ける、読み続ける、好きでい続ける。それが、今のあんたにできる最善なんじゃないの?」


 そう言って、姉は洗面所へと向かった。


 顔でも洗いに行ったのだろう。


 我が姉ながら、達観している。とても、地元の駅周辺で騒いでいる二十代の人たちと同年代とは思えない考え方である。


 それでも、姉は姉なりに、私を励まそうとしてくれているのだ、と分かって。


 どこか嬉しかった。


 部屋に戻って、綺麗に揃えた、先日完結した例の漫画の単行本を見た。


 うん。

 

 やっぱり私は、この漫画が好きだ。


 好きでいられる、私が好きだ。


 そう思った。


 そう思えた。




(「数奇すき数奇すき」――了)

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