『娘のストレスに耐え忍ぶ夫婦』
香森康人
『娘のストレスに耐え忍ぶ夫婦』
「ねえ、なんでこれ間違ってんの? むかつく!」
算数の問題が解けずに大騒ぎし、何度も足をどしどしと床にたたきつける中学受験中の娘。
パパは慌ててアロマを焚いて、ヒーリングミュージックを大音量で流す。
ママは仏の顔になって「イライラするのはホルモン、ホルモン。全部ホルモンのせい」と念仏のように唱え始める。
しかし、娘のイライラは一向に収まらない。
「パパ教えて!」
隣で算数の比の問題を教え始めるが、パパ息臭い、と全く聞いていない。
「教えてって言ったクセに全然聞く気ないよね?」
そんな真っ当な意見も効果なく、机の下に潜り始める娘。
ママはすぐにスマホを構えてカメラアプリを起動する。
「あっ、分かった。そうやって騒いでるところビデオ撮とっとくから。学校の先生に送っておくからね。はい撮るよー」
「やめて!」
そうやって家族の思い出の動画がどんどん増えていく。
頼るのはやっぱり漢方。パパもママもリラックスするために粉薬をお湯に溶いては、老人のように静かにいただく日々。
以前は散々親も怒って戦っていたが、1周も2周もして行き着いた。戦うのではなく凌ぐ! 嵐が去るのを待つ。リラックスするのに必死。娘からのストレスに対抗するのに必死。
「もう勉強やらなくていいからさっさと寝ろ!」
そう怒鳴っても当然寝てくれない娘。お風呂にも入ってくれない。何故か、臭いと言っていたパパのベッドでゴロゴロして岩のように動かない。もう重すぎて、ヒョイと運べた時期は遥か昔。
週末のニンテンドースイッチ禁止を告げるカウントダウンを何度も繰り返し、ようやく娘が部屋に戻っていきホッとする。これで、やっと人間らしい生活が送れるんだ。
ようやく夫婦水入らずの時間かと思いきや妻は、
「私、中国ドラマみるから。自分の時間なんて全然ないんだからね。少しは私にも自分の時間を与えろ」
と、さっさと寝室に引き上げてしまう。パパは、リビングに布団を敷いて寝る日々。
はあ、これも全部娘のストレスのせい。さっさと寝てほしい。風呂に入ってほしい。なんなら中学から下宿してほしい。
今日一日やったことといえば、家事と娘の問題の丸付けくらい。好きな本を読む暇も書く暇もない(と言いながら書いているが)。
唯一の癒しは、寝る前にユーチューブで流すホラー朗読のみ。
我々夫婦は、サピックスの「この問題は余裕がある人だけやってくださいね」という呪いの言葉のせいで家族崩壊ギリギリまで追い詰められた。
勉強してるのに成績落ちるよね?
余裕があればって、いつも限界ギリギリよ? みんなそうでしょ?
マンスリーテスト、テキストと全然関係ない問題出てるよね? 特に社会!
他の子はもっとやってるのか? 娘の出来が悪いのか?
夫婦共に散々鬼となり、娘も負けじと鬼となり、ポケポケした弟にも当たり散らし、ようやく早稲アカという脱出口を見つける。
「宿題は教師がしっかりチェックします。忘れたら居残りでやらせます」
早稲アカの校長先生が言う。
ああ、なんて神々しくてありがたい言葉なんだろう。
外面だけは誰にも負けない娘は、宿題となるとしっかりこなしてくれる。
そんな母のような早稲アカにいても、やはり戦争は尽きない。先ほどのやりとりは日常茶飯事だ。
買い物もまた大変だ。
ボンボンシールが欲しいと娘に言われ、妻と娘と3人であちこち歩き回らされ、どこにも売っておらず、なぜかいくつも持っているリュックをまた買わされ、ゴンチャが飲みたいとタピオカミルクティーを買わされ、新しいメニューに挑戦した割には「あんまり美味しくなかった」と残りを飲まさせられ、パパは荷物をたくさん抱えてロフトの人けのない棚の前で東野圭吾を読む。
髪を切りに連れていけば「友達に髪少なすぎっていわれた」と、ほとんど切らせてもらえず金の無駄。
友達がみんな見ているという昭和な紅白を見ては「今日ビジュイイじゃん」とうるさい。
パパ達のことをどれだけ苦しめれば気が済むの?
でもこれも全て中学受験のせい。きっとそれが終われば霧のようにストレスが消えて、全て解決する(はず)。
あと1年あると思うと憂鬱すぎて死にそうになる。
でもいつもキッズホンの待ち受けは家族の写真。誰かの誕生日のたびにケーキを前に撮って更新される集合写真。
「パパ飲んでいいよ」と差し出されるゴンチャのタピオカミルクティーも、ストローから一口飲んで返すとちゃんと飲んでくれる。
娘の風呂上がりに脱衣所の隣でパパが歯を磨いていても特に文句は言われない。
きっと明日も頑張らければいけないのだろう。
終わり
『娘のストレスに耐え忍ぶ夫婦』 香森康人 @komugishi
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