Over Cross: —忘却の雨—

@1488

第一巻 誕生

まぶたが重く開いた。闇。


???:――


(息が……苦しい)


荒い息をつきながら、彼は下を見た。

草は一面、血に濡れていた。

視界が二重に揺れ、全身が軋む。

命が、確実に抜け落ちていくのが分かった。


彼は視線をずらし、自分の腕と、同じように地に伏す不幸な男を見た。

地面に倒れたその男は、立ち上がろうとして、苦しげに呻いた。

引きずるたび、血の跡が残る。


遠くで人の叫び声が響いていた。

周囲は炎に包まれている。

燃えているのは――村か、街か。

森の中の建物を囲う柵には、引き裂かれた誰かの死体が突き刺さっていた。

いや、死体と呼ぶには、あまりにも――肉片だった。


空は血の色に染まっていた。

火事のせいなのか、それとも世界そのものが血に染まったのか。


???:た……助け……


隣で倒れる男の声は、あまりにも弱く、

あまりにも惨めで、

そして――絶望的だった。


もう、誰にも救えない。


音もなく、影が現れた。

背の高い、完全な闇。

夜そのものが形を持ったかのような存在。

手には、夜から削り出したような長剣。


一閃。


男の身体は、真っ二つに裂けた。

目が閉じる。

叫びは途切れ、鈍い余韻だけが残った。


狂ったような悲鳴が上がる。


影は振り向いた。

血に溺れ、地に伏したままそれを見つめる少年へと。


視線が交わる。

焼けつくような剣の輝きに、目が痛んだ。


一方は、剥き出しの憎悪。

もう一方は、純粋な恐怖。


影が近づいてくる。

剣から血が滴り落ちた。


(……死ぬ)


ここで終わる。

倒れた者たちの列に、加わるだけだ。


喉が渇いた。

――天で、皆に会うのだろうか。


剣が、振り上げられる。


(……さよなら)


???:ヴァル・ハイラ!


凄まじい風が吹き荒れ、影を吹き飛ばした。

剣が宙を舞い、地に落ちる。


次の瞬間、誰かが少年を抱え上げ、走り出した。


肩に担がれながら、少年は振り返る。

逃げるその人物の手には、巨大な槍。

装飾と淡い金色を帯びた、長い槍だった。


突如、耳鳴りがして、視界が暗転する。


黒いフードを被った者たちが、追ってきていた。

飛んでくる短剣、手裏剣。

木々に突き刺さる刃。


追跡者の一人の手に、炎の球が生まれる。

それは投げ放たれた。

だが、走る者は間一髪でかわした。


???:ハイラ。


腕を振ると、風が刃となり、木を断ち切る。

轟音。

巨木が倒れ伏す。


――それでも、追撃は止まらない。


森が震えた。

二人は大きな窪地へと滑り落ち、

さらに暗く、濃い森の奥へと姿を消す。


彼女は槍を支えに、

均衡を保ちながら、道を切り開き、走り続けた。


止まれば、終わり。

倒れた者たちよりも、はるかに惨い結末が待っている。


彼らは、逃げることも、力を使うことも許さない。

逃走者とは違い、あまりにも強大だった。


その魂が鎮まるのは、

十分に苦しみ、血と惨劇を味わった後だけ。


(なぜだ……血を啜ることが、そんなに楽しいのか)


遠くで悲鳴。

木々が倒れ、

まるで大地そのものが抗っているかのようだった。


再び、叫び声。

倒木が、すぐ傍に落ちる。


???:くそっ……!


背後の影が蹴りつける。

大地が裂け、巨大な石の棘が噴き出した。


逃げる者は叫び、地面を引きずられる。

巨大な岩が彼女の脚を切り裂いた。

――だが、巧みな動きがなければ、二人とも両断されていた。


転がり、止まらず、立ち上がり、走る。


???:神よ……助け給え!


爆発。

熱風が顔を焼く。

火花が近すぎて、思わず目を閉じた。


目を開いたとき、世界が落ちていく。


違う。

落ちているのは、自分たちだった。


風が顔を打ち、肺が塞がれる。

心臓が止まった。


???:あああああ!


果てしない高さから、落下。


視界が暗くなる。

最後に感じたのは――

水。

ゆっくりと、命を奪う冷たい水だった。

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