機械仕掛けの天才皇子【デウス・エクス・マキナ】は今日も前世の夢を見る
@montreur-de-marionnettes
Praesagium (プラエサギウム)
帝都の夜は、光輝く宝石箱のようだ。だが、その光が届かない影の底には、泥に塗れた獣たちの掟がある。
「――それで、この件はどう落とし前をつける?」
幼い、鈴を転がすような声が地下室に響く。
だが誰一人として声の主がわずか9歳の少年であると思っていない。
裏社会で恐れられる組織の武闘派たち。
それが今や蛇に睨まれた蛙のように震え、石畳に額を擦り付けている。
冷や汗を流して謝罪した。
「も、申し訳ございません枢機卿! どうか、また機会を……ッ!」
「謝罪なんていらないよ。どうせここにいる時点で君たちに未来なんて残されてないんだから」
アイクの灰青色の瞳には、一切の感情が宿っていない。
酷くつまらなそうに言った。
「僕の手を煩わせないで。めんどくさい。」
わずかに腕を振り杖を向ける。
「魔術…!!」
驚いた声を最期に彼らは業火に焼き尽くされた。
ーーだがこの帝国の悪魔もかつてはただの幼子だったのだ。
数年先の未来、これは戻れなくなった少年の物語。
※ ※ ※
前世の記憶がある。
そう自覚したのは二つの頃か、三つの頃かーー。
午睡にちょうど良い暖かな光が差し込む東屋。反り上がった朱色の軒先。見たことのない花々。帝国らしくない、異国情緒あふれる庭園で母である玲凛(リンレイ)妃とのお茶会の時間だった。
「アイク。私の宝よ。皇帝になりなさい」
玲凛妃の声が耳を撫でる。壊れたオートマタのように繰り返される言葉。ーー皇帝になれ。
アイクは目を伏せ、手元にある緑茶を見た。湯気がゆらりとたちのぼる。
「はい、ははうえ」
歯車の噛み合う音、返事は喉を素通りする。
アイクはこのヴェルエリン帝国の第四皇子だ。…そう第四皇子なのだ。
にも関わらず、玲凛妃はアイクを皇帝にと推す。
「きっと、陛下もアイクが皇帝に相応しいとわかってくださる、ねえそうでしょう?」
「はい、ははうえ」
ちらりと後ろに控える兵士を見た。皇族の護衛に気持ち程度の一名のみ。
だが肩幅をきちんと揃え、重心が低い。いつもの彼のような気の抜けた立ち方ではない
ああ、やっぱり、アイクはため息を喉の奥で押しころした。
「…ははうえ」
玲凛妃がゆるりと首を傾げるようにして微笑んだ。
「なごりおしいですが、そろそろ時間なのでは?」
「あら…ほんとうね」
手元の緑茶を一気に飲み干す。
「アイク」
いつの間にか玲凛妃がアイクの横にきていた。微かな白檀と琥珀の香りが鼻腔をくすぐる。
冷たい手がアイクの頬に触れた。
「……頑張りなさい」
「はい、ははうえ」
黒曜石の髪、灰青色の瞳ー玲凛妃譲りのものだ。
『帝国の黒翡翠』と母子ともにそんなふうに賞賛されているらしい。
アイクが庭園を抜け、居住している宮に向かって歩く。すると警備のものたちの視線がサッと逸れる。
まるで汚れから目を背けるよう。
そんなあからさまに。ただの幼子には到底耐えきれないだろうに。
アイクの足は、ふと止まる。
黒を持つ玲凛妃も当然同じような目で見られてるのか。
(………かわいそう)
そのように表現するのだったか。
アイクは、「前世の記憶」という言葉に深く安堵する。
夕食を終え、アイクはソファにうつ伏せになって、深く沈み込んでいた。
目の前には異国の本、地理書、歴史書などが積まれている。手元にはこの帝国の歴史を記した書物。文字を目で追い、望む記述を探しだす。だが、見当たらなかった。
玲凛妃はトゥーリ国との国交及び同盟が樹立した証として嫁いできたとしか記されていない。でもそういうことなのだろう。
ローザに尋ねるか。でも、と逡巡する。
ローザが難解な本ばかりを読み耽る
アイクは自分の小さな手のひらを見つめた。肉付きに良い子供らしい手だ。
だが、見えない糸で釣られている。
ーーああ、かわいそうなのはぼくも同じだ。
試して見てもいいと思った。この静まり返った水面に飛び込んで見てもいいと思えたのだ。
「ローザ」
「……はい」
アイクは起き上がり、そばに控えていた唯一メイドのローザを見上げる。
「おかあさまのお国のトゥーリ皇国のことなんだけど」
「玲凛様は友好の証として嫁いでこられたと記憶しています」
ローザは模範解答を口にした。
「なかよくなったってことだよね?」
ローザは初めてここで口角が上がった。潜在的な侮蔑の笑みが滲んでいた。
「はい、我が帝国とトゥーリ国がなかよしになったので玲凛様がこられたのです」
「あぁ……!人質のようなものってこと。トゥーリ国は軍事力に乏しいって書いてたし。あぁ、だから今の環境が。」
アイクはローザの潜在的な侮蔑で、合点がいった顔をする。対等な同盟関係ではないことは明らかだった。玲凛妃についての文献はほとんどなかったから。
スッキリしたと思ったのは一瞬だけだった。
「………え」
その声がアイクの耳に入ってきたと同時にアイクの背中に嫌な汗が流れた。
パッと見るとローザの翡翠の目が限界にまで見開いている。
ローザの目に映る驚愕があの時の乳母に重なって見える。
心臓が跳ねる。喉の奥が引き攣る。
「なーーーーんてねっ」
わざとらしく声を弾ませた。ソファの上で身を乗り出す。
「っていうのが、この本に書いてあって」
アイクは声を震わせ、わざとらしく視線を泳がせた。
「悪い大臣に捕まったお姫様のお話。……おかあさまもそうなのかなって」
「……ほ、本のお話、ですか?」
無邪気に、年相応に、愚かしく。その姿がどことなく哀愁を感じさせる。
ヘラりと笑ってみせると、ローザの瞳から徐々に恐怖の色が抜けていく。
「うん、……ごめんね、変なこと言って。ぼく、おかあさまがいなくなっちゃいそうで、怖くて……」
アイクは膝を抱え、小さく身を縮めた。「母を失う不安」にすり替える。
その姿を見てローザの胸の中に去来するのは安堵と強烈な罪悪感。
アイクに対して恐怖心を抱いたことに対するーーただの子供を恐れ異物として見ようとしていた自分に対する罪悪感。
「……殿下、そのような寂しいことはおっしゃらないでくださいませ。」
眉を下げて、悲しげな顔つきになったローザは膝を降り、震える手でアイクを抱き寄せた。
暖かい体温、バラの芳香。アイクはそのまま身を委ねた。
突然アイクの頭の上でポンポン、と軽快な音がした。
ゾワっとした。反射的に頭をのけたくなった。
(あ、撫でられたのか)
一拍遅れてアイクは気づく
鼻の奥がツンッとするような、胸の奥がザワザワするような。そんな奇妙な感覚。
「殿下、わたくしでは母親がわりにはなれませんけど、いつでもわたくしを頼ってくださいませ」
同情のこもった声だった。なのに暖かいとも思った。ーーその温もりが離れがたい。もっと。
アイクは目を閉じる。ローザの温もりが急速に遠のいていった。ぎゅっと手を握りしめた。
感じたことを全て雑音として処理する。
そして思考ー。
(そうか。これが正解なのか)
学習した。 本質を見せてはいけない。賢さを見せてはいけない。 ただ、庇護欲をそそる「弱きもの」として振る舞えば、世界はこんなにも容易く牙を引っ込め、温もりを差し出してくる。
ーーああそういえば、もうそろそろあちらから来るはず。ローザを舞台から下ろさねば。
アイクは顔をあげ、潤んだ瞳でローザを見つめた。
「ねえ、ローザ。……ぼく、おとうさまにお会いしてみたい」
「皇帝陛下に、でございますか?」
「うん。おとうさまなら、おかあさまを助けてくれるかもしれないから。……会えないかなぁ?」
それは、ローザの罪悪感と使命感を同時に刺激する、完璧な一手だった。
「……お任せください。必ずや、お繋ぎいたします」
ローザの目に決意の光が宿る。
「ほんと? ありがとうローザ!」
パァッと花が咲くようにアイクは笑った。
「おそらく、数週間はかかるでしょうけど、早めにお伝えしておきましょうか」
そう言ってローザは部屋を退出した。
アイクはソファーに深く沈み込む。地面に届かない足をぶらぶらさせながら考える。
ーーぼくのすべては「前の人生」から持ち越してしまった遺物にすぎない。
その知識が、思考が、周囲を遠ざけ、乳母を狂わせたんだ。
前世という異質さのせいで。
それなら、この「前世」という呪いを武器に変えて、バラバラな家族を繋ぎ止めてみせよう。
お互いに愛し、愛される。そんな御伽話のような理想の家族というシェルターを完成させれば、僕はその中で異端であっても受け入れられるはず。
窓に映ったアイクの瞳は子供らしい期待に輝いているようでいて、その奥には深淵のような虚無が冷たく広がっていた。
まずは皇帝。そろそろ盤面は整うだろう。
パチパチと蝋燭が揺らめく。カタカタと微弱な風が窓を揺らす。そしてコツコツと重厚な音が外から近づいてくる。
ーー
息を整え、わずかに背筋を伸ばす。この部屋にくるのはローザではない。
ノックをし扉を開けて告げたのは、鋼の匂いを纏った騎士だった。
「殿下。皇帝陛下がおよびです。……いますぐに」
アイクは窓に映る自分の「5歳の笑顔」を確認し満足げに立ち上がった。蝋燭が揺らめく宵のころ、まだ外の空は茜色を残している。
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