英雄の価値

 目が覚めた。誰に起こされるでもなく、朝日が同じ角度で差し込む時間に、自然と意識が戻る。

 獄中での8年間、微かに差し込む太陽の光だけを頼りに生活してきた習慣は、柔らかいベッドの上でも変わらなかった。


 しかし、いつもと決定的に違うのは、目を開けたすぐそこにアイリスがいたことだ。


 「……お前、なんでここにいる。まだ6時だぞ」


 「あ、起きた? 6時、正解。よくわかったね」


 「集合は8時だったはずだ」


 「眠れなくて、早く来ちゃったの。……それに、コウさんがお風呂のこと気にしてたから。ね、シドさん、お風呂沸いた?」


 「おう、今沸かしてるぜ」


 厨房からシドの声が飛ぶ。「あと、そのボロは捨てな。俺の服を貸してやる」


 シドが用意してくれた熱い湯に身を沈めると、体中にこびりついていた「獄中の汚れ」と「負の記憶」が、湯気と共に抜け落ちていくようだった。


 風呂上がり、シドに渡された小さなナイフで8年分の髭を剃り落とし、少しぶかぶかだが清潔な服に身を包む。


 「……食って肉がつきゃ、その服も馴染むだろうよ」


 シドの言葉に頷き、鏡を見る。そこには「汚れた罪人」ではなく、精悍な顔つきの痩せた男がいた。


 その姿を見たアイリスが、小さく何か呟いた気がした。


 「かっこいい……」


 「ん?何か言ったか?」


何故かアイリスは真っ赤になって


「なんでもない!」


と言った。


 そのまま、アイリスと向かい合って朝飯を食うことになった。

 本当にこの娘は美味そうに飯を食う。


 「美味そうに食うな」


 つい思っていた事がそのまま口をついた。

 アイリスはサッと顔を赤らめる。


 「シドさんのご飯が本当に美味しいんです!それに……」


 アイリスはぷくっと頬を膨らませる。


 「それに?」


 「……な、なんでもないですっ!」


 本当に変な小娘だ。だが、彼女が幸せそうに飯を食う姿は、不思議と見ていて飽きない。


 8時。アジトにメンバーが集結した。ただ一人、キリコの姿だけがない。


 「キリコはいつも遅刻だ」


 「まぁまぁ、夜中まで仕事させてるんですから、仕方ないでしょう」


 ゼンジロウはそれもそうかと苦笑し、改めて俺に仲間を紹介し始めた。


 「まずは俺、リーダーのゼンジロウだ。そして俺の右腕、参謀のリュウメイ。それから……」


 フードを深く被り、メガネの奥で視線を泳がせている女性。


 「シズクだ。薬物の専門家で、あの睡眠薬もこいつが作った。喋るのは苦手だが腕は確かだ」


 「……ど、どうも」


 次に、妖艶な雰囲気を纏った美女。


 「副リーダーのサリーだ。美人だが、性格がキツいのが玉に瑕で……」


 ゼンジロウが言い終わる前に、サリーの蹴りが彼のケツに炸裂した。


 「あら、私はとっても優しいわよ? 心配しないで、コウ」


 そして、最後は大柄な男。


 「ガルダ、戦闘担当だ。体がデカすぎて隠密には向かねえから、前回は留守番だったがな」


 紹介が終わろうとしたその時、慌ただしく魔道具を使いキリコが下りてきた。


 「大変です! 大変なんです、ゼンジロウさん!!」


 キリコは、一枚の紙を手に抱えてアジトに飛び込んできた。そこには、髭を剃る前の私の似顔絵が描かれていた。


 『WANTED』の文字の下に躍る数字は――3000万ゼニー。


 「コウさんに、3000万もの懸賞金がかかっちゃいました……っ!」


 慌てふためくキリコとは対照的に、他のみんなは平然としていた。ゼンジロウに至っては、はははと笑っている。


 「3000万か。アイリス、お前はもっと高いと思ってただろ?」


 「そうですね。3000万じゃ、コウさんの価値には足りません」


 「ど、どうしたんですか皆さん! 懸賞金ですよ!?」


キリコが叫ぶが、ゼンジロウは不敵な笑みを崩さない。


 「キリコ、いいか。脱獄した『石腕の英雄』の噂を広めるには、懸賞金が一番の宣伝になるんだ。城が公式に、俺たちの存在を認めたってことだからな」


 「……宣伝?」


 「ああ。頭のいい連中なら気づくはずだ。勇者に反抗し、生きて脱獄した男を支える『組織』がいることに。この3000万ゼニーという数字が、世界中に散らばる志を同じくする仲間を呼び寄せる、狼煙(のろし)になるのさ」


 私は、自分にかけられた破格の値段を冷めた目で見つめていた。

狙われるのは覚悟していた。だが、この懸賞金が「勇者を倒すための力」に変わるというのならーーそれも悪くない。

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