アジト


 ようやく辿り着いたアジト。それは街の片隅にある、寂れた小さな食堂だった。


 「……相変わらず、閑散としてるな、この店も」


 ゼンジロウの言葉に、厨房から


 「おい! ぶち殺すぞ!」


と食堂の人間とは思えない怒号が飛んできた。


 スキンヘッドで顔中傷だらけの、どう見ても堅気ではない男が包丁を握ってすごんでいる。


 「でも、客がいないのは本当だろ?」


 ゼンジロウが平然と返すと、


 「馬鹿野郎、今は深夜だぞ! 客なんかいるはずねえだろ!」


と男が机を叩いた。


 「まあまあ、シドさん。うちのリーダーがろくなことを言わないのはいつものことですから。それよりお客様が見つかるとまずいので下借りますね」


 そう言ってリュウメイは、私たちを奥のテーブル席へ促した。


 全員が腰を下ろすと、ゼンジロウがテーブルにふわっと手をかざした。


 「……っ、なんだ!?」 


 ガタリガタリと音を立て、テーブルごと床が沈み始める。


 「魔道のからくりだよ。魔力を流せば、下の階へ行けるのさ」


 説明している間に、地下階へと到着した。


 そこには数人の男女が、落ち着かない様子で待ち構えていた。


 「良かった……ゼンジロウ、無事だったんだね!」


 鼻水を垂らしながら、イケメンの男が善次郎に抱きついた。


 「うわっ、キリコ! 鼻水つけるなよ」 


 「だって、僕も行きたいって言ったのに……っ」


 「言っただろ。失敗の可能性が高い作戦だったんだ。全員で行って全滅するわけにはいかない。それに、お前はその顔が武器なんだ。貴族たちに気に入られて情報を吸い上げる、お前にしかできない仕事があるんだよ」


 ゼンジロウがポンポンと頭を撫でると、キリコと呼ばれた青年は少し落ち着いたようだった。


 「……それはそうとして。成功したんだね、コウさんの救出」


 場にいた大柄な男が口を開いた。


 「こいつが、例の『隻腕の……』」


 男は言いかけて、口を勣いだ。


 「——おっと、すまなかった」


 私の不名誉なあだ名が流れているだろう事は予想していた。男はついそれを口にしそうになったのだろう。


 「いい、気にしていない」


 「そうか、それなら良かった。……勘違いしないでくれ。俺たちはあんたのことを英雄だと思ってる。罪人だなんて、これっぽっちも思っちゃいない」


 「……英雄? 私が?」


 「そうだ。勇者に真っ向から反抗し、あの化け物に唯一傷をつけた男。隻腕の英雄、コウ」


 私が呆然としていると、隣でアイリスがニヤニヤと笑いながら顔を覗き込んできた。


 「私、また助けられちゃいましたね」


 「また?……どういうことだ?」


 「覚えていないんですか? 8年前、私が勇者に斬られそうになった時、助けてくれたのはあなたです」


 アイリスの言葉を聞いた瞬間、俺の心の中にあった重荷が、すっと消えていくのを感じた。


 (……良かった。私が勝手なことをしたせいで、あの時の少女は死んでしまったんじゃないか、不幸になったんじゃないかと、ずっとそればかりが気がかりだったが……)


 無事に逃げ延び、あんなに元気に成長していた。思わず顔が綻びそうになるのを堪え、私はぷいっと顔をそらした。


 「……生きていたんだな、小娘」


 「ちょっと、そんなぶっきらぼうに言ったら可愛そうじゃん! アイリスちゃん泣いちゃうよ!」


 キリコが横から口を挟んだが、アイリスは泣くどころか、ニコニコと満面の笑みを浮かべていた。


 「……変な奴だ」


 小さく呟いたが、8年ぶりに見る外の世界は、思ったよりも悪くないのかもしれないと感じ始めていた。

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