落ちぶれた伝説の魔導師は、一人の変な少女と出会った。
美月
第1話 魔導師の場合~1~
この世界における「ギルド」とは、冒険者パーティが集まり情報収集をする場所である。
冒険者パーティとは、この世界に住む魔族を退治したり人々を守ったり、魔族の巣窟であるダンジョンで宝を探したりなどする行動力に溢れた者達だ。
まとめて同じ「冒険者」と括られてはいるが、その目的も行動原理も千差万別である。
そんな者達が集まるギルドは、そのほとんどに酒場が併設されている。というよりむしろ酒場がギルドのようなものだ。
本来ギルドの役割は求人探しだったり報酬の相談だったりするわけだが、情報収集よりもただ酒を飲みに来ているだけの者も多くいた。
そんなとあるギルドの求人掲示板に、このようなチラシが貼られていた。
「【高時給400ゴールド】冒険者急募!/住み込み/経験者優遇」
1
古今東西、不自然に報酬が高い仕事は怖がられるものである――求人に書かれていない条件があったり、知らない間に悪事に加担させられる「ダークジョブ」であることが多いからだ。
しかもこの求人、依頼内容も仕事内容も書かれていない。手に取る理由がない。
こんな怪しい求人が正規ギルドに貼られていることさえ異常なことといえた。
しかし、一人の男がそのチラシを手に取った。
冒険者、住み込み、経験者優遇。それを見て、男は連絡先を控える。
掲示板前にある書き台を利用し、連絡先「ジュエル・アントニア街6-4番地」に手紙を送った。このギルドでは、書き台の隣にある箱に手紙を入れればそのまま魔導で転送される仕組みだ。
そして返事も早いのだった。箱からひとりでに一枚の便せんが飛び出て、男の前に着地する。相手方からの返信も、このようにすぐにやり取りができる。
手紙をひらき、男は呟いた。
「……今日か」
そこには「面接日程」が書かれていた。面接が必要なほど人が来るのかと男は不思議に思ったが、必要ならば必要なのだろう。承諾の返事をした。
しかし、流石に開始時刻は違和感を抱かずにいられなかった。
23時――夜の11時。そんな時間に何をさせられるのか。何ができるのか? 既に嫌な予感を多少覚えながらも、男はギルドを後にした。その後ろ姿を止める者はいなかった。誰も「彼」の顔を知らなかったからだ。
それ以前に、彼の顔をまともに直視しようという者も、いなかったからだ。
・・・
時が経ち、その日の23時。
男は、面接場所として指定された「ジュエル・アントニア街6-4番地」に向かっていた。
治安が悪い。低級街。彼は街に降り立ってすぐ、そんなイメージを持った。同時に不審にも思った。こんな程度の低い街に住む者が、本当に400Gも払えるのか?
しかしそれでも向かった。
実のところ、彼には仕事を選んでいる余裕はないのである。それほどに食い詰めているのだ。今着ている服も、持っている中では一番いいのを選んだのだが、それでも――この「ジュエル・アントニア街」に溶け込めるほどの安さであった。
しかしその立ち振る舞いからは上品さが隠しきれていない。また顔が顔なので彼は少し目立っていた。
「――あ?なんだお前。見慣れない顔だな」
だからだろうか。男は突然知らない若者に因縁をつけられた。
「どっかの冒険者様か? それともひょっとしてアレか、女でも買いにきたのか? そのひでぇ顔じゃマトモな女には相手されなさそうだからなぁ!」
品のない笑い方をする若者を、男は完全に無視して後にしようとした。しかしその肩を掴まれる。「おい何無視してんだよ」と、先程よりは多少怒りがこもった口調で。
「お前、俺が誰だか分かってんのか? この街で頭張ってる『エルヴェス・グローア』の一員なんだ。逆らうとどうなるか分かってんだろうな」
「……『エルヴェス・グローア』?」
「はっ、なんだそうか知らねぇのか! 相当な田舎から出てきたんだなあんた」
若者は馬鹿にしたように笑う。
「昔、魔王を倒した伝説のパーティだよ。へへっ、相討ちになって全滅したって言われてっけどなぁ、本当は身分を隠してあちこちに潜んでるんだよ」
「……へえ。それで、あんたがその一員だとそう言うのか」
「あーそうだよ。分かったらさっさと出すもん出せよ。今なら半殺しで許してやっからよ!」
同時に、何人かの若者が男を取り囲む。どいつもこいつも下卑た表情を浮かべていた。
男は無の境地にあった。聞こえないように呟く。
「半殺しね……そんな生ぬるい奴はいなかったけどな」
「あ? なんだ聞こえねぇよおっさ――」
若者のその言葉は途中で絶たれた。宙を舞ったからである。舞った若者は、近くの地面に叩き付けられて失神した。
周囲の若者が驚き、下卑た笑みがなりを潜める。
こいつは実は相当な手練れではないか、という空気が漂っていた。
「次に来た奴は殺す」と、男は宣言した。
だからか、誰も動かない。ただ遠巻きにしているだけだ。
「……来なくていいのか?」と、男は彼等を挑発する。
「仲間がやられたっていうのに、薄情な奴等だ。我が身を犠牲に仇を取ろうというやつはいないんだな」
それでも誰も動かなかった。
薄情というより、さっきの若者に人望がないのだろう。ただ群れているだけのガキ共を鼻で嗤い、彼は目的地へと足を進める。
今ので多少タイムロスをしてしまった。余裕は持たせてあるが、あまり遅れたくはない。とりあえず6丁目に急ぐ。
(やっぱり、ああいう輩もいるんだな)
少しだけ残念な気持ちで。
・・・
やがて、目的地に着いた。
「……ここか」
そこは小さな一軒家だった。明かりがついている。
ノックをすると少女の声が返って来た。「はーい今開けまーす」と。
面接会場というより、普通の家に訪問しているような気分にヴァイスはなった。
しかし、返事が少女の声であったことには驚いた。
てっきり、何か怪しげな施設とかだと思ったから。
(いや、まだ否定はできないな)と、彼は思う。
(本当に危険な場所はだいたい、無害なように隠されている)
――扉が開いた。
そこから顔を出したのは、こんな街には似合わない――そう、はっとするほどの美少女だった。
「……」
少女は男を見て、少しの間呆けていたようだった。
そして挨拶もそこそこに、玄関前で問うてくる。
このように。
「――『エルヴェス・グローア』の、ヴァイス・エレクトリカさんですか?」
ヴァイスは目を剥いた。
失礼のないように言葉を選ぶ。
「……何故分かっ……た、んですか」
分かるわけがない。手紙では偽名を使ったのだ。
それに、この顔では分かるわけがない――
男は己の顔に触れる。顔の七割以上に大火傷を負っているその顔を。
彼の名前は「ヴァイス・エレクトリカ」。
かつて魔王を倒し、相討ちで全滅したといわれる伝説のパーティ「エルヴェス・グローア」に所属していた超級魔導師である。
元々は、パーティでも随一の美青年だと評判だった。精悍で整った顔立ち、宵闇のような黒髪、海が宿っているかのような深い蒼の瞳。まさに天に愛されたような容姿であった。
しかし今は、顔の右半分は全て赤黒く焼けただれ、右目は焼け潰れている。長く伸ばした前髪で隠してはいるが、それでも悪い意味で目立つ容姿だ。
左半分も全てが無事というわけではなく、特にマスクに隠れた口元はひどいものである。話すことはできるが、まともに笑うこともできなかった。
さらに言えばその火傷は、首全体から胸の一部にかけて広範囲に広がっていた。
それほどの大火傷-―またエルヴェス・グローアは全滅したという噂もあり、彼がヴァイス・エレクトリカであると信用されたことはなかった。
しかも魔王との戦いの後遺症で、魔力は全盛期の半分ほどしかない。
故に魔導師としての仕事もなく、食い詰めていたのだ。
「……失礼。何故、俺がヴァイスだと?」
「いやぁ分かりますよ。魔石板の放送映像で何度も見たことありますし」
「そ、そうではなく! この顔でどうして……」
「? なんか変ですか?」
少女は一切動揺しなかった。大火傷を目にしているのに、である。
「別にあんま変わらない気がしますけど」
「なっ……!!」
馬鹿にしているのか、と激昂しかけて、相手が雇い主になるかもしれない相手であることを思い出す。
冷静になるには、そう時間はかからなかった。
「この醜い火傷を見ているのにそう言えるんですね。元の面影もないのに」
「そんなことはな――いや、まあありますけど」
少女は遠慮もなかった。
「まあでも私、顔で男選ぶタイプじゃないんで! 大丈夫です! ……ていうか生きてらっしゃったんですね! 全滅したって聞いたのに」
「とりあえず入ってください」と招き入れられる。
(なんだこいつは……ただの小娘じゃないのか)
ヴァイスは、一回り背が低い彼女を見る。
この顔を見て怯まなかったのは、彼女が初めてだった。
何かが起こる気がする。彼の長い冒険者経験からくる直感が、彼自身にそう示していた。
・・・
少女の名はセレナ・シャルロッテ。十七歳。職業は非公開。
シャルロッテという名に、ヴァイスは思い当たる節があった。魔族の襲撃で滅んでしまったシャルロッテ公爵家である。
恐らく彼女はそこの人間だったのだろう。それならば、400Gくらいは出せるのかもしれない、とヴァイスは多少期待する。
しかし、そんな甘い考えは、家の中を見た瞬間に霧散した。
「すみません、少し散らかってて」と彼女は言った。
「……『少し』?」
「少しです」
全く「少し」ではないので、ヴァイスは辟易する。盗賊に遭った直後だと言われても信じるような散らかりようを見せていた。
「あ、でもその、あっちの部屋は綺麗なんで、あっちでお話ししましょう」
客間(だと思われる)場所に二人は移動した。そこは確かに綺麗というか、生活感がなく、面接の体裁は整っているように思えた。
挨拶もそこそこに、自己紹介と面接。お互いの情報を交換。擦り合わせを行っていく。
彼女には報酬支払い能力はあるようだった。
親から受け継いだ土地や邸、宝石類、無形財産がいくつもあり、十回人生を繰り返してもおつりがくるほど資産があるらしい。
ヴァイスは、絶対に失礼のないようにしようと心に決めた。
しかしもっとも気になるのは、やはり仕事内容だ。
「仕事内容……その前に背景について話しますね」
セレナは、ヴァイスを真っ直ぐ見据える。
「私、実はセレナ・シャルロッテじゃないんです」
「……ど、どういうこと、ですか?」
彼の目からは本人のように思える。
以前一度会ったことがあるシャルロッテ公爵と瓜二つだ。
「あ、えーと本人ではあるんですけど。実は私、前世があって」
「前世?」
「はい。驚かないでくださいね、実は私、日本――いえ、地球で一度死んでこっちの世界に生まれ変わった転生者なんです」
転生という言葉の意味は分かるが、それ以外がほとんどわからなかった。
ただ、生まれ変わりというのは――
「……随分な妄想家なんですね」
「妄想じゃないですから!! ぜんぶほんとなんですから!!」
彼女は矢継ぎ早に話し始めた。
「前世は日本人の――えーと名前は忘れたんですが、まあ普通の一般庶民です。あ、転生して嬉しいとかワクワクとかそういうの全然ないですよ。私、もう日本じゃないと暮らしていけないんで。コンビニもスマホもないのほんと不便。それに別に生きてることに未練なかったんで転生とか普通に迷惑でした。どうせなら猫にしてほしかった」
「……??」
ヴァイスは、こいつやばいんじゃないかと思い始めていた。
「あ、それで仕事内容なんですけど。基本的に私、元の世界に帰りたいんです。せめて卵かけご飯を食べてから死にたいんです。……で、そのためには魔王を殺さないといけないみたいで」
「ま、魔王を? しかし魔王は――」
「はい。ヴァイスさんたち『エルヴェス・グローア』が倒したはずですよね」
ヴァイスはその時のことをはっきり覚えている。ヴァイスが魔導で足止めし、仲間がとどめをさしたのだ。その断末魔は未だ記憶に新しい。確実に死んだはずだ。
「……ヴァイスさんには申し訳ないんですけど、私がここにいるってことは、まだ魔王は生きていると思います」
「まさか」
「だからお仕事内容は、まだどこかで生きてるはずの魔王を探し出して殺す、って感じです!」
ヴァイスさんには簡単すぎましたかねーと笑う彼女を前に、ヴァイスはここに来たことを心底後悔した。
何故って、魔王が生きている(かもしれない)と知って、ヴァイスは胸が躍っていたからだ。生死を分けるギリギリの戦いを、彼は本当は望んでいたから。
全て妄想かもしれない。だが、妄想や酔狂で400Gも出すだろうか。話に付き合うくらいならいいかもしれない。
「――で、どうですか? やってくれます?」
「……勿論」
ヴァイスは、顔が火傷で引きつるのも構わずに口の端を吊り上げた。
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