第2話 雷雨は晴れない



「……フリット。フリット。起きて?」


「……う、うーん……」


 空高くから、耳馴染んだ少女の声が……。

 

 

「フリットってば……」


 その声は、段々と近付いてくる。

 


 ――薄く、まぶたを上げると。

 

 ……ルフが、肩を掴んで揺すっていた。


「……えっ? ルフ?」


 私は、いつの間にか、自宅……もとい。間借りしているルフの家、自室のベッドにいたようだった。


 


「あ、起きた? もう丸一日以上寝てたから……心配になって。お仕事、どうだった? 家賃の期限、昨日だよ?」


 や……ち……ん……?


 はぁーん……! まずいまずいまずーい! そうだよ! もうだいぶ滞納してるから、どうしても成功させたかったのに! ワイルのやつぅ……!


 頭を抱えて悶絶しかできない! な、なんて言えば……!


「……あ、えっとぉ……そのぉ……ワイルがぁ……」


「あ、ワイルさんに聞いたよ」


「えっ……?!」


「失敗したんだってね。……もう、普通に働いたら?」


「……え、いやいやいや? え? あれはワイルが私を儀式の最中に舞台から蹴落とすから……」


「蹴落とした? 倒れたんじゃないの?」


「え、あいつそんなこと言ってたの?!」


「うん」


 くっそー! ワイルめ! 神学校時代からの腐れ縁とはいえ……掛けられた迷惑、数知れず……!


 今度という今度こそ、許すまじ!


 バッと勢いよく立ち上がると。


「ああっ……?! いたたたぁ……」


 身体中を痛みが駆け抜けた。


 

「あ、そんな無理するから……って、どこいくの?」


「ワイルに責任追及だよ!」


 痛む身体を引きずるように、私は歩いた。


 


 ▽▽▽


 

 

 ワイルの家に着いて。


「ワイルぅー!!」


 精一杯叫んだ。

 

 そして、バァンと扉を盛大に開け放った!


 ――つもりで。実際は、キィ……と、なんとか少し開けただけ。理想は儚い。



 

「……あぁん? フリットか?」


「ねぇ、誰?」


「あぁ、役立たずだよ」


 中からは、若そうな女の声も聞こえた。


 え? 人様を蹴り落として気絶させておいて、のうのうと女遊びですかぁ? ワイルさぁん? お仕置きがいりそうですねぇ?!



 

「何の用だよ」


 よろよろと部屋まで進むと。ワイルは、ソファにどかっと座り、女の肩を抱いていた。


「何の……だとぉ? 何であんなことしたんだよ!」


 そんな恰好で、ぬけぬけとよくも! 雷落としてやる!


 と、戦争の銅鑼を鳴らした!



 ……はずだった。

 


「え、何? 痴話喧嘩?」


「ちげーよ」 「なわけあるか!」


 でも、派手めの化粧をした女の言葉に、かっとして叫んだ。……ワイルと同時だった。解せぬ。


 

「……ワイル。部外者は出してよ。仕事の件なんだから」


 ちょっと、一旦冷静になろうと思った。なんだかんだ、雨乞神子には合いの手が必要だし。……こんな野郎だとしても。


 だから、香水臭い女は話し合いの邪魔だ。


 

「……はっ。ルフに伝言頼んだんだがな。聞いてないのか」


 そんな私に、ワイルは見下すような目つきで、ため息まじりで吐き捨てた。


「お前はもう要らん。俺はコイツとやってく。帰れ」

 


「はぁ?!」


 ……意味が、わからなかった。


 

「あはは……! なぁに、あの顔……! それでも雨乞神子なのぉ? 芸人の間違いでしょ。あはは」


 派手な女が、指さして笑っている。


 「肝心な時に失敗するような役立たずは、要らねーよ」


 ワイルは、蝿でも払うかのように手を振る。


 

 ……なにこれ?


 

 ぎゅっと拳を握りしめた。……悔しい。悔しい悔しい悔しーい!


 何でこんな扱いされちゃってるの、私!? 頑張って雨乞神子になったのに!


 

 こんなやつら……! もう知らん!


 

「……もういい。わかった」


「お? ずいぶん物分りいいなー」


 ワイルは、にやにやと薄笑い。

 

「後悔するなよ? クソワイル」


 ――腐れ縁もここまでだ。


 

「ケッ……。身の程弁えろや詐欺女が」


「詐欺だとぉー!! 私がそんなこ――」


 許しがたい言葉に、つい掴みかかったその刹那。


「うっせぇわ」


 ドッ! と、お腹に痛烈な衝撃。視界が消えた――。


「「あはは……」」



 ――ズザッ。天地がひっくり返る。

 

 ……どうやら私は、家の外まで吹き飛んでいたらしい。


 ――息が、でき……ない。

 

 中からは、二人の笑い声。

 


「ぐっ……」

 

 悔しさと痛みで、雫が頬を伝った。


  ぽたり。

    

    ぽたり。


 拳に落ち、それは地面に染みをつけた。

 


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