チェリーブロッサムヒルの男爵夫人

@MayonakaTsuki

第1部 ― 川に落ちた少女

私の名前は Hester。


そして今この瞬間、私は冷たい石の壁にもたれながら、地下の湿った、世界から忘れ去られたような牢獄の中でこの言葉を書いている。

錆の匂いが濡れた土の匂いと混ざり合い、私に届く唯一の光は、遠くの松明のゆらめきだけ――まるで、それさえも諦めかけているかのように。


それでも……こんな状況なのに、信じられないかもしれないけれど……

私は、やがて男爵令嬢になる。


そんなのありえないと思うかもしれない。

私自身も、もしこのすべてを体験していなければ、きっとそう思っていただろう。


けれど、ここに至る前――鎖も、陰謀も、血と誓いに汚れた王冠もなかった頃――

私はただの普通の少女だった。

世界は母の笑顔のように、優しさで満ちていると信じていた、素直で無垢な子どもだった。


だから、聞いてほしい。

すべてが始まった、その日のことを。


私は、Tobias子爵に治められた小さな村で育った。

彼は人によっては尊敬され、また人によっては恐れられる存在だった。

私たちの村は乾いた気候の土地にあり、暑い午後には風が土埃を運び、太陽はまるで沈むことを拒むかのようだった。

それでも、どこか温かさのある場所だった。


たぶん――

一本の川が、銀色の帯のように村を抱きしめていたから。


私はその川のほとりで、多くの時間を過ごした。

裸足で走り回り、服の裾を濡らし、母がわざと怒ったふりをするのを見て笑った。


私の母……

Janette。


太陽の下で輝く長い黒髪と、仕事のせいでいつも小さな傷の絶えない手。

それでも、彼女が私に微笑むとき、世界のどんな痛みも存在しないように感じられた。


あの日、私たちは川の近くで小さなピクニックをしていた。

父は知り合いたちと話し、母は水辺のなめらかな石の上で食器を洗っていた。


大人たちの会話に飽きていた私は、人生を変えるものを目にした。


――一匹の蝶。


淡く、ほとんど金色のような羽を持ち、まるで私を呼ぶかのように空を舞っていた。


考えるより先に、私は追いかけた。


一歩、また一歩。

気づけば、滑りやすい岸辺のすぐ近くまで来ていた。

小さな足がバランスを失い、叫ぶ間もなく、世界がひっくり返った。


冷たい水が、私を飲み込んだ。


私はパニックになった。


もがき、息ができず、水を飲み込み、目が痛んだ。

空はぼやけ、遠くの音と川の轟音が混ざり合う。

母が気づく前に、ここで死んでしまう――そう思った。


そのとき……

誰かが飛び込んだ。


細いけれど、しっかりした腕が、後ろから私をつかんだ。

父の強い腕ではなかった。

もっと小さく、不安定だけれど、迷いのない腕だった。


岸に引き上げられると、私は激しく咳き込み、胸から水があふれ出るのを感じた。

まるで、恐怖そのものが体の外へ流れ出ていくようだった。


そして――

彼を見た。


私と同じくらいの年の男の子。

乱れた茶色の髪。

年齢に似合わないほど、真剣な眼差し。


彼は、私に手を差し出した。


「大丈夫?」

そう言った声は、まだ息の荒さを残していた。


私はうなずき、その指を、世界でいちばん安全なもののように握った。


「僕の名前は Matias。村の騎士の息子なんだ。もっと気をつけないと」


その瞬間、私は知らなかった。

――人生の愛と出会ったことを。


それからの数か月は、私の幼い日々の中で、いちばん幸せな時間だった。


Matiasと私は、いつも一緒だった。

川のそばで遊び、乾いた野原を走り、騎士と姫の物語を作った。

彼が笑うたび、胸が早く打つ――その理由もわからないまま。


その年、母はTobias子爵の城で使用人として働き始めた。


彼女の時間は長くなり、手はさらに疲れ切った。

そして私は、そばにいるのに、もう彼女が恋しくなった。


やがて、ある日――

私の世話をしてくれる人がいなくなった。

だから、母は私を城へ連れて行った。


あの巨大な城壁を、初めて間近で見た日のことを、私ははっきり覚えている。


とても大きく、

圧倒的で、

空に届きそうだった。


中へ入ると、母は私の前にしゃがみ、肩に手を置いた。


「Hester、台所にいなさい。絶対に外へ出ちゃだめよ、いい?」


私はうなずいた。


けれど――

好奇心に呼ばれたとき、子どもはなかなか約束を守れない。


そしてまた……

私を導いたのは、一匹の蝶だった。


最初の蝶とは違った。

黒に近い濃い色の羽に、青い光の筋が走り、ステンドグラス越しの光を受けてきらめいていた。


周りを見回す。

誰も見ていない。


だから、私はついて行った。


静かな廊下を抜け、たどり着いたのは隠された庭。

それは、私が見た中でいちばん美しい場所だった。

色とりどりの花、やさしく流れる噴水、そして――その中に、一輪の青い薔薇。


いちばん美しい花。


魅了されて、私は手を伸ばした。


「触っちゃだめ!」


声は、遅すぎた。


指に鋭い痛みが走り、血が一滴、青い花びらを赤く染めた。


振り返ると、そこにいたのは――

淡い金髪、鋭い瞳、誇り高い立ち姿の少女。


「言ったでしょう」

彼女はそう言った。


その日、私は Lara と出会った。


やがて私の友となる少女……

そして未来において、私の最大の宿敵となる少女に。

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