受付ですが、朝礼では代表です。
深山 紗夜
元気があればなんでもできるらしい。
私の務める職場には、軍隊の時間がある。
正式名称は「朝礼」。
毎朝、決まった時間になると全員が立ち、
代表がA4一枚分の紙を手に取る。
社訓。営業理念。接客用語。気合い論。数字。
一行読むと、その後、全員で復唱。
その繰り返しだ。
意味は関係ない。声量がすべてだ。
噛めば最初からやり直し。笑ったらアウト。
声が小さかったら、
「おい、声が小さい!もう一回!」
……やり直しだ。
冗談ではない。至って真剣な朝礼である。
次に、営業陣の発表が始まる。
月次目標。現状の達成率。
今後の立ち回りについて。本日の予定公開。
数字があり、反省があり、気合いがある。
法廷で言うところの情状酌量タイムだ。
そして、私たち受付の番が来る。
数字はない。営業理念も関係ない。
毎日、言うことは一文違わず同じだ。
それでもなお、毎日参加する義務がある。
前例があるから。形式だから。決まりだから。
そういう理由らしい。
この時点で、すでに数分経過している。
店舗の電話はたまに鳴る。でも出たら怒られる。
朝礼のほうが大事だから、居留守だ。
なぜか私の発表順は、いつも最後だ。
前の人たちは、ぴしっと姿勢よく大声で、
無表情でしれっと成し遂げる。
そして私の番になると、空気が少し歪む。
誰かが笑いをこらえている。
誰かの口角が危険な角度に歪んでいる。
理由は簡単だ。
私は、全力でやりすぎる。
「元気があればなんでもできる!!!」
言葉の意味を一瞬考えてしまった分、
声がよく出てしまう。
「「元気があればなんでもできる!!!」」
「あ!」「「あ!」」
「い!」「「い!」」
「う!」 「「う!」」
「え!」 「「え!」」
「お!」 「「お!」」
「に!」 「「に!」」
この瞬間、全員が一度だけ正気に戻る。
——これ、何やってるんだろう。
だから笑いそうになる。
けれど笑えない。
笑ったら最後、上に怒られる。
百歩譲って、ここまでは理解できる。
この昭和初期風スタイルが、組織の方針だから。
けれど、なぜ受付である私の発声の後に
その他の営業本職たちが復唱するシステムなのか。
その理由だけが、永遠に不明である。
「なんでいっつも詠唱、本気やねん」
休憩中、裏の隠れ家で煙草を咥えている私に、
営業部の同僚が皮肉まじりにぼやく。
「なんで毎日私が代表選手なんやろ」
「確かに。一番だるそうな顔してるのにな」
それはどんな顔なのか聞こうとして、やめた。
今は発言よりも一服が優先である。
隣で、早くも元気のないため息が聞こえた。
この人、今日はなんでもできない日だろうか。
けれど朝礼の際の声量だけは、
誰にも負けていない気がしている。
そのせいか、
張り切っているように見えるらしい。
正確には違う。
強制的に張り切らされている。
生存のために、
最適化された挙動を取っているだけだ。
朝礼は、何を発言するかが事前に決まっている。
どう伝えるかも決まっている。
無論、失敗したらやり直しだ。
世界で一番、考えなくていい十分間。
だからこそ真顔で成立する。
Webで創作を投稿するようになってから、
たまに聞かれる。
「法律関係のお仕事されてるんですか?」
いいえ。
あいうえお、やってます。
受付です。
これは冗談ではない。
——本気の朝礼です。
受付ですが、朝礼では代表です。 深山 紗夜 @yorunosumi
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