マンドラゴラを品種改良したら珍ドラゴラができた件
@krkx
第1話 その野菜、筋肉につき
「アラン、耳栓をして。鼓膜が破れるわよ」
私が警告したのとほぼ同時に、実験台の上の『それ』が産声を上げた。
「キェエエエエエエエエエエ!!」
高周波の絶叫が、石造りの研究室をビリビリと震わせる。培養液の入ったフラスコにヒビが走り、窓ガラスが悲鳴を上げた。だが、私は動じない。分厚い防音ガラスのゴーグル越しに、冷静に
「ふむ。120デシベル。ジェット機のエンジン音並みね。マンドラゴラとしては優秀だけど、これじゃあ近隣住民から騒音で訴えられるわ」
「訴えられる前に俺が死ぬわっ!!」
私の背後で、護衛騎士のアランがのたうち回っていた。彼は耳を塞ぎながら、苦悶の表情で私を睨みつける。
「ミチル!頼むから普通の野菜を作ってくれ!なぜカブの収穫をするのに、決死の覚悟が必要なんだ!」
「訂正して。これはカブじゃないわ。ナス科のマンドラゴラよ。滋養強壮に効く万能薬」
「抜くと死ぬやつだろ!?」
「ええ。だからこそ、私は品種改良をしているのよ」
私は白衣の裾を翻し、まだギャーギャー喚いているマンドラゴラの首根っこを掴んで、防音箱へと放り込んだ。蓋を閉めると、ようやく静寂が戻ってくる。
ここは王都から馬車で三日。荒野の果てにある『第13特別実験農場』。別名、魔境ファーム。かつては不毛の大地と呼ばれていたが、今では私の可愛い(実験体の)植物たちがひしめく緑の楽園だ。私はゴーグルとイヤーマフを外し、アランに向かってため息をついた。
「アラン、あなたの脳みそは『連作障害』でも起こしているの?同じ思考パターンしか育っていないようね」
「……どういう意味だ」
「マンドラゴラが叫ぶのは、捕食者から身を守るための防衛本能よ。つまり『食べられたくない』という恐怖心が音波になって表れているの。非効率なエネルギー消費だわ」
私はホワイトボードに、マンドラゴラの二重螺旋構造(DNA)を描き殴る。
「叫ぶエネルギーがあるなら、それを糖度や薬効成分の蓄積に回すべきよ。だから私は、彼らの遺伝子を書き換えることにしたの」
「書き換えるって……お前のそのスキルでか?」
アランが呆れたように言う。そう、私には前世——日本の農業試験場で過労死した記憶と、この世界で目覚めた時に得たスキルがある。
「
私は実験台の上に、新たな培養土を用意した。そこには、先ほど採取したマンドラゴラの細胞片と、近隣の森で採取した『オークのふんどし(に使用されていた繊維植物)』の細胞がセットされている。
「今回のコンセプトは『自立心』よ。怯えて叫ぶからうるさいのなら、叫ぶ必要がないくらい強くすればいい。物理的に」
「待て。今の説明に、植物にあるまじき単語が混ざってなかったか?」
「
私はアランのツッコミを無視し、両手を培養土にかざした。体内の魔力が熱を持って指先に集まる。脳裏に浮かぶのは、ATGCの塩基配列。螺旋の鎖を解き、繋ぎ、不要な形質をトリミングし、新たな特性をブーストさせる。
——構成完了。発現開始。
ボォッ! と緑色の光が実験室を包み込む。土が盛り上がり、またたく間に茎が伸び、葉が茂った。その成長速度は、まさに異常。だが、問題は『土の下』だ。
「よし、収穫の時ね。アラン、手伝って」
「……嫌な予感しかしないんだが」
渋々近づいてきたアランと共に、私は青々とした葉を掴んだ。せーの、で引き抜く。
ズボォォォッ!!
土煙と共に現れたのは、白い根菜——ではなかった。
根の部分が、見事な逆三角形を描いていた。大胸筋のように隆起した表皮。シックスパックに割れた腹部。そして、太もものように逞しい二股の根。
それは、どう見ても『ボディビルダーのような肉体を持つ大根』だった。
「……は?」
アランが硬直する。 その時、私の手の中で『それ』がカッ! と目を見開いた(根っこに顔があった)。 そして、叫ぶ——かと思われた瞬間。 『それ』は私の手を振りほどいて着地し、両腕(のような根)をクロスさせてポーズをとった。
「サイドチェストォォッ!!」
野太い声が響いた。 悲鳴ではない。歓喜の雄叫びだ。 ムキッ、と褐色の表皮が盛り上がり、テラテラと光っている。鑑定結果によれば、この光沢は高濃度の薬効成分によるものだ。
「成功ね」
私は満足げに頷いた。
「名付けて『マッチョラゴラ』。強力な筋力を持たせることで、自ら土を耕し、収穫時には自分で土から出てくる『セルフ収穫機能』を実装したの」
「キレてるよぉ! デカいよぉ!」
マッチョラゴラはアランに向かって、今度はモスト・マスキュラーのポーズをとった。
「……ミチル」
「何かしら。この美しい維管束の隆起が見えないの?」
「これ、食うのか?」
「当然でしょ。スライスしてステーキにすれば、滋養強壮効果はバイアグラの十倍よ」
「伏せ字にしろ! というか、こんな暑苦しい野菜が食卓に並んでたまるか!」
アランが頭を抱えた、その時だった。
ドンドンドン!!
研究室の扉が激しく叩かれた。アランが瞬時に騎士の顔に戻り、剣の柄に手をかける。扉が開くと、そこに立っていたのは息を切らした村の少女、コレットだった。
「せ、先生! 大変です!」
「どうしたのコレット。また親父さんの腰が爆発した?」
「違います! 魔獣です! 『ギガント・ボア』の群れが、村の小麦畑に向かってます!」
ギガント・ボア。体長三メートルを超える巨大イノシシだ。この辺りの農作物にとっては最大の脅威であり、通常なら騎士団の一個小隊が必要な災害クラスの魔物である。
「チッ……俺が出る!ミチルはここにいろ!」
アランが飛び出そうとする。だが、私はそれを手で制した。
「待ちなさい。ちょうどいい実験体が向こうから来るなんて、運がいいわ」
「は? 実験体?」
「肥料よ。ギガント・ボアの骨と肉は、リン酸と窒素を豊富に含んでいるから」
私は足元でポージングを続けている『彼』を見下ろした。
「おい、マッチョラゴラ」
「イエス、マッスル!!」
「プロテイン(特製魔力水)が飲みたかったら、働きなさい。外にいる豚どもを畑の肥やしにしてくるのよ」
その言葉を聞いた瞬間、マッチョラゴラの目がギラリと輝いた。彼は無言でサムズアップをすると、目にも止まらぬ速さで窓から飛び出していった。ドォォォォォン! と外で何かがぶつかる音がする。
「さあ、データ収集の時間よアラン。遅れないで」
「……俺、もう王都に帰りたい」
アランの深い嘆息は、風に乗って消えた。こうして、私の(主にアランにとって)騒がしいスローライフ実験は、幕を開けたのである。
マンドラゴラを品種改良したら珍ドラゴラができた件 @krkx
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