文芸部のお嬢様
文芸部のお嬢様
二日目の部活動紹介、美緒は演劇部に行くらしい。私は文芸部に行く、と伝えると美緒は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「私今日先輩から聞いたんだけど、文芸部やばいらしいよ?」
「やばいって、どういうこと?」
「なんか、呪術の研究をしている、とか。黒魔術を使って何かをしようとしている、とか。薄暗い教室の中から叫び声のような甲高い音が聞こえたとか」
「それって全部文芸部の話?」
「そう。だから、これを聞いてもなお行くというのであれば…」
「どうか、無事に帰ってきて」
「いや、無事に帰るよ。ただの部活でしょ?」
「あとこれ、もしものことがあったらと思って…」
美緒は私の手を開いて何かを握らせた。不気味で形容しがたい人形だった。
「これ何?なんか不気味なんだけど…」
「これ、昼休みの間に手芸部の先輩から道具借りて作ったブードゥー人形」
「なんでよりによって黒魔術用の道具を手渡すの?黒魔術でしか聞いたことないよブードゥー人形」
「それじゃ!生贄にされそうになったらそれ使っていいからね!」
使わないよ、と言い切る前に彼女は廊下を走り去っていった。あいつ、面白がってるな、とか思いつつもブードゥー人形を眺める。目の部分はボタンで作られ、口は千鳥掛けのような縫い方で作られている。中には綿が詰まっているらしく、触り心地は悪くない。これを昼休みで作りきったのかと思うと、不格好な形こそしているが早い方だとは思う。
校内地図を握りしめ、文芸部、部室前までやってきた。ドアの曇りガラスからはただ暗黒のみが映し出されている。確かに不気味ではある。勇気を出してドアに手をかけたとき微かに甲高い音が聞こえた。細く、長い音が。それからは静寂が訪れ、何も聞こえなくなった。とはいえ、ここで引き返しては美緒に笑いものにされるだけだろう。私はピンク色のブードゥー人形を握りしめゆっくりとドアを開けた。
部室内はとてもおしゃれだった。高級そうな暗い色の背の高い本棚に、同じ色合いの振り子時計、この部屋にある木材は全て同じ色で統一されており、その中心には社長デスクが置いてあった。そして、その向こうに見覚えのある人影が一つ。
「あら、客人かしら。招待状を送った覚えはないのだけれど」
そういいながら振り返った声の主はまるで女神のようであった。化粧っ気のない素肌はとても白く、まるで雪のようである。そしてそれにより桃色の薄い唇が映えていた。オニキスのような黒く、大きな双眸が私をじっと見つめる。開いた教室の窓ガラスから風が吹き、長い髪が揺れる。揺れて、彼女のティーカップに流れた。
「あの、お茶に髪入ってますよ」
あら、ご丁寧にどうも、と彼女は言いながら細い指を紅茶に沈め一房の髪をつまみティーカップの外に追い出した。同時にあっちぃ、と小さく聞こえた。彼女もそれに気づいたのか
二人の間に気まずい静寂が訪れる。
「あの、部活動紹介。文芸部」
気まずさに負けて放った言葉は頭で整理できてなく、単語を吐き出すことしかできていなかった。彼女も少し動揺したようで紅茶を眺めまた沈黙が訪れた。
「今日でしたっけ、文化部の部活動紹介」
「あ、はい。今日と明後日が文化部の日です。あの、それで文芸部に興味が湧いたので来たんですけど…」
「…紅茶でも飲まれて」
そういうと彼女は部室の左手、本棚と振り子時計の真正面にあるソファーに私を促した。ソファーの目の前にあるローテーブルに手を置き、何を話すか考えながら本棚を眺めていると、先ほどの悲鳴にも似た高温が聞こえた。横目で彼女を観察すると、やかんでお湯を沸かしていたようで、それをティーカップに流し込んでいた。
「先ほどは無礼を働いたこと、お許しください」
「あ、いえいえ、火傷してないですか?よかったら氷もらってきますけど…」
「ご厚意、感謝いたしますわ。けれど大事にはなっていませんので、結構ですわ」
「あ、わかりました」
彼女はティーカップからティーバッグを取り出し滴る紅茶を眺めていた。滴る間隔が長くなると彼女は慣れた手つきで恐らく後ろにあるであろうゴミ箱に落としていた。
「ダージリンはお好きかしら?」
そういいながら彼女は私の前にカップを置く。入学時に感じたサンダルウッドの香りが静かに今の状況に色を付けた。
「あんまり紅茶飲んだことなくて…すみません」
そういうとまた気まずい沈黙が流れそうだったので喉元に押し返し、好きです、と返した。
「クラシックはお好きかしら?それとも、読書の時は音楽を流さないタイプかしら?」
いやいや、クラシックなんて大して聞いたことないですよ、とは言えなかったので中学の音楽の授業で聞いた適当な曲名を言った。
「…キエフの大門とか、いいですよね。あれ好きです」
彼女はそれを聞くとキエフの大門、と呟きながらレコードラックを漁り始めた。やがて見つからなかったのか、スマホで流し始めた。
「失礼、わたくしとしたことが押さえていませんでしたわ。初めて聞く曲だけれども、いい曲ですわね」
そういいながら紅茶に口をつける。私も口をつけるが、まだ熱かったからすぐに唇から離した。
「それでは、改めて。わたくし、文芸部の部長を務めさせていただいております。
そういうと彼女はデスクの上におもむろに鎮座している蓄音機を撫で、よろしければ使い方を説明いたしましょうか?と私に問いかけた。私はまた、気になったら聞きます、といい紅茶に口をつける。彼女も紅茶に手を伸ばし、キエフの大門はピークへと向かった。ピークというのは某日本の珍百景を紹介する番組で流れる、あの部分だ。テレテレテレテレ…の部分が流れ始めると彼女は少し眉を動かしたがそのまま紅茶を口に運んだ。それと同時にデーンの部分が流れ彼女はむせてしまった。
「大丈夫ですか?」
ソファーから立ち上がり彼女に向かうと彼女は手で私を制止した。
「失礼しました、もう大丈夫ですわ」
彼女はそういって呼吸を整えると改めて私を見つめた。先ほどまでは女神に見えていたその顔は、頬を紅潮させ人間味が増していた。
「正直に申し上げますと、もうこれ以上説明することはありませんわ」
そういいながら私の隣、入り口側に座る。
「貴女は文芸部に入る覚悟はおありで?」
覚悟を決めるほどのことだろうか?今の説明ではただ本を読んで音楽聞いて過ごすだけのように感じたが…
「もし、あなたが入らないというのであれば…」
彼女は私の顔をじっと見つめながら微笑んでいる。
「少々手荒な真似をすることになりますわね」
「いや、なんでですか。それに納得するような悪行を為しましたっけ、私」
「あなたはこの短時間で二回もわたくしに恥をかかせたじゃない。外に言いふらされては私のイメージボロ崩れですわ」
「あの、指の骨鳴らしながら言わないでください。あと、文芸部には入るので、とりあえず拳を納めてもらっていいですか?」
それを聞いた彼女はゆっくりと立ち上がりデスクからパソコンを取り出した。そうして作業が終わるとデスクから機械音が鳴り、彼女はしゃがみこんだ。立ち上がった彼女の手には三枚の紙がつままれていた。
彼女は三枚の紙をサインしやすいようにまとめて私にペンを握らせた。三枚の紙にクラス、出席番号、名前を書き彼女に手渡した。彼女は満足げに二枚を受け取り、一枚を渡しに返した。
「それは控えですわ。誓約書の」
誓約書?そんなもの書いた覚えはないが…そう思いながら読み始めると中にはこう書かれてあった。
一 外部の人間との文芸部の情報の共有の一切を禁ず
二 部長の恥ずかしい行為の外部との共有の一切を禁ず
「どんだけイメージ主義なんですか。あと、多分この誓約書のせいで文芸部のイメージ下がってますよ」
「文芸部のイメージ?聞いたことありませんわね。詳しくお聞かせになって」
私は美緒から聞いた文芸部のイメージを一言一句間違えずに話した。
「なるほど…でも、それは部活動を続けるうえでなんの妨げにもなりませんわね。むしろ、好都合ですわ」
「どういうことです?」と聞くと彼女は嬉々としてこの部室に人が近づかないというメリットを語り始めた。
「静かに本が読める。誰にも邪魔をされずに。どう?素敵なことでしょう?」
「まあ、確かに。それで、部活はいつから始まるんですか?」
「貴女が望むのならば明日から顔を出していただいて結構。でも、部活動紹介の期間が終わるまで書類は受理されませんので、もし明日から来てくださるというのであれば、わたくしがカギを開けるのをお待ちいただくことになるわね」
「それでも大丈夫です。あ、でも今週は友達の部活動紹介が終わったら一緒に帰るので早めに帰らせてもらいますね」
そういって紅茶に口を付けた。ちょうど飲みやすい温度になっていた。
「晴香!無事だった?」
校門で待っていると予定通りの時間に美緒は走ってきた。
「全然無事だよ。美緒のブードゥー人形のおかげだね」
「やっぱり闇のゲームとか繰り広げられてたの?」
「いや、そんなことはないよ。ただ、物静かでおしとやかな方が部長でね。静かに本を読むのが好きだからそのイメージはそのままでいいって言ってた」
帰り際に部長から命令されたことをそのまま話した。彼女はどうやらこのイメージを抱きしめていくつもりらしい。
「そうなんだ~私の方も成果あったよ!」
そういうと彼女はスマホを取り出しインスタのアカウント画面を見せてきた。
「これ、演劇部の王子様のインスタ!交換してもらったんだ~」
「演劇部の王子様?」
「そう、女子高ってさ、女子からモテる王子様枠があるらしくて!
良かったね、と彼女の興奮に気おされながら伝えると彼女は興奮したまま結婚する、とまで言っていた。
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