処刑された女勇者は、二度目の人生を魔王と共に征く
@torotoroika
序章1 勇者と魔王
白く清らかなドレスに身を包んだ少女は、衛兵たちに囲まれて舗装された石畳の道を静かに歩いていた。足音だけが不規則に響き、眼前にはかつて自分が凱旋した広場が見えてくる。
己が役目を果たし、歓喜溢れる民衆の熱狂に包まれたあの日の記憶が痛いほど鮮明によみがえり、彼女は寂しそうに微笑んでいる。
そんな思いに耽る少女の頭の中に、地の底から響くような怒りを覗かせる、野太い声が聞こえてきた。
《貴様……意地を張るのもいい加減に……!》
かつて『魔王』と呼ばれた声の主には、焦燥感と苛立ちが隠しきれずにいる。それほどまでに追い詰められているのだろう。
そんな彼に対し、少女――『勇者』と呼ばれた娘は真っ直ぐ正面を見据えて応えた。
(意地なんか張っていないですよ。お役目を果たした以上、消えるのが最善の道なのですから)
《……ッ!!》
彼女の瞳の奥には、揺るぎない決意と覚悟の光が静かに灯っている。その覚悟の強さに、『魔王』と呼ばれる声は驚きのあまり二の句を継げなかった。
広場の開けた空間には、一本の丸太が地面に突き立てられている。
『勇者』と呼ばれる少女は、その場所が自分の最期の場所であることを言われずとも理解できていた。
自分は今日、処刑されるのだ。
だけど、これでよかったのだ。
自分と心の中にいる『魔王』にそう言い聞かせるように微笑み、衛兵の先導で一歩を踏み出した。
そして、広場へと足を踏み入れるその瞬間、彼女はこの一ヶ月という時間を静かに手繰り寄せた。
――まず最初に、脳裏に過ったのはある激しい戦いの記憶。
すべての始まりであり、この運命へと自分を導いた、あの最後の戦いだった。
――――――――――
――――――
――――
――
世界の辺境にある瘴気に満ちた不毛の地。
その空は常に暗く、不気味な紫色の雲が渦巻き、地面は枯れ果てひび割れていた。
ここが魔王の居城があるとされる最後の地である。
その城の最深部にある玉座の間と呼ぶに相応しい広大な空間で、二人の影が静かに対峙していた。
一方は、銀色の長髪が激闘の気流によって翻り、粗末な革のドレスを纏った可憐な少女。ドレスの下には薄手のチュニックを重ね、ゆったりとした長いズボンと土埃にまみれた頑丈な革製ブーツを履いている。
今から畑仕事に出るのだろうか、あるいは森で薪を集めるのだろうか――そう思わせる、どこにでもいる村娘の姿だった。
そして、その手に握られているのはごく平凡な長剣。特別な装飾もなければ輝く紋章もない。町の武器屋の片隅に並んでいても誰も驚かないような代物だった。
しかし、彼女の瞳だけは違っていた。
強く静かで、揺るぎない決意に満ちているその眼光だけが、魔王が今まで打ち倒してきた戦士たちとは比べ物にならないほどの覚悟を秘めていることを物語っていた。
もう一方は、漆黒の重々しい全身鎧を身にまとった巨躯の魔王。頭部を守る兜から伸びる禍々しい二本の角とその隙間から覗く深紅の双眼は眼前の少女――“勇者“を冷静に見据えている。周囲には圧倒的な威圧感と、途方もない魔力が淀むように漂っていた。
「まさか一人とはな。ここまでたどり着いたことを歓迎するぞ、勇者よ」
魔王の重々しい声が広間を震わせた。尊大な口調ながら、そこにはどこか称賛にも似た響きがあった。
「光栄ですが、お断りします……魔王、貴方との因縁もここで終止符を打たせてもらいます」
勇者の口調は驚くほどに丁寧で澄み切っていた。敵対する魔王に対しても、敬意を忘れない。
「ふん、その小柄な身体のどこに余を討つだけの力が宿っているというのか? 興味深い」
「では、お見せいたしましょう」
次の瞬間、勇者の足元の石盤が砕けた。魔力の奔流を爆発させ、彼女は音もなく疾走する。
瞬時に接近した影から銀の一閃が魔王の首元へと迫った。
魔王は軽々と自らの剣でそれを弾く。その衝撃は凄まじく、勇者の細腕に多大な負荷をかけ、なす術もなく剣は弾き飛ばされた。
しかし、勇者は剣を弾き飛ばされた流れのまま驚異的な身のこなしで回転し、間合いを詰めた刹那――勇者の拳が、連続で魔王の鎧腹を捉え始めた。
(――なんという速さ!)
鋭く貫通力の高い拳の一撃一撃が魔王の鎧の上から衝撃波となり、その巨体を揺さぶる。あまりの威力に鎧には微細なひび割れが走り始めた。
(――そして、なんという重き攻撃!)
勇者はさらに低い姿勢から回転の勢いを利用した蹴りを放つ。魔王は腕で受けようとするが、その蹴りは視界を覆うほどの連続技へと変わり、三撃、四撃と防御を避けながら軽減されることなく打ち抜いていく。
鈍重な音と共に、魔王はわずかながら後退を余儀なくされた。
「はっはっはっ! 面白い! 剣のみにあらず、この体術か! 魔力で肉体を増幅させ、剛を極めるとはな!」
魔王は初めて驚嘆と共に大きな笑い声を上げた。彼の予想をはるかに超える戦いぶりに、魔王である前に武人である彼の血が騒ぎ始めた。
「お褒めいただきありがとうございます。ですがこんなもの、まだまだ序の口です」
勇者は飄々とそう言うと、拾った剣を再び構える。その切先から眩い光の粒子が迸り、虚空に向けて剣を一振りした。
光の粒子は幾重にも空間に波打ち、魔王の周囲を取り囲み始めた。
「ほう、光の術か?」
光の波は魔王の視界を遮り、やがて彼を包み込む光の檻へと変貌する。だが魔王は動かず、ただその成り行きを見守っている。
そして檻の外で勇者が細い指をパチンと弾いたその途端、光の檻は轟然と燃え上がり、青白い聖なる豪炎となって魔王を飲み込んだ。
熱波が広間を襲い、石壁を焦がしていく。
しかし、炎の中心から低い笑い声が聞こえた。
「小賢しい。この程度の炎で余を討てるとでも?」
魔王の周囲に展開された見えない魔力の膜が、渦巻く豪炎を一切寄せ付けていない。漆黒の鎧も、その角すらも微塵の汚れもなく、魔王は悠然と立っていた。
「さすがは魔王。そう簡単には――!?」
勇者の言葉が終わらないうちに魔王の姿が忽然と消えた。空間が歪んだ次の瞬間、勇者の真後ろから魔王の大剣が振り下ろされ、彼女の身体を引き裂かんとする。
しかし、勇者はとっさに身をかわして剣で受け流した。けたたましい金属音が鳴り響き、火花が眼前に散っていく。間一髪の回避だった。
(転移の術まで会得しているとは……危なかったですね)
息を弾ませる勇者。魔王もまた、この一撃を回避されたことに感心する。
「よく見切ったな、それでこそ勇者よ」
「あなたこそ、あの速度で転移の術を構築できるとは、それでこそ魔の王です」
互いに敬意を表しながらもその闘気は和らぐことはない。むしろさらに強まり、場の空気をさらに張り詰めさせた。
◇ ◇ ◇
互いの武器が火花を散らし、魔力が衝突し、拳と蹴りが肉を打つ鈍音が絶え間なく響く。魔王の放つ衝撃波や瘴気の刃は、勇者のごく近くで突然不可視の障壁に阻まれて散り、致命傷となるような攻撃はことごとく弾かれていった。
また、魔王の剣が勇者の左腕にかすった裂傷は次の瞬間には既に魔力の微かな輝きに包まれ、みるみるうちに止血し、浅い傷跡へと収まっていく。
勇者の衣服はところどころ引き裂かれ、銀髪は汗と塵で汚れていく。魔王の鎧には凹みと亀裂が増え、象徴とも言える角の片方は砕かれている。
勇者の身体にも傷はつくが致命傷には至らず、その都度素早く回復していった。
「素晴らしい防御力と回復力だ。意識せずに自動化してる分、魔力を多大に消費しているであろうな?」
「勿論。ですがこの魔力、まだまだ尽きませんのでご安心を。根比べといきましょうか」
◇ ◇ ◇
そして決戦が始まってから、どの程度長い時間が過ぎたのだろうか。両者には疲労が蓄積し、呼吸が乱れ始めている。お互いにとって、これほどの死闘は初めてだった。
全力を出し切り相手の全力を受け止める。敵対する者同士でありながら、奇妙な共鳴と敬意がその間に生まれていた。
そして、ついに決定的な瞬間が訪れた。
「ーーッ!?」
突然、勇者の姿勢が崩れた。
勇者も所詮は人の子。終わりを知らない長き戦いにより疲労は積み重なっていて、あまりにも強大な魔力の消費と自動防御・回復による精神的な集中力の減衰により、身体が悲鳴を上げていた。
それは、強さの頂点を極める者にとっては致命的な隙だった。
「終いだ!!」
魔王は空間そのものを断つような漆黒の魔剣を突き出した。体勢を立て直そうとする勇者は完全に回避することはできず、避けきれなかった刃がその肩を深く貫いた。
この一撃は勇者の自動防御を一瞬で凌駕する、あまりにも圧倒的な威力と速度を持っていた。
「我が魔剣、正面から受けて無事と思うな!」
「……ッ!」
魔王の剣から闇の力が噴出し、傷口に入り込んでいく。
勇者の全身に漆黒の雷撃が迸り、致命的な激痛によりその目は見開かれた。傷口からは魔力の光が漏れ、急速な回復が始まろうとしたが闇の力による呪いがそれを阻んでいる。
魔王は勝利を確信した――はずだった。
「この勝負、私の勝ちです」
不敵な笑みを浮かべながら響かせた勇者の凛とした声。それが聞こえた時には、彼女は既に動作を完了していた。
両の手で握りしめた剣を渾身の力で真横に振り抜き、生まれた圧倒的な斬撃はそのまま魔王の身体を鎧ごと引き裂いていたのだ。
「――なっ……!?」
それは己の肉を切らせ、致命傷を受けた代わり引き換えとして創り出した、魔王の致命の隙だった。
(……ま、まさか……囮……とは……)
魔王の瞳が見開かれ、驚嘆とそして賞賛の色が浮かびながら、分かれた巨体がゆっくりと床へと沈み込んでいく。魔王は苦しげな呼吸をしながらも嘲笑うような、しかしどこか満足げな笑みを浮かべて呟いた。
「ク……クク……見事だ……勇者よ……己の肉体さえ……戦術に変えるとは、な……愉しかった……ぞ……!」
勇者は静かに魔王の前に歩み寄り、跪く。彼女の瞳には宿敵に対する最大級の敬意の色が浮かんでいた。
「魔王、あなたの力と誇りに心から敬意を表します――ありがとうございました」
勇者の言葉に、魔王は反応することはできない。代わりに、床に臥した巨体は忽然と黒い霧へと変化し始めた。霧は漂い、そして気づかれないほど微細な粒子となって消えていく。
主を失った城も魔王同様、その光景が幻だったかのように黒い霧へと変貌し始めていった。
――戦いは、終わったのだ。
「……ぐっ……ぅ……ッ!」
魔王の剣により貫かれた肩に走る激痛がその儚げな顔を歪め、呻き声が漏れ出した。
しかし、勇者は耐えながらゆっくりと立ち上がり、魔王が消えた虚空を見つめた。
勝利の感慨よりも深い疲労と、どこか寂しげな表情を浮かべて。
「――もしいつか、生まれ変わることができた……その時には、また」
彼女は祈るように呟き、傷だらけの体を引きずりながら踵を返し、外へと歩き出した。
――その瞬間、勇者はほんのわずかに背筋へと冷たい何かが触れたような、ごく微細な違和感を覚えた。激闘の疲労と傷の痛みによる錯覚か、消えゆく魔王の名残の瘴気か。あるいは自身の自己治癒力が未知の異物の侵入を感知した反応だったのか。
彼女は特に気にも留めず、その感覚を振り払うようにわずかに首を振った。
勇者には知る由もない。これが死の直前に己の肉体を霧散させ、残存する全ての魔力と意識を一点に凝縮し、復活の糧を求めて“器”へと潜り込ませる、魔王の最期の術であったことを。
その意識は、勇者の魂の影のように深く深く沈み込み、刻まれていった。
いずれ力が満ち、再び世に顕現するその時まで。
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