吟遊詩人は真実を歌わない

@Miyashiro-Kyouko

吟遊詩人は真実を歌わない


 吟遊詩人は真実を歌わない。

 少なくとも、私はそう教わった。


 真実とは、刃のようなものだ。握れば血が滲み、振るえば誰かが倒れる。だから吟遊詩人は、真実をそのまま差し出さない。削り、磨き、角を落とし、手触りの良い形にしてから旋律に乗せる。英雄はより高く掲げられ、悪は分かりやすく塗られ、物語は人々の胸に収まる大きさに整えられる。

 そうして歌われたものだけが、物語として残る。


 私は、その作法を選ばなかった。


 剣を握ったことはない。

 毒を仕込んだこともない。

 それでも私は、三人の英雄を殺した。


 歌で、だ。


 私は名を持たぬ。正確に言えば、名乗らない。酒場では適当な呼び名を与えられ、町を出る頃には忘れられる。名を持てば、歌が私のものになる。歌が私のものになれば、意味も責任も、私に帰ってくる。それを、私は引き受けたくなかった。


 私は英雄を讃えない。

 断罪もしない。

 善悪を決めない。


 ただ、起きたことを、起きた順に歌う。

 それだけだ。


 最初の英雄は、北の国境を守った将軍だった。


 冬の国境は厳しく、彼は何度も侵攻を退けた。兵の扱いは公平で、報奨も罰も明確だった。民は彼を信じ、酒場では彼の武勇談が夜ごと語られた。私がその町に着いたのは、戦が終わってしばらく経った頃だった。


 祝勝の宴の席で、将軍は杯を重ね、やがて普段よりも饒舌になった。私はその場にいた。ただそれだけだ。

 彼が誰の名を呼び、どんな言葉で笑い、どの瞬間に沈黙したか。それらは事実で、誰の目にも見えていた。


 私は歌った。

 勝利の歌ではない。

 裏切りの歌でもない。


「その夜、将軍はこう言った」

「そのとき、誰かが笑った」

「そして、杯は空になった」


 それだけの歌だった。


 だが、人々は意味を探した。

 沈黙は隠し事とされ、笑いは傲慢とされ、呼ばれた名は罪の証とされた。誰かが言い出し、誰かが同意し、やがてそれは疑いではなく事実として語られるようになった。


 将軍は処刑されなかった。

 裁かれもしなかった。


 だが次の戦に、彼の名はなかった。

 人々は彼を見かけても、英雄とは呼ばなくなった。


 生きている。

 それでも、死んだのと同じだった。


 二人目は、聖堂騎士だった。


 彼は祈りを欠かさず、施しを惜しまず、子供や病人の前では必ず膝をついた。鎧はいつも磨かれ、剣はほとんど抜かれなかった。彼は信仰そのもののような存在だった。


 私が歌ったのは、彼が若い頃、神に問いを投げかけた夜のことだ。

 祈りの言葉が返ってこなかったこと。

 沈黙の中で、彼が何を考えたか。


 それは誰にでも起こり得ることだった。

 私自身も、似た沈黙を知っている。


 だが歌は、問いを赦さなかった。


 「疑った」

 「迷った」

 「揺らいだ」


 その三つは、信仰において致命的だった。

 人々は彼を見るたびに、その夜を思い出した。祈りは疑われ、慈悲は偽りとされた。


 彼は、ある朝、聖堂に現れなかった。

 数日後、川で見つかった。


 私は、泣かなかった。

 歌っただけだ。


 三人目は、英雄と呼ばれることを望まなかった男だった。


 彼は名を避け、称号を嫌った。

 戦場でも、町でも、いつも端にいた。

 それでも、人は彼を英雄と呼んだ。結果が、そうだったからだ。


 私が歌ったのは、彼が英雄を拒む理由だった。

 過去に一度だけ犯した、小さな失敗。

 誰も死なず、誰も気づかず、彼だけが覚えていた過ち。


 歌は静かに広まった。

 同情と共に。

 理解したつもりの言葉と共に。


 人々は彼を見て、安心した。

 英雄もまた弱いのだと。

 そして、見下した。


 彼は生きている。

 だが、どこにも居場所がなかった。


 三人。

 私は三人を殺した。


 私は歌うのをやめた。

 沈黙すれば、これ以上誰も死なないと思った。


 だが歌は、私のものではなかった。


 誰かが歌った。

 酒場で。

 路地で。

 子供の口遊みとして。


 旋律は変わり、言葉は削られ、意味は増えた。

 私が避けた評価が付け足され、私が口にしなかった感情が強調された。


 私は否定した。

 だが否定は、新しい節になった。


 私は黙った。

 だが沈黙は、含みのある間奏として歌われた。


 そんな頃、四人目の英雄が私を訪ねてきた。


 彼は名を持ち、地位を持ち、期待を背負っていた。英雄であることに慣れ、英雄であり続けることに疲れていた。


 彼は言った。


 「私を歌ってほしい」

 「正しく歌ってほしい」


 正しさとは何か、私は問わなかった。

 彼自身も答えを持っていなかったからだ。


 それでも私は、歌うことを選んだ。

 初めて、意図して。


 私は言葉を選び、順序を整え、沈黙に意味を与えた。

 事実は変わらない。

 だが、歌い方は違った。


 英雄は社会的に死んだ。

 剣は抜かれず、血は流れなかった。


 四人目。

 私は確かに、殺した。


 やがて噂は反転した。

 英雄の歌ではなく、吟遊詩人の歌が歌われ始めた。


 英雄を歌で殺す者。

 真実を歪める者。

 名を持たぬ吟遊詩人。


 私は悟った。

 歌えば――私は自分を殺す。


 夜が明ける前に、町を出た。

 誰にも見られない道を選ぶ。

 それでも、歌はついてくる。

 ――名を持たぬ吟遊詩人は

 ――どこへ行く。


 答えは、まだない。

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