1-6

 赤い気配が落ちた瞬間。


 広場は、言葉の皮が剥けた。

 理屈が抜け落ちて、体だけが先に動く。


「やめろ!」

「黙れ!」

「押すな!」

「どけ!」

「騎士!」

「金だ!」

「魔族だ!」

「子どもだ!」


 もう噛み合うとかじゃない。

 正しさの看板を振り回して、互いの喉笛を殴りにいっている。


 盾が押され、槍が揺れる。

 騎士の号令は、怒号に食われる。


「下がれ!」


 返事は、押し波だった。


 誰かがぶつかり、誰かが倒れ、誰かが踏む。

 踏まれた声は、次の声に溶ける。


 奴隷商が鎖を引いた。

 守る手つきじゃない。

 奪われるのを恐れる手つきだ。


 重い鉄の、ぶれない音。


 ジュスタンは、その鉄の音の中心へ身体をねじ込んだ。


 左脚が沈む。

 沈んでも、止まらない。


 サキュバスの少女の背後へ回り込み、鎖を掴む。


 成人の男の腕ほどの太さ。

 手に食い込む。重い。冷たい。


「今のうちだ、逃げるぞ!」

「え?」

「待ってろ」


 言った瞬間、言葉が切れる。

 息を吸って、腹の底に落とす。


 腕じゃない。

 背中も、肩も、腹も、残ってるもの全部で。


 引く。


 ガガンッ。


 鉄が悲鳴を上げて裂け、首輪が皮膚からほんの少し離れた。


 少女が、初めて息を吸った。

 吸う音が、はっきり聞こえた。


「鎖が……!」


 女騎士の目が変わる。

 遅れて剣の柄に手が走る。


 奴隷商が叫ぶ。


「殺せ! 取り返せ!」


 その叫びが餌になって、怒号がさらに太くなる。


 ジュスタンは少女の手首を掴んだ。

 細い。けど、折れない骨の強さがある。


「走れるか!」


 耳が揺れて、一拍遅れて頷く。


「……うん」

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左 翼 転 生 セクシー&ブーメラン @S_and_Boomerang

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