第8章 王都の職人組合との対立

神崎鍛冶が開業して、一年半が過ぎた。


 工房の評判は、王都全体に広まっていた。


「神崎の製品は、品質が安定している」


「どの剣を買っても、同じ性能だ」


「修理が簡単で、部品だけ交換すれば元通りになる」


 口コミは、商人たちの間を駆け巡った。


 注文は増え続け、工房は常にフル稼働だった。


 だが——


 成功には、必ず反発がつきまとう。


         ◆


 ある日の午後、工房に見知らぬ男たちが現れた。


 五人の屈強な男。全員が革のエプロンを身につけ、手には火傷や打撲の痕がある。明らかに、鍛冶職人だ。


 先頭に立つのは、白髪混じりの壮年の男。鷹のように鋭い目つきで、鋼太郎を見据えている。


「お前が神崎か」


「そうだ」


「俺はグスタフ・アイゼンハルト。王都鍛冶師組合の組合長だ」


 鋼太郎は、その名前を聞いて眉をひそめた。


 王都鍛冶師組合——鍛冶師ギルドとは別の、伝統的な職人団体だ。


 ギルドが「公的機関」として鍛冶師の資格や規格を管理するのに対し、組合は「利益団体」として職人の権益を守る役割を担っている。


「組合長自らお越しとは、何の用だ」


「用は一つ」


 グスタフの目が、険しくなった。


「お前の工房を閉じろ」


 工房内が、静まり返った。


 弟子たちが、緊張した面持ちで様子を窺っている。


「……理由を聞こうか」


「お前のやり方は、職人の伝統を踏みにじっている」


 グスタフが、一歩前に出た。


「『規格』だと?『公差』だと? 職人の仕事は、一品一品を丹精込めて作り上げることだ。全て同じものを作るなど、機械のやることだ」


「機械が悪いのか」


「職人を馬鹿にしている。お前のやり方が広まれば、職人の技は不要になる。誰でも同じものが作れるなら、熟練の技に価値がなくなる」


 グスタフの声に、怒りがこもっていた。


「俺たちは何十年もかけて腕を磨いてきた。その価値を、お前は否定するのか」


 鋼太郎は、しばらく黙っていた。


 そして、静かに言った。


「否定はしていない」


「何?」


「職人の技を否定したことは、一度もない。むしろ、俺は職人を尊敬している」


「ならば——」


「だが」


 鋼太郎の声が、鋭くなった。


「職人の技だけでは、大量の需要に応えられない。今、この世界には、良い武具を必要としている人が大勢いる。冒険者、兵士、農民——皆、錆びた剣や歪んだ農具で我慢している。なぜだ?」


 グスタフは答えない。


「職人が一人で一本ずつ作るやり方では、生産量に限界があるからだ。需要に対して、供給が追いつかない。だから品質の悪いものが出回り、使う人が困る」


「それは——」


「俺のやり方は、品質を維持しながら生産量を増やすためのものだ。職人の技を『否定』するのではなく、職人の技を『拡大』する。一人の名人が持つ技を、規格化して、治具で補助して、誰でも再現できるようにする。そうすれば、名人一人分の仕事が、十人分にも百人分にもなる」


 鋼太郎は、グスタフの目を真っ直ぐに見た。


「これは、職人を馬鹿にすることか? 俺は、むしろ職人の技を最大限に活かすことだと思っているが」


 グスタフは、言葉に詰まった。


 だが、すぐに表情を険しくした。


「屁理屈だ。お前のやり方が広まれば、俺たちの仕事が奪われる。それだけは確かだ」


「仕事が奪われる?」


「お前の工房は、他より安く、早く、同じ品質のものを作る。顧客は、お前に流れる。俺たちは仕事を失う」


 鋼太郎は、溜息をついた。


「確かに、競争は厳しくなるだろう。だが、それは——」


「言い訳は聞きたくない」


 グスタフが、鋼太郎を遮った。


「警告しておく。お前が工房を閉じないなら、俺たちにも考えがある」


「考え?」


「覚悟しておけ」


 グスタフは、踵を返した。


 五人の男が、それに続く。


 工房の扉が、重い音を立てて閉まった。


         ◆


 それから、嫌がらせが始まった。


 最初は、材料の供給妨害だった。


「申し訳ありません、神崎様。今月分の鉄材は、お渡しできません」


 いつも取引している材料商が、困惑した顔で言った。


「なぜだ」


「……組合から、圧力がかかっておりまして」


「圧力?」


「神崎鍛冶には売るな、と。さもなければ、他の取引も打ち切る、と」


 鋼太郎は、事態を理解した。


 グスタフの「考え」とは、これだったのか。


 組合は、王都の鍛冶職人の大半を抱えている。材料商にとって、組合は大口の顧客だ。その組合に睨まれれば、商売が立ち行かなくなる。


 神崎鍛冶への材料供給を止めることで、工房の操業を妨害しようとしているのだ。


「……分かった」


「本当に申し訳ありません。私としても、神崎様のお仕事には敬服しておりますが——」


「気にするな。お前さんも商売だ」


 鋼太郎は、材料商を責める気にはなれなかった。


 彼もまた、状況の被害者だ。


         ◆


「師匠、大変です」


 ナットが、青い顔で駆け込んできた。


「どうした」


「協力工房のハンスさんから連絡がありました。組合から脅されて、うちとの取引を続けられなくなったと」


「……他の協力工房は」


「ゲルトさんも、フリッツさんも、同じです。組合員を脱退するか、神崎鍛冶との取引を止めるか、どちらかを選べと」


 鋼太郎は、歯を食いしばった。


 組合は、本気だ。


 神崎鍛冶を孤立させ、締め出そうとしている。


「師匠、どうしますか」


 リーゼが、不安そうに尋ねた。


「このままでは、材料も外注先もなくなります。工房を続けられなくなるかもしれません」


「……」


 鋼太郎は、黙って考えた。


 屈服するか?


 組合の言いなりになって、従来のやり方に戻るか?


 ——いや。


 それはできない。


 それをすれば、自分が信じてきた全てを否定することになる。


「ナット」


「はい」


「王都以外の材料商を探せ。他の都市、他の国からでもいい。材料を調達できるルートを確保しろ」


「分かりました」


「ボルト」


「はい」


「協力工房が使えなくなっても、うちだけで生産を続けられるよう、工程を見直せ。効率化できる部分があれば、徹底的に改善しろ」


「やってみます」


「リーゼ」


「はい」


「品質は絶対に落とすな。むしろ、今まで以上に厳しく検査しろ。うちの武器は『品質が違う』と言われるようにするんだ」


「……はい」


 三人の弟子が、それぞれの任務に散っていく。


 鋼太郎は、一人残って、窓の外を見た。


 ——組合の連中は、『競争』を恐れている。


 変化を恐れ、新しいものを拒否し、既得権益にしがみついている。


 その気持ちは、分からなくもない。


 長年培ってきた技術や地位が脅かされるのは、誰だって怖い。


 だが——


 変化から逃げ続けることはできない。


 世界は変わる。技術は進歩する。それに適応できなければ、淘汰される。


 それは、地球でもこの世界でも、同じだ。


 ——俺は、逃げない。


 鋼太郎は、静かに決意を固めた。


         ◆


 一ヶ月後、状況は厳しさを増していた。


 材料の調達ルートは、なんとか確保できた。


 隣国エルドア公国の商人が、王都の組合の影響を受けずに取引してくれることになった。輸送コストは上がったが、操業を止めるよりはましだ。


 だが、協力工房はほとんど離れてしまった。


 組合の圧力に逆らえる工房は、数えるほどしかない。


 さらに——


「師匠、嫌がらせがエスカレートしています」


 ナットが、報告した。


「何だ」


「うちの製品を買った顧客に、組合の者が押しかけて、『神崎の製品は欠陥品だ』と吹聴しています」


「……」


「まだそれだけではありません。今朝、工房の壁に落書きがされていました。『邪道職人は出ていけ』と」


 鋼太郎の拳が、握り締められた。


 これは、もはや「競争」ではない。


 ただの「嫌がらせ」だ。


 品質で勝負するのではなく、相手を潰すために手段を選ばない。


「師匠」


 リーゼが、真剣な顔で言った。


「私たち、本当にこのまま続けていいんでしょうか」


「どういう意味だ」


「組合と和解した方が、いいのではないでしょうか。今のやり方を少し変えて、伝統的な方法も取り入れれば——」


「リーゼ」


 鋼太郎の声が、低くなった。


「お前は、俺たちのやり方が間違っていると思うか」


「いえ、そうは思いません。でも——」


「組合が正しいと思うか」


「……思いません」


「なら、なぜ譲る必要がある」


 鋼太郎は、リーゼの目を見た。


「俺たちは、何も悪いことをしていない。良いものを作り、適正な価格で売り、顧客に喜ばれている。それの何が問題だ」


「……」


「組合の連中が怒っているのは、俺たちが彼らより『うまくやっている』からだ。それだけだ。俺たちが間違っているからじゃない」


 リーゼは、黙って聞いている。


「譲歩すれば、楽になるかもしれない。だが、それは『正しいから勝った』のではなく、『圧力に屈した』だけだ。そんな勝ち方に、何の意味がある」


 鋼太郎は、工房の中を見回した。


「俺たちの武器は、品質だ。どんな嫌がらせを受けても、品質だけは絶対に落とさない。顧客は、最終的に『良いもの』を選ぶ。それを信じろ」


 リーゼの目に、決意の光が宿った。


「……分かりました、師匠。信じます」


         ◆


 そして——転機が訪れた。


 それは、王国騎士団からの使者だった。


「神崎殿、騎士団総長からのお言葉をお伝えします」


 使者は、恭しく頭を下げた。


「騎士団は、来月の軍事演習に向けて、剣100本を新調することになりました。つきましては、製造を依頼したく存じます」


 剣100本。


 大口の注文だ。


「ありがたいお話ですが——」


 鋼太郎は、少し言葉を選んだ。


「王都には他にも工房があります。なぜ、うちに」


「総長のお言葉を、そのままお伝えします」


 使者が、背筋を伸ばした。


「『神崎の剣は、全て同じ品質だと聞いている。騎士団の装備は、個人の好みで選ぶものではない。全員が同じ剣を使い、交換可能であることが望ましい。よって、神崎に依頼する』と」


 鋼太郎の心に、熱いものが込み上げた。


 ——見ていてくれる人は、いる。


「ありがとうございます。謹んでお受けします」


「なお、納期は一ヶ月です。可能ですか」


「可能です」


 使者が帰った後、弟子たちが集まってきた。


「師匠、騎士団からの注文ですよ!」


 ボルトが、興奮した声を上げた。


「これはすごい! 王国騎士団といえば、最も権威のある軍事組織です!」


「ああ。だが、浮かれている場合じゃない」


 鋼太郎の声は、冷静だった。


「一ヶ月で100本。しかも、全て同じ品質。これをやり遂げれば、俺たちの評判は揺るぎないものになる。逆に失敗すれば——」


「失敗は、許されませんね」


 リーゼが言った。


「その通り。これは、俺たちにとっての『決戦』だ」


 鋼太郎は、三人の弟子を見回した。


「一ヶ月後に、100本の剣を納品する。全て、完璧な品質で。それが、組合への最大の反論になる」


         ◆


 その夜、鋼太郎は工房に一人残っていた。


 灯りを落とした作業場で、炉のかすかな光だけが揺れている。


 鋼太郎は、自分の手を見つめていた。


 ——100本の剣。


 一ヶ月で。


 協力工房なしで。


 今の人員と設備で。


 不可能ではない。


 だが、簡単でもない。


 全ての工程を見直し、最大限の効率化を図る必要がある。


 治具の改良、作業動線の最適化、検査工程の効率化——。


 やるべきことは山積みだ。


 だが——


 鋼太郎の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。


 ——やりがいがある。


 前世でも、こういう「無理難題」に何度も直面した。


 短納期、高品質、低コスト——三つの矛盾する要求を、同時に満たせと言われる。


 普通なら不可能だ。だが、知恵を絞り、チームで力を合わせれば、不可能を可能にできる。


 それが、製造業の醍醐味だ。


 鋼太郎は立ち上がり、作業台に向かった。


 明日からの計画を、今夜中にまとめておこう。


 窓の外には、異世界の月が輝いていた。

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