第7章 弟子たちとの絆

神崎鍛冶が開業して、一年が過ぎた。


 工房は、さらに成長していた。


 弟子は十人に増え、作業場は三棟を借りるまでになった。王都でも有数の中堅工房として、名前が知られるようになっていた。


 だが、鋼太郎は相変わらず、毎日現場に立っていた。


「師匠、お客様です」


 ナットが、工房の奥から声をかけた。


「誰だ」


「金物商のメルツェル様です。大口の注文だそうです」


「分かった。今行く」


 鋼太郎は、手を洗い、作業着の埃を払って、応接室に向かった。


 ——と言っても、応接室など立派なものはない。


 工房の片隅に置いたテーブルと椅子、それだけだ。


「お待たせしました」


「いやいや、神崎殿。お忙しいところ申し訳ない」


 メルツェルは、中年の太った商人だった。


 金物卸の大手で、王都だけでなく、周辺の都市にも販路を持っている。神崎鍛冶とは、開業当初から取引がある得意先だ。


「本日は、大きなご相談がありまして」


「何でしょう」


「実は、東部のエルドア公国から、大量の発注が入りまして」


「エルドア公国?」


「ええ。公国の軍が、装備を一新するそうです。剣、槍、甲冑、盾——全ての武具を、新調したいと」


 鋼太郎の眉が上がった。


「それは大きな話ですね」


「ええ。問題は、数量です」


 メルツェルが、一枚の羊皮紙を差し出した。


 鋼太郎は、そこに書かれた数字を見て、目を見開いた。


 剣:500本


 槍:300本


 甲冑:200セット


 盾:200枚


 ——これは……。


「納期は?」


「三ヶ月です」


「三ヶ月で、これだけの数を?」


「はい。公国の軍事演習に間に合わせたいのだそうです」


 鋼太郎は、腕を組んで考え込んだ。


 剣500本を三ヶ月。


 一日あたり約6本。今の生産能力なら、ギリギリ可能だ。


 だが、槍、甲冑、盾もある。


 全てを並行して生産するとなると——


「……厳しいですね」


「やはり、無理ですか」


「無理とは言いません。ただ、現状の人員と設備では、品質を維持しながらこの数量を作るのは難しい」


「では——」


「協力工房を使います」


 鋼太郎は、立ち上がった。


「ナット、ここに来い」


 ナットが、小走りにやって来た。


「はい、師匠」


「今から、協力工房の一覧を持ってこい。それと、各工房の得意分野と、現在の稼働状況も」


「分かりました」


 数分後、ナットが羊皮紙の束を持って戻ってきた。


「これが、現在提携している協力工房の一覧です。全部で八工房」


 鋼太郎は、一覧を眺めた。


 ハンス工房——剣の製造が得意。現在、稼働率70%。


 ゲルト工房——甲冑の製造が得意。現在、稼働率60%。


 フリッツ工房——盾の製造が得意。現在、稼働率50%。


 ……


「これならいける」


 鋼太郎は、ペンを取って計算を始めた。


「剣はハンス工房に200本、うちで300本。甲冑はゲルト工房に100セット、うちで100セット。盾はフリッツ工房に——」


 メルツェルは、その様子を驚きの目で見ていた。


「神崎殿……その『協力工房』というのは?」


「うちと提携している工房です。神崎鍛冶の規格に従って製品を作り、品質検査を通過したものを、神崎鍛冶の名前で納品する仕組みです」


「そんな仕組みがあるのですか」


「ええ。これを『外注』と言います。自分の工房だけで全てを賄うのではなく、得意分野を持つ他の工房と連携して、大量の注文に対応する」


 鋼太郎は、計算結果を羊皮紙に書き出した。


「この配分なら、三ヶ月で納品できます。品質も、神崎鍛冶の基準を満たすものを保証します」


「……素晴らしい」


 メルツェルは、感嘆の声を上げた。


「受けていただけますか」


「もちろん。ただし、条件があります」


「条件?」


「材料費の前払いです。これだけの数量を作るには、大量の原材料が必要です。うちの資金だけでは賄えません」


「それは——」


 メルツェルは、少し考えてから頷いた。


「分かりました。材料費の半額を、前払いとしてお支払いしましょう」


「ありがとうございます。では、契約書を作りましょう」


         ◆


 メルツェルが帰った後、鋼太郎は弟子たちを集めた。


「今から、大きな仕事の話をする」


 剣500本、槍300本、甲冑200セット、盾200枚。


 三ヶ月の納期。


 弟子たちの顔に、緊張が走った。


「できるんですか、師匠」


 リーゼが、不安そうに尋ねた。


「できるかどうかじゃない。やるんだ」


 鋼太郎の声は、落ち着いていた。


「ただし、俺たちだけではできない。協力工房の力を借りる。そして——」


 鋼太郎は、三人の古参弟子を見た。


 リーゼ、ボルト、ナット。


 開業当初から、ずっと一緒にやってきた三人だ。


「お前たちには、新しい役割を担ってもらう」


「新しい役割?」


「リーゼ。お前は『品質管理責任者』だ。全ての製品の検査を統括し、不良品を絶対に出荷させない。協力工房から納品されたものも、全てお前の検査を通す」


「……はい」


「ボルト。お前は『生産技術責任者』だ。新しい治具の開発、作業手順の改善、生産効率の向上。現場で問題が起きたら、真っ先に解決しろ」


「はい!」


「ナット。お前は『生産管理責任者』だ。材料の発注、生産スケジュールの管理、協力工房との連絡調整。全体の進捗を把握し、遅れがあれば俺に報告しろ」


「分かりました」


 三人の顔に、使命感が宿った。


 鋼太郎は、三人を見て、満足げに頷いた。


 ——成長したな。


 一年前、何も知らなかった若者たちが、今では工房の中核を担う存在になっている。


「いいか、三人とも。この仕事は、神崎鍛冶にとって大きな転機になる。成功すれば、うちの評判は一気に上がる。失敗すれば——」


 鋼太郎は、言葉を切った。


「失敗は、許されない。品質を落とさず、納期を守る。それが、俺たちの使命だ」


「「「はい!」」」


 三人の声が、工房に響いた。


         ◆


 大型案件の生産が始まった。


 神崎鍛冶の工房は、かつてない活気に包まれた。


 朝早くから夜遅くまで、炉の火が絶えることはない。鉄槌の音、ノギスで測定する音、検査員の声——様々な音が、工房に満ちていた。


 鋼太郎は、毎日現場を回った。


 鍛造工程を見る。


 ボルトが、若い弟子たちに指示を出している。


「もっと力を抜け。力任せに叩くな。リズムを大事にしろ」


 ——俺が教えたことを、ボルトが次の世代に伝えている。


 検査工程を見る。


 リーゼが、真剣な表情で製品を測定している。


「この剣、刃渡りが規格より0.02リール短い。不合格」


「え、0.02リールくらい——」


「規格は規格よ。妥協しない」


 ——厳しいな。だが、それでいい。


 生産管理の部屋を見る。


 ナットが、進捗表を睨んでいる。


「ハンス工房からの納品が、予定より三日遅れている。催促の手紙を送らないと」


 ——よく気づいた。そういう細かいことが、大事なんだ。


 鋼太郎は、三人の成長を見て、胸が熱くなった。


 ——技術は、人から人へ受け継がれる。


 前世で、自分もそうやって育てられた。


 先輩から技術を学び、それを後輩に伝え、会社を支えてきた。


 その連鎖が、ものづくりを支えている。


 今、自分はこの世界で、同じことをしている。


 三人の弟子に技術を伝え、彼らがまた次の世代に伝える。


 その連鎖が、この世界のものづくりを変えていく。


 ——やりがいがある。


 前世では、定年間際だった。


 若手への技術伝承が追いつかず、焦りを感じていた。


 だが、この世界では違う。


 30歳の肉体と、58年分の経験。


 まだまだ、やれることがある。


         ◆


 生産開始から二ヶ月が過ぎた頃、トラブルが発生した。


「師匠、大変です」


 ナットが、青い顔で駆け込んできた。


「どうした」


「ゲルト工房から連絡がありました。甲冑の生産が、予定の半分しかできていないと」


「半分だと?」


「材料の鉄板が、予定より硬くて、加工に時間がかかっているそうです」


 鋼太郎の眉が寄った。


「材料の変更は、うちに相談なく勝手にやったのか」


「いえ、材料自体は指定通りのものを使っているそうです。ただ、ロットによって硬さにばらつきがあるらしく——」


「ロットのばらつきか……」


 鋼太郎は、考え込んだ。


 材料のばらつきは、製造業の永遠の課題だ。


 同じ鉄板でも、製錬のロットによって、微妙に成分が異なる。成分が異なれば、硬さも異なる。硬さが異なれば、加工条件も変えなければならない。


「俺が行く」


「え?」


「ゲルト工房に、直接行く。現場を見ないと、対策が立てられない」


「師匠が、ですか」


「当たり前だ。品質の問題は、現場でしか解決できない」


 鋼太郎は、その日のうちにゲルト工房を訪れた。


 ゲルト工房は、王都の北区画にある中規模の鍛冶工房だ。


 工房主のゲルトは、50代の熟練職人で、甲冑製造では王都でも指折りの腕前を持つ。


「神崎殿、わざわざお越しいただいて申し訳ない」


「いえ。現場を見せてください」


「もちろんです。こちらへ」


 ゲルトに案内されて、作業場に入った。


 職人たちが、鉄板を叩いている。


 だが、その手つきが、どこかぎこちない。


「あの鉄板を見せてもらえますか」


「どうぞ」


 鋼太郎は、加工中の鉄板を手に取った。


 指で弾いてみる。表面を撫でてみる。


「……なるほど」


「分かりますか」


「炭素量が多いですね。普通の軟鉄より、硬い」


「さすがですな。その通りです」


「加熱温度を上げていますか」


「いえ、いつも通りの温度で——」


「それが問題です」


 鋼太郎は、炉を指さした。


「この鉄は、通常より硬い。だから、加熱温度を50度ほど上げて、十分に軟化させてから叩く必要がある。今の温度では、鉄が硬いまま叩いているので、形が整わないし、時間もかかる」


「なるほど……」


「試してみましょう」


 鋼太郎は、自ら炉の前に立った。


 温度を上げ、鉄板を入れ、十分に加熱してから取り出す。


 鉄槌を振るう。


 カーン、カーン、カーン——。


 鉄板が、滑らかに形を変えていく。


「……速い」


 ゲルトが、呆然と呟いた。


「いつもの半分の時間で、形が整っている」


「材料が変われば、加工条件も変える。それが基本です」


 鋼太郎は、鉄槌を置いた。


「今後、材料のロットが変わったら、まず試し打ちをしてください。硬さを確認して、適切な加熱温度を決める。それを作業標準として記録し、同じロットの材料には同じ条件を適用する」


「……分かりました。ありがとうございます、神崎殿」


「いえ。これも俺の仕事です」


 鋼太郎は、工房を後にした。


         ◆


 納期まで、あと三週間。


 生産は、順調に進んでいた。


 ゲルト工房のトラブルも解決し、予定通りの数量が上がってきている。


 だが、鋼太郎は気を緩めなかった。


 毎日、進捗を確認する。


 毎日、品質をチェックする。


 毎日、現場を回り、問題がないかを確認する。


 そして——


 納期の三日前。


 全ての製品が、完成した。


 剣500本。


 槍300本。


 甲冑200セット。


 盾200枚。


 全て、神崎鍛冶の品質基準を満たしている。


 全て、ZKG規格に適合している。


 不良品は、一つもない。


「やりました、師匠!」


 リーゼが、喜びの声を上げた。


「三ヶ月の納期、三日前に完了です!」


「よくやった」


 鋼太郎は、静かに頷いた。


 だが、その目には、確かな誇りが光っていた。


「全員、よく頑張った。これが、神崎鍛冶の実力だ」


 弟子たちが、歓声を上げた。


 協力工房のゲルト、ハンス、フリッツも、喜びを分かち合った。


「神崎殿のおかげで、大きな仕事をやり遂げられました」


「いえ。皆さんの協力があってこそです」


 鋼太郎は、全員と握手を交わした。


 ——これが、チームの力だ。


 一人では、これだけの仕事はできない。


 だが、協力すれば、できる。


 それが、製造業の本質だ。


         ◆


 納品の日。


 大量の武具が、馬車に積まれて、エルドア公国へと旅立っていった。


 金物商のメルツェルは、満面の笑みで言った。


「神崎殿、素晴らしい仕事でした。公国からも、きっと喜ばれるでしょう」


「ありがとうございます」


「次の仕事も、ぜひ神崎殿にお願いしたい」


「喜んで」


 メルツェルが去った後、鋼太郎は工房の前に立った。


 三人の古参弟子——リーゼ、ボルト、ナット——が、横に並んでいる。


「師匠」


 リーゼが、静かに言った。


「私、この仕事をやり遂げて、分かったことがあります」


「何だ」


「師匠が教えてくれたこと——5S、公差管理、標準作業、品質検査——全ては、『良いものを作る』ためにあるんですね」


「……」


「最初は、ルールが多くて面倒だと思いました。でも今は、分かります。このルールがあるから、私たちは大きな仕事をやり遂げられた。ルールは、私たちを守ってくれているんですね」


 鋼太郎は、黙って頷いた。


 リーゼの言葉は、正しかった。


 ルールは、縛りではない。


 ルールは、品質を守り、効率を上げ、チームを一つにするための道具だ。


「お前たちは、よくやった。俺は、お前たちを誇りに思う」


 その言葉に、三人の目が潤んだ。


「師匠——」


「ありがとうございます——」


「俺たち、もっと頑張ります——」


 鋼太郎は、三人の肩を叩いた。


「ああ。一緒に、もっと良いものを作ろう」


 神崎鍛冶の挑戦は、まだ始まったばかりだった。

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