第4章 公差0.01mmの衝撃

神崎鍛冶の工房は、王都西区画の路地裏にあった。


 元は馬具職人が使っていた建物で、広さは約五十坪。炉が二基、金床が三台、作業台が五つ。決して広くはないが、一人で始めるには十分な設備だった。


 開業から二週間。


 鋼太郎は、朝から晩まで工房に籠もっていた。


 客はまだ少ない。新参者の工房など、誰も信用しない。


 だが、それでいい。


 今は、基盤を作る時期だ。


 鋼太郎が最初に取り組んだのは、測定器具の量産だった。


 ギルドで試作したノギスは一本だけ。これを基に、同じ精度のノギスを複数本作る必要がある。


 自分の工房で使う分だけでなく、いずれは他の職人にも普及させたい。そのためには、ノギスそのものを「規格化」して、誰でも作れるようにしなければならない。


 皮肉な話だ。


 規格化のための道具を作るために、まず規格を定めなければならない。


 鶏が先か、卵が先か。


 鋼太郎は、この問題に正面から取り組んだ。


 まず、「神崎規格」を策定した。


 長さの基準:1リール=標準尺の1目盛り


 測定精度:0.01リール(約0.25ミリ相当)


 ノギスの仕様:本尺20リール、副尺による最小読み取り0.01リール


 次に、ノギスを製作するための「治具」を作った。


 治具とは、加工を補助するための装置だ。


 例えば、ノギスの本尺に目盛りを刻む作業。手作業でやれば、職人の技量によって精度がばらつく。だが、治具を使えば、誰がやっても同じ位置に同じ深さの溝が刻める。


 鋼太郎は、木製のスライド機構を作った。


 本尺となる真鍮板を固定し、スライドを一定の距離だけ動かすと、そこに罫書き針が当たって溝を刻む仕組みだ。


 スライドの移動距離は、基準となるマスター尺で正確に設定する。


 これを繰り返せば、等間隔の目盛りが自動的に刻まれる。


 三日かけて治具を完成させ、試運転を行った。


 最初のノギスを作り、マスター尺と比較する。


 誤差は——0.005リール以下。許容範囲内だ。


 二本目を作る。


 誤差は——0.003リール。問題なし。


 三本目、四本目、五本目。


 全て、許容範囲内に収まった。


「よし」


 鋼太郎は、満足そうに頷いた。


 これで、ノギスの量産体制が整った。


         ◆


 開業から一ヶ月が過ぎた頃、最初の依頼が舞い込んだ。


 依頼主は、王都の金物商だった。


 店を訪れた鋼太郎に、店主は困り顔で説明した。


「実は、蝶番を五十個、急ぎで必要としているのです」


「蝶番?」


「ええ。扉に取り付ける、あの金具です」


 鋼太郎は頷いた。蝶番なら、前世でも見慣れた部品だ。


「納期は」


「二週間後には、お届けしたいのです。得意先の注文でして」


「五十個を二週間か……」


 鋼太郎は計算した。


 蝶番は、二枚の板を軸で繋いだ構造だ。板を切り出し、穴を開け、軸を通す。単純だが、手間はかかる。


 一個あたり——材料加工に30分、組立に15分。計45分。


 50個なら、約40時間。一日8時間働くとして、5日。


 治具を使えば、もう少し短縮できるかもしれない。


「できる。ただし、条件がある」


「条件?」


「仕様を教えてくれ。寸法と、取り付け穴の位置だ」


 店主は、見本の蝶番を取り出した。


 鋼太郎は、それをノギスで測定した。


「板の幅は1.5リール、長さは3リール。厚みは0.1リール。取り付け穴は直径0.15リールで、間隔は0.8リール……」


 数字を羊皮紙に書き留めていく。


「これで五十個、全て同じものを作る」


 店主は、目を丸くした。


「全て……同じ?」


「ああ。同じ寸法、同じ形、同じ品質だ。どの蝶番を取っても、互いに区別がつかないほど同じものを作る」


「そんなことが可能なのですか?」


 店主の声には、驚きと懐疑が混じっていた。


 この世界の常識では、手作りの製品は一点一点が異なる。「全て同じ」などあり得ない。


「可能だ。俺がやる」


 鋼太郎は、断言した。


         ◆


 工房に戻り、蝶番の製作に取り掛かった。


 まず、図面を描く。


 この世界には、「図面」という概念がほとんど存在しない。


 職人は、頭の中のイメージを直接形にする。設計図を紙に起こすことはない。


 だが、鋼太郎は違う。


 製品を作る前に、必ず図面を描く。寸法を数字で明確にし、公差を定め、材質を指定する。


 それが、品質を保証する第一歩だ。


 羊皮紙に、蝶番の三面図を描いた。


 正面図、側面図、平面図。各部の寸法を記入し、公差を±0.03リールに設定する。


「図面完成」


 次に、治具を作る。


 蝶番の板を切り出すための「切断治具」。


 穴を開けるための「穴あけ治具」。


 軸を通すための「組立治具」。


 三種類の治具を、一日かけて製作した。


         ◆


 製作二日目。


 板の切り出しを開始した。


 真鍮の板材を、金鋸で切断する。


 切断治具を使えば、毎回同じ位置に鋸を当てられる。結果、同じ寸法の板が切り出される。


 カリカリカリカリ——。


 金鋸の音が、工房に響く。


 単調な作業だ。同じ動作を、繰り返し繰り返し。


 だが、鋼太郎は苦にならなかった。


 むしろ、この単調さの中に、ものづくりの本質があると感じていた。


 ——製造業とは、同じことを同じように繰り返すことだ。


 前世の工場で、何度も言い聞かせた言葉だ。


 同じ手順で、同じ精度で、同じ品質のものを作り続ける。


 一回だけ良いものを作るのは、難しくない。


 だが、百回、千回、一万回と、同じ品質を維持し続けるのは、極めて難しい。


 その「難しさ」を克服するために、人類は数百年かけて製造技術を発展させてきた。


 治具。検査。標準作業。品質管理。


 その全てが、「同じものを同じように作る」ための工夫だ。


 夕方までに、百枚の板を切り出した。


 蝶番一個につき二枚使うので、五十個分だ。


 全ての板をノギスで測定する。


 幅1.5リール±0.02リール——全て合格。


 長さ3リール±0.03リール——全て合格。


 厚み0.1リール±0.01リール——全て合格。


 不合格品、ゼロ。


 鋼太郎は、満足げに頷いた。


 治具の効果は絶大だ。


         ◆


 製作三日目。


 穴あけ作業を開始した。


 穴あけ治具を使い、真鍮板にドリルで穴を開ける。


 治具のガイド穴にドリルを通せば、毎回同じ位置に穴が開く。


 ギリギリギリギリ——。


 ドリルが真鍮を削る音が響く。


 切り粉が飛び散り、金属特有の匂いが鼻をつく。


 一枚あたり、穴が四つ。百枚で、四百個の穴。


 途中で何度か、ドリルの刃を研ぎ直した。


 刃が摩耗すると、穴の精度が落ちる。切り粉の排出も悪くなる。


 刃物の管理は、製造業の基本だ。


 夕方までに、全ての穴あけが完了した。


 全数検査を行う。


 穴の直径0.15リール±0.01リール——全て合格。


 穴の位置精度——全て合格。


 不合格品、ゼロ。


         ◆


 製作四日目。


 軸の製作と組立を行った。


 軸は、細い真鍮の棒だ。


 これを適切な長さに切断し、先端を少し潰して抜け止めにする。


 組立治具を使い、二枚の板を軸で繋ぐ。


 板の穴に軸を通し、両端を叩いて固定する。


 カンカンカンカン——。


 小さな鉄槌の音が、工房に響く。


 五十個の蝶番が、次々と完成していく。


         ◆


 製作五日目。


 最終検査と梱包を行った。


 全ての蝶番を、一つずつ検査する。


 寸法——合格。


 動作——スムーズに回転する。合格。


 外観——傷や歪みなし。合格。


 五十個中、不合格品——ゼロ。


 全数合格。


 鋼太郎は、完成した蝶番を木箱に詰めながら、静かな達成感を味わっていた。


 五十個の蝶番。


 どれを手に取っても、見分けがつかない。


 同じ寸法、同じ形、同じ品質。


 この世界の職人には、信じられない光景だろう。


 だが、これが「量産」だ。


 これが、「規格化」だ。


 これが、製造業の力だ。


         ◆


 納品の日、金物商の店を訪れた。


「お約束の蝶番、五十個です」


 鋼太郎は、木箱を店主の前に置いた。


 店主が蓋を開け、中を覗き込む。


「……これは」


 店主の顔に、驚きの色が浮かんだ。


「どれも——同じだ」


「当然だ。同じ仕様で作ったのだから」


「いや、しかし……」


 店主は、蝶番を一つ取り出して眺めた。


 別のを取り出して、比較した。


 また別のを取り出して、三つを並べた。


「……本当に、区別がつかない」


「それが俺のやり方だ」


 鋼太郎は、事もなげに言った。


「寸法を厳密に管理し、治具を使って加工する。そうすれば、誰がやっても同じものができる」


「誰がやっても……?」


「ああ。俺だけじゃない。弟子を雇えば、弟子にも同じものが作れる。設備を増やせば、生産量を何倍にも増やせる」


 店主は、しばらく蝶番を見つめていた。


 その目に、何か計算するような光が宿った。


「神崎殿」


「何だ」


「次の注文を、お願いできますか」


「……何を?」


「蝶番を——五百個」


 鋼太郎の眉が上がった。


「五百?」


「はい。実は、ある商家から大口の注文が入ったのです。新築の屋敷に使う建具用の蝶番を、まとめて調達したいと」


「五百個か……」


 鋼太郎は計算した。


 一日五十個のペースなら、十日。納期が二週間なら、十分に間に合う。


「できる。納期は」


「三週間後で構いません」


「分かった。受ける」


 こうして、神崎鍛冶は、二件目の仕事を獲得した。


         ◆


 その夜、工房で一人、鋼太郎は考えていた。


 五百個の蝶番。


 一人では、効率が悪い。


 複数の工程を、自分一人で順番にこなしていくのは、時間がかかりすぎる。


 ——弟子が必要だ。


 人を雇い、工程を分担する。


 切り出しは一人、穴あけは一人、組立は一人。


 そうすれば、並行して作業が進み、生産効率が上がる。


 流れ作業。


 製造業の基本中の基本だ。


 だが、この世界では、「流れ作業」という概念が存在しない。


 職人は一人で、最初から最後まで、全ての工程を担当する。


 それが「職人の誇り」とされている。


 ——俺のやり方を理解してくれる人間を、見つけなければ。


 鋼太郎は、窓の外を見た。


 夜空に、見慣れない星座が輝いている。


 異世界の星だ。


 この世界で、自分は何をすべきか。


 何ができるか。


 答えは明確だった。


 ものを作る。


 良いものを作る。


 そして、その技術を伝える。


 前世で果たせなかった使命を、この世界で果たす。


 それが、自分に与えられた第二の人生の意味だ。


         ◆


 翌日から、鋼太郎は弟子を募集することにした。


 ギルドに相談すると、ガルドが候補者を紹介してくれた。


「鍛冶師を目指す若者は多いが、すぐに独立できる実力を持つ者は少ない。神崎、お前の工房で修行できるなら、喜んで来る者もいるだろう」


「ありがたい。だが、一つ条件がある」


「何だ」


「俺のやり方を、素直に受け入れる者がいい。既存の常識に囚われて、新しいことを拒否する者は、俺の工房には向かない」


 ガルドは、しばらく考え込んだ。


「……難しい条件だな。職人というのは、皆、自分のやり方にこだわる生き物だ」


「分かっている。だからこそ、若い者がいい。まだ固定観念に染まっていない者がいい」


「若い者か……」


 ガルドは、何か思いついたようだった。


「一人、心当たりがある」


「誰だ」


「リーゼという娘だ。鍛冶師を目指しているが、女だという理由で、どの工房にも弟子入りを断られている」


「女だから?」


「ああ。この世界では、鍛冶は男の仕事とされている。女が炉の前に立つことは、禁忌とまではいかないが、好ましく思わない者が多い」


 鋼太郎は、鼻で笑った。


「くだらない。性別で仕事の適性が決まるわけがない。手先が器用で、勤勉なら、それでいい」


「お前なら、そう言うと思った」


 ガルドが、珍しく笑みを浮かべた。


「リーゼを連れてくる。明日、工房に寄越そう」


         ◆


 翌日、リーゼが工房にやって来た。


 第一印象は、「小柄な少女」だった。


 年齢は十六、七歳くらいか。亜麻色の髪を後ろで束ね、大きな瞳が緊張に揺れている。


「リーゼ・フォルマンです。よろしくお願いします」


 深々と頭を下げる姿は、緊張で強張っていた。


「顔を上げろ」


 鋼太郎は言った。


「まず、いくつか質問する。正直に答えろ」


「は、はい」


「なぜ、鍛冶師になりたい」


 リーゼは、少し考えてから答えた。


「父が——鍛冶師でした」


「でした?」


「五年前に、亡くなりました。事故で」


 鋼太郎は黙って聞いている。


「父は、村の鍛冶師でした。農具を作り、蹄鉄を作り、時々は剣も作りました。私は小さい頃から、父の仕事を見て育ちました」


「そうか」


「父が亡くなった後、私は王都に出てきました。どこかの工房で修行して、いつか自分の腕で——父のような仕事をしたいと思いました。でも」


 リーゼの声が、わずかに震えた。


「どこの工房も、女だからという理由で、断られました」


「……」


「ギルドマスターに相談したら、神崎様の工房を紹介してくださいました。神崎様は、変わった考え方をする人だから、もしかしたら受け入れてくれるかもしれないと」


 鋼太郎は、リーゼの手を見た。


 小さいが、節くれだっている。労働に慣れた手だ。


「お前、何か作ったことはあるか」


「はい。父の工房で、簡単なものは作りました。釘とか、鋲とか」


「炉を扱えるか」


「はい。火加減は、だいたい分かります」


「鉄槌は」


「重い鉄槌は——正直、苦手です。腕力がないので」


 正直な答えだった。


 自分の弱点を隠さない。それは、職人として大切な素質だ。


「俺の工房では、腕力はそれほど重要じゃない」


 鋼太郎は言った。


「重い作業は、道具や機械でカバーできる。それより大切なのは、正確さと、根気と、学ぶ姿勢だ」


「はい」


「俺のやり方は、この世界の他の職人とは違う。測定器具を使い、図面を描き、工程を細かく分ける。最初は戸惑うかもしれない」


「……」


「それでも、俺のやり方を学ぶ気があるか」


 リーゼは、真っ直ぐに鋼太郎を見た。


 その目に、迷いはなかった。


「はい。学ばせてください」


 鋼太郎は、小さく頷いた。


「採用だ。明日から来い」


 リーゼの目が、大きく見開かれた。


「本当——ですか」


「嘘を言う趣味はない。給金は月に銀貨五枚。住み込みでも、通いでもいい。朝は日の出と共に来い。遅刻は許さない」


「は、はい! ありがとうございます!」


 リーゼは、何度も頭を下げた。


 こうして、神崎鍛冶は、最初の弟子を迎えた。


         ◆


 リーゼが来てから一週間が過ぎた。


 最初の数日は、工房の整理整頓を任せた。


 道具の配置を覚えさせ、材料の保管場所を把握させる。


 これも立派な訓練だ。


 製造業では、「5S」——整理・整頓・清掃・清潔・躾——が基本中の基本。作業効率と安全は、整った環境から生まれる。


 リーゼは、文句一つ言わずに働いた。


 床を掃き、道具を磨き、材料を分類する。地味な作業を、黙々とこなした。


 その姿を見て、鋼太郎は確信した。


 この子は、使える。


「リーゼ」


 一週間目の朝、鋼太郎は呼びかけた。


「はい」


「今日から、本格的な作業に入る」


 リーゼの目が輝いた。


「本当ですか」


「ああ。ただし、いきなり鍛造はやらせない。まず、測定を覚えろ」


「測定……?」


 鋼太郎は、ノギスを取り出した。


「これが、ノギスという道具だ。物の寸法を、正確に測ることができる」


 使い方を説明し、実演して見せた。


 リーゼは、食い入るように見つめている。


「お前には、検査を任せたい。俺や他の者が作った製品を、このノギスで測定し、規格に合っているかどうかを判定する」


「私が……検査を?」


「そうだ。検査は、製造の最後にして最も重要な工程だ。どれだけ上手に作っても、検査を通らなければ製品として出荷できない」


 リーゼは、ノギスを受け取った。


 その手が、わずかに震えていた。


「責任重大……ですね」


「ああ。だから、お前に任せる。お前は、細かい作業が得意だと言っていたな。検査には、その素質が必要だ」


「……分かりました。精一杯、やります」


 その日から、リーゼは検査要員として訓練を受けることになった。


         ◆


 さらに数日後、二人目の弟子が加わった。


 ボルトという名の、大柄な青年だ。


「力仕事なら、任せてくれ!」


 初対面の挨拶が、それだった。


 身長は鋼太郎より頭一つ高く、腕は丸太のように太い。元は荷運び人夫だったが、もっと「技のある仕事」がしたいと思い、ギルドに相談したところ、神崎鍛冶を紹介されたという。


「お前、鍛冶の経験はあるのか」


「ない!」


 威勢のいい返事だった。


「だが、力はある! 重いものを持ち上げるのは得意だ!」


「……それだけか」


「火も怖くない! 熱いものを素手で持てる!」


 どこか方向性がずれている気がしたが、鋼太郎は深く追求しなかった。


 この世界の職人は、まず体力が基本だ。技術は後から教えられるが、体力は持って生まれたものが大きい。


「採用だ」


「本当か! よっしゃあ!」


 ボルトは、拳を突き上げて喜んだ。


         ◆


 そして、三人目。


 ナットという名の、小柄な少年だった。


 年齢は十四歳。細身で、どこか神経質そうな顔立ちをしている。


「計算が得意です」


 自己紹介は、それだけだった。


「計算?」


「はい。数字を扱うのが好きなんです」


 鋼太郎は興味を引かれた。


「どのくらいできる」


「足し算、引き算、掛け算、割り算は問題ありません。商人の家で育ったので、帳簿をつける手伝いをしていました」


「それで、なぜ鍛冶師に?」


 ナットは、少し考えてから答えた。


「父の商売が——うまくいかなくて。家を出ることになりました。どこかで働かなければならないのですが、体力がないので、力仕事は無理で」


「それで、鍛冶か」


「はい。ギルドに相談したら、神崎様の工房は『数字を大切にする』と聞きました。それなら、私にも何か役に立てるかもしれないと」


 鋼太郎は、ナットの目を見た。


 聡明な光が宿っている。


 この子は、生産管理に向いているかもしれない。


 材料の在庫管理、生産計画の立案、原価計算——どれも、数字に強い人間が必要な仕事だ。


「採用だ」


「ありがとうございます」


 ナットは、静かに頭を下げた。


         ◆


 こうして、神崎鍛冶は、三人の弟子を迎えた。


 リーゼ——検査担当。


 ボルト——鍛造担当。


 ナット——生産管理担当。


 三人の名前を並べて、鋼太郎は苦笑した。


 ボルトとナット。


 前世で、毎日のように扱っていた部品の名前だ。


 偶然にしては、出来すぎている。


 何か、運命的なものを感じた。


 ——まあいい。


 鋼太郎は、気持ちを切り替えた。


 人が集まった。


 これで、本格的な量産体制を構築できる。


 五百個の蝶番。


 四人で分担すれば、余裕で間に合う。


 そして、その先へ。


 もっと大きな仕事を。


 もっと多くの製品を。


 もっと高い品質を。


 神崎鍛冶の挑戦は、今、始まったばかりだ。

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