後編:狂愛執事、魔国を救う

「兄上、あなたの母君の肖像画だ」


 急募。王宮に母親の肖像画が飾られていた時の正しい反応。


 私、執事のダニエル。魔国の王宮に、母親の肖像画が飾られていた男でございます。


 しかも肖像画には「先代王妃」と書かれております。え、先代王妃!? 私の母が?


「私の母は、ごく普通の一般市民でございます」

「違う、あなたの母君は、国を追い出された先代王妃だ」


 え、あの母が? 父親と恥ずかしげもなく、行ってらっしゃいのチュー♡ をする母が?


「俺の母親は妾だった。だが、誰よりも先代魔王の……父上の寵愛を受けていた。妾だった俺の母が、正室である兄上の母君を追い出したんだ。あなたの母君は、あなたを身篭ったまま、隣の国に逃げた」

「そ、それは……!」


 それは、つまり。少し運命が違っていれば、私がこの国の王様だったということで……。つまり──!


「順当にいっていれば! なんの苦労もなくお嬢様と、正式に結婚できたということではございませんか!」

「えっ?」


 こんなに悔しい事があるでしょうか……。私が魔王だった世界線、今すぐ行きたいですね。

 お嬢様と盛大な結婚式を挙げる私……祝う国民たち。最高の夢でございますね〜!


「そもそも、何故私が兄だと気づいたのですか?」

「先代王妃にそっくりで、目の色だけ父上似。そして、昼に見せた無尽蔵の力。魔族の王の血統で間違いない」

「ああ、なる程……」


 確かに、魔王と私の目、そっくりでございます。


「魔王様……いえ、倫理観が狂った残念な弟よ」


「いきなりを兄貴面をしてきたな……いいのか、こう……。母親が酷い目に遭っていたなんて……許せない! とかないのか」


「ないですよ。うちの母はごく一般的な家庭の幸せな女性です。いい年して父とラブラブだし、本人が幸せそうならいいのでは?」


 フッと、寂しそうに笑った魔王。

 そして、先代王妃の隣に飾られた、黒髪の女の肖像画をじっと見る。


「こちらの女が俺の母。母は恐ろしい女だった。俺には弟達がいたが、俺の母が全員殺させた。俺に王位を継がせるために」

「それは……なかなかの女ですねぇ」

「だが、最期には父に捨てられ、狂って死んでいったよ……。母は俺を見なかった。ずっと権力を見ていた」


 寂しそうな横顔。もしかしてこの「俺の暗い過去」の話、まだ続きますか?

 私、お嬢様のセリフ以外は3行以上耐えられないのですが。


「俺は母の面影を追い掛けて、性根の腐った女を求めてしまう」

「マザコンってことですか。お嬢様に母性を求めないで下さい。お嬢様はお前のママじゃありませんよ」

「厳しい、な……」


 しかし、まさか私が魔国のプリンス様だったとは。


「それで、あなたは弟として、私に何を求めているのですか?」


 魔王は縋るような眼差しで私を見た。そして、手を取る。


「俺は家族の情というものを知らない。ずっと母や父に愛されたかった。だが、両親は俺の事を見なかった。なぜなら……」

「浸りすぎです。結論から話しなさい」

「家族ごっこがしたい」

「簡潔でいいですね。却下でございます」


 何が悲しくて20歳超えてる成人男性の承認欲求を満たしてやらなければならないのでしょうか?

 そんな子犬のような目をしても、ダメなモノはダメでございます。


「兄上……。ならば、兄上は何を望むんだ? 金か? それとも地位?」

「はは、我が弟ながら傲慢でございますねぇ」


 はいはい、きましたよ。権力者あるある。力を振りかざす傲慢さ。それで下々の者が言うことを聞くと思ってるんですね?


「だからあなたには愛が分からないのですよ、可哀想な弟よ」


 以上。それだけです。

 それだけ言って立ち去りました。ええ、最後背中から聞こえた言葉がひとつ。


「必ず仲良し兄弟になってやる……」


 これは聞こえなかったことにしましょうね!


◆◆◆


 そうして入国から1週間程経ちまして。ええ、なんというか……。


「疲れているのね、ダニエル」

「いえ、そんなことはございませんよ」


 しまった。疲れが顔に出ていたか。


 参りましたよ。魔王が毎晩、私の部屋に遊びに来るのです。トランプやチェス盤を持ってくるなら、まだ分かります。


 アホの弟は倫理観が壊れているので「兄上、遊ぼう」と言って女を連れ込んできたりします。


 誰なんですかアレを育てたのは。歪みきってますよ。


 まあ、魔王の執着心がお嬢様から私に移ったのは良い事です。お嬢様が健やかなのが一番でございますからね。


 今は素敵なティータイム。魔国産の紅茶を楽しむお嬢様。平和な時間でございます。


 その時、部屋に入ってきたのは。魔王でございます。


「カミラ、これから宮中で馬を走らせて順位を当てる遊びをするが、来るか?」

「よろしいですわよ。けれど……魔王様、私と遊んで下さるのは良いけれど、政務が疎かに成っておりませんこと?」


 流石お嬢様。私も全く同じ事を思っておりました。この一週間、魔王は一度たりとも仕事をしておりません。気のせいでなければ。


「政務……? ああ、やったぞ。渡された書類に承諾印を押せば終わりだ」


「え?」

「はい?」


 何を言っているのでしょうか。お嬢様も私もびっくりでございます。


「継ぎたくて継いだわけでもない。政治は臣下に任せてある」


 そ、それってもしかして……。

 政治、腐り落ちてるってコトではございませんかーー!?


 この国、思った以上に終わっております。ベスト・オブ・政治腐敗賞でございます。


「父上の代もこんな感じだった」


 2代に渡る政治腐敗! この国はおしまいでございますね。


「それは大丈夫なのかしら? ダニエル?」

「よろしくはないですね」


 不安そうに私を見るお嬢様。


「私のモノになる国がこんな事で良いのかしら……?」

「それは……!」


 ダ、ダメでございます! お嬢様が君臨するお国が、ズタボロ雑巾国家など決して許されません。ええ、つまり。


「仕事をしなさい、魔王様」

「断る!」

「断る!? 政治をする事は、あなた様の生まれながらの責任でございますよ!?」


 弟、想像を遥かに超えて大馬鹿者でございます! この暗君が……。


「今更臣下から権力を奪って俺が政治をしたところで、臣下から恨みを買うだけだ。だから俺は遊んでいる」

「あら、それは大変なのね……」


 カミラお嬢様が扇で口元を隠す。そして……。


「ダニエル。あなた、政治はわかる?」

「いえ、明るくはございません」

「政 治 は わ か る ?」


「はい、明日の朝までには完全に理解する予定でございます」


 はい。お嬢様が仰るなら当然ですね。私は政治ができる男になりますよ。

 私、なんと頭も良いので楽勝でございます。


「では明日、臣下を集めましょう。明日から、この国の政治を最も理解しているダニエルが宰相ですわ」

「その……お嬢様、私が宰相でございますか?」

「口答えするの? ダニエル、屈みなさい」


 ビチャビチャビチャ……!


 出ましたね! 流石の悪女仕草!

 私の髪、最近紅茶の香りが染み付いてまいりました。この香りこそ、私とお嬢様の信頼の証でございます。


「あ、あにう………。カミラ、その、あまりその者に紅茶を掛けるのはどうかと思うぞ。だろう、ダニエル?」


「だまらっしゃい! 私が好きでかけられているのでございます!」


 おっと、私とした事が。目をかっぴらいて叫んでしまいました。


「す、すまぬ。あにう……ダニエルがそれでいいなら……」

「ええ! 二度と口を挟まないでいただきたい!」


 その時の私は、まさか魔国の政治が底なしに終わっているなど、思いもしなかったのでございます……。


◆◆◆


 圧倒的な差別社会! 貧困!


 めちゃくちゃな法律!


 常に地を這う経済!


「この国、終わりでございます!」


 何故崩壊していないのかが不思議なレベルですね。


 何故こうなっているのか? それは、腐敗が原因でございます。

 圧倒的に腐敗した政治。何代にも渡って甘い汁を吸う貴族達の罪。


「お嬢様! 私が、この国を──お嬢様のお国を良きものにいたします!」




 そうして一晩。私、この国で一番政治に明るい男となりました。

 執事兼宰相でございます。


 朝一番、集められた臣下たち。


「そういうわけで、ダニエルがこの国の政治をする。今日から勝手は許さん」


 王座で気だるげに命令する弟。臣下の目が私に集まります。


「私、ダニエルと申します。これから何かする時は、必ず私を通してください」


 臣下のひとりが手を上げる。

「増税する時も?」

「そうですね」


 別の男が手を挙げた。

「じゃあ、法律を決めるときも?」

「そうなりますね」


 また別の手が上がる。

「領地内で女刈りをする時もか?」

「はい」


「そんな事も許されないなんて……! もう終わりだ!」


 終わっているのは臣下の皆様の頭でございます!


◆◆◆


 その晩、お嬢様がお休みになった後、いつものように私の部屋に顔を出す魔王。


「兄上、遊ぼう」

「私、昨日寝てないので。おやすみなさいませ」

「今日は良いものを持ってきた」

「はー、どうせ女10人連れてきたとか、そんなんでしょ?」


 バサッ!


 魔王がベッドに横たわる私の側に、沢山の紙束を置いた。


「仕事でございますか?」

「いや、臣下共の手紙だ。兄上を暗殺するよう命令している。信頼できる部下に集めさせた」


 手紙を見る。凄まじい殺意を感じる文章。

 一方の弟、めちゃくちゃ「褒めて♡」という顔をしているのですが。


「俺は兄上の役に立ちたいんだ……」

「なら政治してください」


 あなたが自分でしっかり政治をすれば万事解決でございます。私もお嬢様のお世話に専念できるというもの。


「政治はしたくない」

「ハッハッハ。お嬢様以外のワガママなんて、全く可愛くないのでやめなさい」


 ゴロン、と私のベッドに転がる弟。


「あの、狭いんですが。このベッドはひとり用でございます」

「兄上と添い寝」

「馬鹿でございますか? こんなところをお嬢様に見られたらお終いでございます! さっさと出てい……」


「ダニエル! ちょっといいかしら?」

「カミラお嬢様!?」


 はい、終わりでございます。


 魔王と同じベッドに横たわる私、これは完全にダメな流れでございます。


「あら、どうして魔王様がいらっしゃるの?」

「こ、これは、そういうアレではございません!」

「カミラには黙っていたが……俺たちは、誰にも言えない、ただならぬ関係なのだ」


 まさか“俺たち実は兄弟なんです”と言っているつもりでございますか!?


「表現! 表現に問題がございます! 誤解でございますお嬢様〜!」


◆◆◆


 さて、昨晩初めて弟に手を上げた私、ダニエルでございます。


 お嬢様の誤解を必死に解き、お休みまで見守り……。

 そして弟に愛の平手打ちでございます。


 平手打ちされて「これが兄弟喧嘩というものか……」と嬉しそうにしていましたが、それは良しとしましょう。


 さて、今日も今日とて……。


「この法律、アホでございますか! ありえません、却下!」


「税率85%!? 目眩がいたします。今すぐお下げなさい!」


「だから女刈りってなんですか! 却下です!」


 この腐った国をどうにかするため奔走中でございます。

 無論、お嬢様のお世話も完璧に。寝不足による頭痛で頭が割れそうでございますが……お嬢様の為なら割れても良いので無問題ですね。


 そして午後のティータイム。お嬢様がお茶を啜る素晴らしい光景。癒やしの時間でございますね。


「ダニエル、良くやっているわね。だけど心配だわ。あなたが倒れないか……。あなたが倒れたら、わたくし、誰に紅茶をかければ良いのかしら」

「お嬢様……!」


 紅茶をかけられるのは私だけの特権、ということでございますね。この上ない幸せでございます。


 ええ、お嬢様。どうか私の作った幸せな国の王妃様に……ん、ちょっとお待ちなさい。


 王妃様になるという事は、つまりですよ。あの弟の妻になるという事ですね?


「し、失念しておりました!」


 なーにが国の再建ですか! そんな事より婚約破棄でございますよ!

 くっ、私とした事が……! 一生懸命国に尽くしてしまいました。


 お嬢様と私が結婚する方法を考えなければ……!


◆◆◆


 その晩、私は部屋の壁を殴っておりました。


 ダン! ダン!


「どうすればあの弟は婚約破棄する……?」


 当初はお嬢様が「もっと悪く」なれば婚約破棄に至るだろうと思っていましたが……。魔王は思っていた以上の悪女好きでございます。


 弟の好みは“息子に王位を継がせるために、夫の子供を皆殺しするレベルの悪女”。

 一方のお嬢様の悪事といえば、芋虫を人の靴に入れる程度。甘々でございます!


「ですが、倫理的に許されないラインというものがございます……」


 私、お嬢様を悪女にはいたしましたが、地獄に落ちてほしいわけではございません。


 どうすればお嬢様は私のものになるのでしょう。


「……閃いてしまいました」


 そうでございます。最強の手がひとつあるではありませんか。


「私が魔王になればよろしい!」


 だって私、血統的にはこの国の正統後継者でございます。

 王位を奪って、カミラお嬢様も奪う! 素晴らしい計画でございます。


 その時。またしても部屋に遊びに来る弟。


「兄上、遊ぼう」

「いいですよ、弟よ! 私は今日からあなたの唯一無二の兄です」

「急に優しいな……」

「その代わり、少し工面してほしいモノがございます」


 首を傾げる弟。


「何が欲しいんだ?」


「王位」


「えっ?」


 一瞬の静粛。


「国が欲しいのか、兄上は……」

「いいでしょう? どうせあなたは世話をしない。ならば、私が代わりに。あなたも重圧から解放されて幸せでございますよ」

「それは……」


 何を迷っているのでしょうか。さっさと私に国を譲ると決めて、楽隠居すればよいのです。

 そして、私とお嬢様の結婚に貢献しなさい。


「ダメだ、兄上には渡せない。王位は、母が俺にくれた唯一の宝物だ」


 泣きそうな顔をする弟。

 てっきり「やった〜! 兄上のおかげで遊んで暮らせる!」くらいの反応が返ってくるかと思っておりましたが……。


「それに、兄上とって王位は手段でしかない。そうではないか……? 兄上が欲しいのは──カミラだ」


「その通りでございます。カミラお嬢様と結ばれることこそが私の宿願。この世の全ては、その踏み台でございます」


 私をキッと睨む弟。兄に向かってなんですかその目は。


「そんな兄上には、王位もカミラも譲りたくない!」

「あなたこそ、母親の影に囚われているだけでございます!」


 なる程、決別でございますか。いいでしょう。


「ならば、内乱と参りましょうか。魔王様」

「できるものならやってみろ、使用人」


◆◆◆


 宣戦布告をしてしまった以上、この王宮には居られません。夜逃げ同然に逃げ出す私。

 私、反逆者のダニエルでございます。


「お嬢様……」


 外から見るお嬢様のお部屋。暗い部屋の中、眠っているであろうお嬢様。

 ああ、お嬢様と離れることだけが心残りでございます。


 その時、お嬢様の部屋の窓が開いて……。


「ダニエル?」


 窓から顔を覗かせるお嬢様。


「お嬢様!」

「どうしたの、こんな夜中に。お庭のお掃除かしら?」

「実は……」


 私はゆっくりと話し始めました。


 実は私が魔国の正統後継者であること。


 国を奪うと宣言して、ここから出て行く事になったこと。


 お嬢様と、しばし離れねばならないこと……。


「そうだったの。で、明日からわたくしは誰に世話されれば良いの?」

「後任の使用人には色々と言付けてあります。それに、私はすぐに迎えに参ります」


「ダメよ。待てない……。待たないわ」


 窓枠に手をかけるお嬢様。そして、身を乗り出して……。身を乗り出して!? 危のうございます!


「お嬢様! その部屋は2階でございます! 落ちてしまいます。どうかお部屋に戻られてください!」

「口答えせずに、わたくしを受け止めなさい!」


 窓から飛び出したお嬢様。ふわりと舞うスカート。駆け出す私。そして。


 ドサッ!


「よ、良かった!」


 私の腕の中に収まるお嬢様。危のうございました! こんなに恐ろしい事は初めてです。心臓バクバクでございます。


「お嬢様! 金輪際、この様な危険な真似は……!」

「うるさいわダニエル。ならもっと危ない事をしてあげる」

「何を──」


 ちゅ。


 その時、お嬢様が私の頬に口付けた。

 え!? 口付けた!?


 思わず思考が止まりました。

 人生で初めてのキッスでございます。


「お、お嬢様……今のは! どういうコトでございますか!」

「自分で考えなさいな」


 そしてお嬢様はフッと笑った。


「あなた王様になるのでしょう」

「ええ、なります」

「わたくし、あなたに賭けるわ。命令よ。あなたの手で、わたくしをこの国の王妃にしなさい」

「それは……」


 あの、私の顔、真っ赤ではございませんか? 頬が熱くて火が出そうでございます。


「返事をなさい、ダニエル」

「ご命令とあらば、なんなりと!」


 ──その夜。

 私、反逆者ダニエルは、お嬢様を攫って王宮を後にしたのでございます。


◆◆◆


 それからは、まさに狂気奔走。


 私が魔国の正統後継者であると高らかに宣言。今の政府に不満を抱く人々を焚き付けました。


 沢山の支援者たち。反乱に協力するという市井の人々。予想通りでございます。

 この国が不満に塗れている事は、お見通しでございました。


 無論、お嬢様のお世話も完璧でございます。お嬢様は毎日美しいドレスを着て、美味しいお茶を飲み、天蓋付きのベッドで眠っておられます。


 弟は何度も弾圧してきましたが、我々は屈しませんでした。この国は変革を求めているのでございます。


 そうして、その日はやってきました。


「ダニエル、お城を落とすのね」

「ええ。お嬢様、今日がその日のようでございますね」


 その日は、突然訪れました。予想よりも早かったですね。

 民の不満が爆発し、魔国のあちこちで武力衝突が起こったのでございます。こうなると、もう止まりません。


「私は彼らを指揮し、城を攻め落とします」

「ダニエル、午後のお茶の時間には間に合わせなさい」


 お嬢様の言葉に、私は跪きました。


「ええ、必ずや最高の1杯をお約束いたします」


◆◆◆


 その日の12時、反乱軍が王宮を取り囲みました。

 よし、あと3時間以内に全てを終わらせれば、お茶の時間に間に合いますね!


「ダニエル様! 突撃の準備が整いました! どうかご指示を!」

「よろしい! では、突撃でございます!」


 そして、突撃を命じて2時間。はい、城が落ちません。

 非常にまずい! このままではお茶の時間に間に合いません! あと1時間で全て片付けなくては!


 城を鎮圧して、弟と話して、王座を奪う。

 ええ、1時間でいけますよ! このダニエルならば!


「私が直接出ます!」

「な、ダニエル様。危険です!」

「問題ありません。ああ、残り55分でございます! 失礼!」


 私は駆け出しました。

 襲い掛かってくる兵士を千切っては投げ、千切っては投げひたすらダッシュ。


 途中で魔国四天王とかいう連中が襲ってきましたが、ワンパンでございます。

 どうやらこの四天王が原因で侵攻が遅れたようですね。


 そして、王座へ。豪奢な椅子にどっかりと座る弟。


「きましたよ、魔王! いえ、アホの弟!」

「きたか、兄上……」


 構える私。立ち上がる弟。

 私と同じ真っ赤な目が、こちらを睨んでおります。


 懐中時計を取り出します。え、残り17分!?

 ギリギリでございます!


「良いですか、弟よ。あなたは亡き母親に呪われているのです。今、私が解き放ってやりますよ」

「……できるものなら……、できるものなら、やってみろ!」


 そこからは壮絶な殴り合いでございます。ルールは簡単、最後に立っていた方の勝ちでございます。


 バキッ!


「兄上には分からないのだ! 愛されて育った兄上には!」


 ドコッ!


「ええ、分かりません! ですが、あなたが幸せだとはとても思えません! さっさと王座と呪いを手放しなさい!」


 残り9分! まずい!


 脳裏にお嬢様の美しいお顔。ああ、お嬢様。私がお茶の時間に間に合わなかったら、お嬢様は。


 ──あなたには失望したわ。


 万一、そんな事を言われたりしたら……私は……!


「耐えられません! これで終わりでございます!」

「グゥっ!」

 重い一撃! 弟が地に伏しました。 ええ、苦戦しましたが完全勝利でございます。


「兄上……。俺を殺すのか?」

「は? 殺しませんよ。殺してお嬢様が喜ぶでもなし。あなたは離宮で隔離。今流行りのスローライフでも過ごしなさい」

「……はは、最後まで、それか」


 弟はガクリと失神。その弟から王冠を奪いさり、私の頭に載せました。

 そして、玉座に座り……。


 これにて戴冠! はい、残り5分ジャストでございます!


「お嬢様! 今ダニエルがお茶をご用意いたします! どうか待っていてください!」


 新しい王の誕生に沸く民衆。

 全力で街を駆け抜けてお嬢様の元に戻り、お茶を用意する私。


 ええ、これで内乱は終わり。新しい王の誕生でございます。


 そして、素晴らしい午後のティータイム。


「ダニエル。あなたが新しい王様になったのね」

「ええ、お嬢様は王妃様でございますよ」

「あら、まだ違うわ。結婚式をしていないもの」


 け、結婚式! そうです。お嬢様と結婚式でございます。


 それはつまり、お嬢様とケーキ入刀したり、誓いのキッスをするという事でございますね!?


 私……私、涙を禁じ得ません……!


「あら、泣いているの、ダニエル」

「はい、幸せ過ぎて……! 私は……!」

「なら、もっと幸せにしてあげるわ。ダニエル、屈みなさい」


 紅茶のカップを傾けるお嬢様。これは……!


 ビチャビチャビチャ……!


 アツアツの紅茶が頭にかかっております。


 ああ、お嬢様! 私、世界で一番の幸せ者でございます!


◆◆◆

 そうして、私は魔国の王になりました。

 魔王ダニエルでございます。


 魔王になってからは苦労の連続でございました。腐った国を立て直すのに四苦八苦。


 毎日のように襲ってくる刺客をぶちのめし、刺客を放った貴族も退治。


 法律を整備し、経済を回復させ……まあ、とにかく色々やったのでございます。


 今では魔国の中興の祖などと呼ばれております。

 まあ、お嬢様が君臨する国を美しく整備するのは当然でございますからね。ついでに民が幸せになったようで、なによりでございます。




 弟は離宮で自由な生活を送っております。


「兄上。庭でやっている畑でトマトがとれたぞ。食べるか?」

「本当に自由になりましたね、あなたは……」


 頬を土で汚しながら、幸せそうに笑う弟。手にはトマト。平和ですねえ。


「ああ。王座から離れ、俺はようやく解放されたんだ。ありがとう、兄上」

「なんですか。あんなに殴り合っておいて」

「あと、最近気になる女性ができて。優しい人だ、とても……」


 は? なんですか? 私が全力で国を立て直している中、弟は【引退魔王は聖女とスローライフを送る】みたいな生活してます?


 王座を追われた元魔王が、優しい女性と出会って過去のトラウマを癒やす……みたいな話になってますか?


 まあ、幸せそうならいいでしょう。一応弟ではありますしね。


「俺は兄上と仲良くなれて嬉しい」

「ハイハイ、勝手に言ってなさい」




 そして今日、お嬢様と私の結婚式でございます!


 国がゴタゴタして遅くなってしまいましたが、これも完璧な結婚式を挙げるため。


 全ての段取りを決め、準備を整えたのは私でございます。正直法律を考えた時よりも気を遣いました。


 美しい花に囲まれた式場。

 厳かな教会。


 遠くからは民衆の祝福する声。


「ダニエル陛下、バンザーイ!」

「お幸せにー!」


 ああ、結婚式には国賓として隣国の王太子殿下も呼んでおきました。

 状況が理解できない様子ですね。でしょうとも。使用人だった男が隣国の王様になって、更にお嬢様と結婚ですからね。

 まあ、あなたは私達を祝福する拍手をしておけばよろしい。


 そして、世界で一番美しいお嬢様。白いウエディングドレスに身を包み、私の隣に。


「お美しいです、お嬢様……」


 ああ、私、涙で前が見えません。私と結婚するお嬢様! 5歳の私、あなたの夢が叶いましたよ!


「何故あなたが泣くの、ダニエル」

「お嬢様が私を選んで下さった……。こんなに嬉しい事は他にありません……!」


 お嬢様は嬉しそうに微笑んだ。


「わたくしは、政略結婚の駒だったわ。両親もわたくしを駒としてしか見ていなかった。だけど……あなただけは、いつも真っ直ぐわたくしを見ていたわ、ダニエル」


「当然でございます。お嬢様は生まれたその瞬間から私を虜にしたのですから!」


「ええ、だからわたくし、あなたが良いのよ」


 お嬢様の緑の瞳が細められる。金の髪が揺れる。

 ああ、なんてお美しい。生まれたときから、あなたは誰よりチャーミングでございます。


「さあ、新郎新婦、誓いのキスを」


 私とお嬢様の唇が近づき……。


 祝福の鐘が鳴り、拍手が式場を包みます。

 今この瞬間より、私は正式にお嬢様の夫でございます!


 そして、唇が離れて……。


「さあ、命令よ。一生、わたくしと一緒にいなさい。ダニエル」


 私は思わず跪きました。ざわめく式場。


「ええ、もちろん。命令されずとも、私は生涯あなたの側に!」


 美しく笑うお嬢様。


 ひとりの男を狂わせて、国さえひっくり返させた稀代の悪女。


 お嬢様をお育てしたのは、私ダニエルでございます!


〈完〉

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【タイトル】執事ダニエルの狂気奔走 〜お嬢様を悪女に育てたのは、執事の私です!〜 内海めばる @SetoMebaru

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