老兵と新兵


 老兵が塹壕の中で煙草を吸っていた。その真正面には老兵に照準を合わせた新兵が居た。彼らの軍服の色から見て、彼らは互いに敵同士らしい。

 新兵が言う。何故煙草を吸ったのだ、と。当然だ。老兵は煙草を吸わずに塹壕の中に居れば新兵にもバレずにいれたのだから。

 老兵は答える。村では死ぬ直前に煙草を吸う風習がある、と。しかし、そう返された新兵は首を傾げる。死ぬと決まったわけではないのに、何故そうやってわざわざ死にに行くのか、はなから理解出来なかったのだ。

 老兵は答える。祖国にはこの私に尽くしてくれた妻と一人前にまで育ってくれた息子、そして愛おしい孫が居る、と。それでも尚新兵が理解出来ずにいると、老兵は煙草を深く吸って言った。どうせこのまま生きても、家族の厄介になるだけだ、と。我先に生きようとして若兵を殺すのは御免だ、と。

 その時になってようやく、新兵は気づいた。老兵の右太腿に銃痕がある事を。そして、その銃痕は老兵の足を役立たずにするのに充分である事を。老兵は、自分を囮に他を生かそうとしていた事を。

 新兵は銃を下ろした。こんな優しい爺さんを撃とうとしていた事が情けなかった。その代わり、新兵は懐からライターを出した。煙草の火を付ける為だ。それから、老兵が出来るだけ平穏な余生を過ごせる様な方法を考えていた。まだ、彼は過ごす事が出来ると。生き延びる事ができると、新兵は思っていた。


 次の日、進軍してきた新兵側の兵士はあの塹壕の中で2人が木っ端微塵に吹き飛んでいるのを見つけた。

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ショートショート 松本秀喜 @A-is-Blackcat

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