第3話 錆びゆく父神

「――神の器、一番」


 宮司ぐうじの声が、社務所の緊迫した空気を震わせた。


伊弉諾イザナギシュン。前へ」


「……はい」


 名前を呼ばれ、シュンが立ち上がった。国生みの父神ちちなるかみの名を持つが、性格は臆病で泣き虫だ。

 

 この『神隠村かみかくしむら』に生まれた子供は皆、八百万やおよろずの神々の名を与えられる。


 親から受け継ぐわけではない。村の戸籍役が、生まれた瞬間に『割り当てる』のだ。


 それは私たちが人間ではなく、神を降ろすための『器』として選ばれたことの証明だった。


 シュンが重い足取りで祭壇へ進む。

 たたみに片膝をつき、震える手で透き通る小刀を握った。


 私たち十九人の視線が、シュンの細い手首に集まる。


「……無理だよ、こんなの」


「ならば、貸せ」


 宮司ぐうじが小刀を奪い、有無を言わさず、シュンの手首の上で真横に引いた。


 瞬の小さな悲鳴。

 皮膚が裂け、赤い血が溢れ出す。


 宮司に腕を掴まれ、強制的に『渇きかわきぼとけ』の頭上へと突き出される。 


 ポタリ、ポタリ。


 流れる血が、石仏の顔を染めた瞬間――。 


 硬質で、耳障りな『研磨音』が社務所に響き渡った。


 気がつけば、仏像に落ちた血が液体としての性質を失い、瞬時に『黒き刃』へと結晶化していた。


 それは無秩序に伸び、仏の眼窩がんかを串刺しにした。


「ひ、あ、あ……!?」


 シュンが絶叫して、尻餅をつく。


 変化は、仏の頭部だけでは止まらない。


 血を流しているシュンの傷口からも、皮膚を食い破り、赤錆あかさび色の鉄杭てつぐいが何本も飛び出した。


 社務所内に、悲鳴が一斉に上がる。


「皆の者、しずまれ!」


 宮司が、懐から一枚の御札を取り出し、包帯で見えぬはずなのに、シュンの手首に素早く巻きつけた。


 鉄杭が札を突き破っているが、流血が見事に止まった。


「儀式の終わりだ」


 宮司が冷酷に告げた。


伊弉諾イザナギシュン其方そなたの祝福は、第弐ノ器・物質系――漆・【五寸ごすん】」


 五寸。


 リストの七番目にあった名前だ。自らの血液を、短刀や釘に変える力。


「な、なんで……僕がこんな恐ろしい力に」


 震えるシュンを、宮司が見下ろした。


伊弉諾イザナギは、我が子である火の神カグヅチ十拳剣とつかのつるぎで斬り殺した神だ。 其方の血には、親殺し子殺しの『断絶の業』が流れている。さぁ、抜け」


 宮司が乾き地蔵の頭部を両手で持ち上げ、シュンに差し出した。


 シュンが唇を噛み締めながら、言われるがままに仏の頭から血の短刀を引き抜いた。


 すると、仏の頭部が元の姿に一瞬で戻った。


「下がれ。次」


 宮司は猶予すら与えない。


 【五寸ごすん】のシュン。


 ふらつく足取りで列に戻ったシュンの目には、絶望が色濃く焼き付いていた。

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