地図から消失した『神隠村』。十八歳になった私たちは、妖を殺すための【二十の呪い】に祝福される。

冬海 凛

第1話 血と汗と蝉時雨

 2027年、日本。

 とうとう、妖の数がこの国の人口を超えた。


   *


 視界が、ぐらりと揺れた。


 貧血ではない、暑さのせいだ。あるいは、一時間以上も続く正座の苦痛だろうか。


 七月半ば。


 山奥の盆地にへばりつくように存在するこの村の湿度は、不快指数という言葉では生温い。


 古びた社務所しゃむしょの障子は全て閉ざされ、風の通り道はない。


 そのくせ、鼓膜を突き破らんばかりの蝉時雨せみしぐれだけは、容赦なく室内に流れ込んで来る。


 鼓膜を掻きむしる騒音。ほこりっぽい畳の匂い。そして、私の周りに座る幼馴染たちの汗の臭い。


 十八歳になったばかりの私たち神の器・二十名は、まるで出荷を待つ野菜のように、二列横隊で祭壇を見つめていた。


「――ときは、満ちた」


 カサリ、と乾いた音がして、祭壇の奥からソレが現れた。


 宮司だ。


 だが、私たちが知っている近所の優しいお爺さんではない。白装束に身を包んでいるのは同じだが、異常なのは、その頭部。


 頭のてっぺんから顎の先まで、墨文字によって漢字がびっしりと記された、古い包帯を幾重にも巻いている。


 宮司には目も鼻もなく、ただ、呼吸をするたびに、口元の布がヒュウ、ヒュウと不気味にくぼむだけだ。


 まるで、全身から溢れ出しそうな何かを、無理やり封印しているかのような姿だった。


 宮司は、私たちの目の前の祭壇に、ゴトリと重いものを置いた。


 一斉に、二十人の喉が鳴った。


 それは、石でできた仏像の頭部だった。


 胴体はない。首から上だけの地蔵菩薩。しかし、その慈悲深い表情とは裏腹に、口元は耳まで裂け、牙のような突起が覗いている。


 仏頭の横には、美しい小刀が一本。柄には注連縄しめなわが巻かれていた。


「これより、祝福の儀を執り行う」


 宮司の晒しの奥から、こもった低い声が漏れた。


「手順は簡潔だ。そこに在る小刀で、己の手首を切れ」


 室内の空気が凍りついた。誰かが、小さく悲鳴を上げた。


「動脈を断つ必要はない。滴る血を、この『渇き仏かわきぼとけ』の頭上に注ぐのだ。それで、お前たちの器の形――すなわち、どの系統の能力に適性があるか、判明する」


 宮司は包帯越しに、私たち二十人をねめ回した。視線は見えないはずなのに、肌が粟立つような感覚が走る。


「よいか。この世界において、妖を殺せるのは、能力の代償となる呪いを受け入れた者だけだ。だが、闇雲に力を求めても、器が合わねば肉体が弾け飛ぶ」


 宮司が指を一本立てる。


「分類は二十種。大きく四つの区分に分かれる」


 宮司が巻物をだらりと伸ばした。


 第壱:肉と血を代償とする【生体系】

 第弍:物を依り代とする【物質系】

 第参:場を支配する【空間系】

 第肆:理を書き換える【概念系】


 蝉の声が一瞬、遠のいた気がした。


 私の心臓が早鐘を打つ。これから私の血が、私の未来を決めるのだ。


「各系統は、ここからさらに細かく五指に分かれる――」


 宮司が次の巻物を、だらりと垂らした。血でひどく汚れている。

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