未遂
心音
衝動
自分は死体になって腐るべきだ。
呼吸をしているのが不自然に感じる。なぜ自分は今生きている?心臓が動いている?とにかく今すぐ死体になるための行動がしたい、首にロープをかけたい、吊りたい。苦しみたい。ここ1週間鬱で寝込んで何もやる気が起きなかったはずなのに、今は不思議と頭がよく回っていて、やってみたい。そういう衝動に駆られた。
思い切って鉛のように重い身体を無理やり起こした。まるで誰かが背中に乗っているようだ。でも今死体になりたい。生物という枠組みから逃げ出したい。何日も着替えていないパジャマはもやは体の一部となったかのような嫌な生暖かさがある。でも不思議と気にならなかった。何日お風呂に入ってないんだろう。歯も磨いてないし顔も洗ってない。普通の人なら今すぐ着替えてシャワーを浴びるのだろうか。そんな気力は無かった。のっそりベッドから降り、足をフローリングにつける。フローリングの冷たさを感じた。お尻を落とし、あぐらをかく。明けっ放しの乱雑に物が入った引き出しに手を突っ込んでてきとうな紐を見つけた。机の上に置いていたスマホを取って隣に置いて、紐を結ぶ動画(まさに自殺ロープって感じ)を見ながら自分も真似る。首吊りロープが見事にできた。意外と簡単だな。
私は不器用でこういうライフハックは基本成功しないのだけど、今回だけは例外だったみたいだ。なんでこういう時だけ成功するのか。神みたいな存在があるとするならば、これは私に対して死に導いてるのではないか?私をここまで追い詰めて助けず、自殺に導くなんて、私は苦しむためになるために産まれてきたようなものじゃないか?そんなくだらないことを考えた。うん、じゃあ死体になるべきだな。私の行動は間違ってない。するとスマホの画面が暗くなって自分の醜い顔がうつった。自分でも驚くほどひどい顔。死んだ魚の目にホームレスのようなボサボサでギトギトの髪、痩けた顔。ゾンビだ。綺麗な鏡で見たらもっとひどいだろう。気持ち悪いな。見てるだけで不快な気分になる。
と思いながら真顔でロープを椅子にくくりつけていた。
やっとこれを決行する時が来たのか。死体になることを決めたときからいつの間にか二年前経ってしまったな。ダラダラ生きてきた。まあ今度でいいやと先延ばしにしてきた。でも今ならこの世界とおさらばできるだろう。喜ばしいことだ。やっと苦しみから解放される。
首にロープをかける。
ゆっくり体重をかける。
ギチチと嫌な音を立てて首がギューッと締まる。
顔が一気に熱くなる。熱を放ってる。空気を入れすぎて破裂しそうな風船みたいな膨れる感じだ。吊れてる。それと同時にリビングから聞こえていたテレビの音が遠ざかった。ちゃんとぎゅうぎゅう締まってる。首に紐が食い込んでる。頭がグラグラする。大きな耳鳴りが聞こえた。心臓がドクドク鳴り始める。脳にまで響いてる。悲鳴を上げてるようだ、うるさいな、体は生きようとしているのが気持ちが悪かった。ここから今まで感じたことのない変な気持ちになった。私危ない状態になってる、明らかに死に近づいている。あぁやっぱり苦しいな、でも嫌な苦しさじゃない。むしろ自分にとっては心地いいかもしれない。いつの間にか焦点が合わなくなった。なんとなく見える景色は四角から砂嵐のように真っ黒になっていく。何も見えなくなりそう。空気を吸ってるのに入ってこなかった。自然と意識が遠のいた。あと少しだ、やっと。
今までの思い出が蘇る。
どれもこれも嫌な思い出ばかりだ。
学校で物を隠されたこと、悪口を言われたこと、学校に行けなくなったこと、両親の仲が悪くなり喧嘩の声が自分の部屋に響いてきたこと。もうこんなの見たくない。見てて辛い。良い思い出は無いのか?いや、思い出せないのか、思い出そうとしないのか。ドラマとかでよく見る走馬灯といえば、もっと良い思い出が蘇って切なくなるイメージがあったが、わたしの場合違ったようだ。ゴミみたいな人生だからしょうがない。でももうここで終わりだ。
突然、ゴンッ、と音がして後頭部に失神しそうなくらいの猛烈な痛みが走る。脳が揺れる。いつの間にか天井を見てた。紐が切れたみたいだ。その瞬間肺が呼吸するのを忘れていたみたいで、一気に息苦しさに襲われる。大きく息を吸った、でもどれだけ息を吸っても苦しい、吐いても苦しい、苦しい。吸いすぎて肺が痛い、でもまだ苦しい、私はパニックになった。何度もゲホゲホ咳き込む。焦点が合わない、めまいがすごい、吐きそうだ。自分は生きてしまった。
それを自覚するのに時間がかかった。困惑した。
あー、だめだった、死ねなかったみたいだ。
だんだん落ち着いてくると共に虚しくなる。
何もできないくせに、私に生きる価値なんて無いのに、死ぬことさえできないのか。
そう思った途端、つんと鼻の奥が痛くなり、顔が熱くなって、口がへの字になって、目の奥からじわっと熱い涙がぼろぼろ溢れ出した。
まるでコップの中の水が大量に溢れたようだった。
静かにヒクヒクしゃくり上げる。先ほどの激しい呼吸で乾いた気道が痛む。でも何度もしゃくり上げる。泣きすぎて鼻が詰まって息苦しくなった。でも涙は止まらなかった、熱く滝のように流れ続けていた。
幼い子供のような泣き方だ。
昔の自分を思い出す。学校で嫌なことがあって暗い顔で家に帰った時、それに母親が気づいて優しくしてくれた。我慢してた分わんわん泣いて抱きしめられる。でも私が成長して女になったのが気に食わなかったのか、鬱になって成績が落ちたのがだめだったのか、中学に入った途端に冷たくなり、弟にべったりになった。生ごみを見るような目で私を見ている。私に関心が無くなる。脳裏にその情景が浮かぶ。もうあの時の母親はいない。
もう私のことを愛してくれない。
そのことを思い出し、わんわん声を出して泣いて顔がぐちゃぐちゃになる。何度も腕で涙を拭った。そこからしばらく泣き続ける。
1時間でくらい経っただろうか。ゆっくり落ちつき始め、涙がだんだん止まり始めた。鼻が完全に詰まりしゃくり上げながら荒い口呼吸をしている。頬に付いた涙が冷たくなる。耳まで伝っていた。そこから1時間ずっと泣いた疲労に襲われてそのまま眠ってしまった。
未遂 心音 @kokone525
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます