第四話 犯行当日

※未成年の売春描写がありますが、推奨・賞賛の意図はありません。

 


 琉は内心パニックになりながらも冷静に会計を終わらせ、冬陽と共に店を出た。

 冬陽は笑顔で琉に話かける。

  

「迷惑かけてごめん、俺もう行くよ」


 立ち去ろうとする冬陽の腕を琉は掴んだ。


「いや、待って、待てよ。納得できないって」


「納得する必要ないじゃん」


 冬陽の雰囲気が突然刺々しくなる。

 琉は冬陽に視線を合わせる。


「俺さ、お前がそんな奴には見えないんだけど」


「見えないだけでしょ、俺のことなんて何も知らないじゃん」


 冬陽の言う通りだ。

 苗字も年齢も、殺人を犯したことも全てニュースで知っただけの情報だ。

 琉は、冬陽のことを何も知らなかった。


「……じゃあさ、教えてよ」


「え?」


「ここじゃ誰かに見つかるかもな、ホテルかカラオケでいい?」


「……いい、よ」


 琉は冬陽の腕を掴んだまま、近くのカラオケ店に入っていった。

 冬陽はこれまでの態度が嘘だったように、静かに琉に着いていく。

 まるで世界からひっそりと消えたかのようだった。

 個室に入ると、冬陽は俯きながら髪をかきむしる。

 微かに漏れる呻き声を上げた後、冬陽は顔を上げて琉を見つめる。

 その目は暗く澱み、生気が感じられなかった。


「聞いてよ、俺がどれだけ最低な人間か」


 冬陽はポツポツと語り出した。


 

 冬陽は授業が終わると、急いでバイト先に向かった。

 教室や廊下ではクラスメイトが楽しそうに話をしている。

 

「どっか寄って帰ろ!」

「今日もランクマ行かん?」


 冬陽には全て関係のない話だった。胸の奥に小さな痛みが走ったような気が無視をして走り出した。

 昼に買った購買のパン一つだけでは足りず、胃が空腹を訴えている。

 しかし今は小銭すら持っていない。


(弁当の廃棄、食えるかな)


 そんなことを考えながら、学校から程近いコンビニに客としてではなく店員として入る。

 出勤はいつもギリギリだ。

 適当に着替えてタイムカードを切る。


「お疲れっす」


「お疲れ、ごめんもう上がるね」


 中年の女性と交代し、レジに立つ。

 今から22時まで働かなくてはいけない。

 冬陽は小さくため息を吐く。


(腹減ったな)


 21時40分。

 冬陽はレジで中年の男に怒鳴られていた。

 弁当に箸をつけ忘れていたらしい。

 

「最近の若い奴は気が利かない」

「そんなんじゃ社会でやっていけない」

「会社に苦情を入れるぞ」

「親の顔が見てみたい」


 男は思いつく限りの罵声を冬陽に浴びせていた。

 冬陽は努めて申し訳なさそうな顔で男に頭を下げる。

 なぜか涙が溢れそうだったが、奥歯を噛み締めて堪えた。

 それから5分経ち、男は満足したのか「頑張れよ」なんて声をかけて上機嫌に帰っていった。

 胸の奥で何かが重みを持ってのしかかる。

 男の後ろに並んでいた女性が心配そうに声をかける。

 多分優しい言葉だったと思うが、冬陽にはよく聞こえなかった。


 タイムカードを切り、着替える。

 スマホに通知が来ていたので急いでアプリを開く。

 相手はいつも冬陽を買ってくれる男だった。


『やほ、今日空いてる?』


 冬陽は口の端をあげる。

 クレーマーに絡まれて最悪な日で終わる今日が、ラッキーな日に変わる。


『空いてるよ!いつもの場所でいい?』


 これで安い菓子パンが買える。

 少しは腹が満たせる。

 冬陽は急いでホテルのある場所へ向かった。



 ホテルの近くまでに行き、照明の少ない路地で男を待つ。

 しばらくすると男が二人現れる。


「ふゆ君やっほ、今日さ、もう一人追加していい?」


 冬陽は心の中で歓喜した。

 笑顔を浮かべて指を3本立てる。


「二人ならこれね。あとはいつもと一緒」


 男達は笑顔で了承すると、冬陽と共にホテルへ入る。

 部屋に入ると、男は遠慮もなしに冬陽に近づきズボンを下ろす。

 冬陽は何の躊躇もなく男のそれを口に含んだ。


「じゃあ二人で4万5千円ね」


「お前中に出しすぎだろ」


「ごめんって」


 冬陽は二人から紙幣を受け取ると、制服のポケットにねじ込む。


 男が連れてきたもう一人が、冬陽の肩に触れて首に吸い付く。冬陽はわざとらしく声を上げる。


「めっちゃよかった、顔も可愛いし最高」


「ありがと」


 冬陽はいつものように男の肩にしなだれた。

 男は気を良くしたのか、冬陽の尻を撫でる。


「ねえ、俺とも連絡先交換してよ」


 男がスマホを出すと、冬陽もスマホを出して連絡先を交換する。


「22時以降ならいつでも呼んで」


 冬陽は媚びるような顔で男に擦り寄った。

 胸に鉛のように重いものがのしかかったが、気付かないふりをした。


 

 冬陽は腰を庇いながら、疲労でフラフラとする体に鞭を打って帰路に着く。

 明日も朝から新聞の配達がある。

 朝だけは遅刻はできない。

 5分前に職場に着いていなければ、電話がかかってくるほど時間に厳しい人だ。

 さっさと風呂に入って家事をして寝なければならない。

 それなのになぜか足取りはとても重い。

 理由は母が新しい男をまた連れ込んだからだ。

 今度の男はチャラくて乱暴で、しかも酒癖が悪い。

 母がいない時に冬陽に手を出してくるような見境のなさもあった。

 対価のないセックスは嫌いだ。

 あの男たちのように金を払って欲しい。


(本当は別れて欲しいけど)


 そんな考えに冬陽は苦笑いする。

 どうせ別れても別の男を見つけて連れてくるだけだ。

 母は男がいないと生きていけないのだ。


(それは俺も一緒か)


 後孔から垂れてくる粘着質な感触に吐き気を覚えながら、冬陽は歩みを進めた。


 日はとっくに0時を過ぎているというのに、自宅である安アパートには灯りが灯っている。

 大抵は母と彼氏がセックスしているのだが、今日は母の嬌声が聞こえない。

 冬陽は珍しいこともあるのだな、と思いながら玄関の鍵を開ける。

 そこにはいつも以上に散乱したゴミと酒に溺れた母親がいた。

 冬陽が帰ってきたことに気付いた母親は喚きながら制服に入ったお金を奪い、近くのゴミを投げつける。

 金切り声のせいでよく聞こえなかったが、彼氏には別の女がいたらしい。

 ゴミや酒缶を浴びながら、冬陽の中にあった重い何かが溢れてくる。

 夜遅くまでバイトをこなして。

 よく知りもしない男に抱かれて。

 また朝には母を支えるために起きるのに。

 母の頭にあるのは、男に捨てられたということだけ。

 冬陽を労ることもなければ、感謝だってされたことがない。

 気付けば冬陽は、毎晩母の彼氏が煽っていた酒瓶を手にしていた。

 目の前が赤くなる。

 母の声が聞こえた気がしたが、よく聞こえなかった。


(……静かになった?)


 ふと気がつけば、冬陽の持っていた酒瓶は割れ、血が滴っている。

 よく男に「年齢の割に綺麗」と言われていた顔が、見る影も無くなっていた。

 若造りのために買った化粧品や服が血に濡れている。


「え、あ?……ははは」


 ここにいてはいけないと思った。

 冬陽は急いで玄関横にある流し台で手を洗うと、血で汚れた制服を脱ぎ、適当に着替える。

 中古で買ったサイズの大きい制服をゴミ袋に入れ、口を縛る。

 もう学校に行けないな、とぼんやり考える。

 財布とスマホだけをポケットに突っ込み家を出た。

 行く当てなどなかったが、今はただ母のそばにいたくなかった。

 暗い夜道を冬陽は走る。


「あ、あはは、はははは!」

 

 解放された。ただそう思った。

 


「ね?俺って最低でしょ?」


 冬陽の笑顔は今にも壊れそうだった。

 琉は何を言えば分からず、黙っていた。

 そんな琉を気にもせず、冬陽は言葉を続ける。


「警察いく?いいよ、行こうよ。死刑かな?人殺したら死刑なんでしょ?しかも親だし、早く行こう?」


 冬陽はケラケラと笑い出す。

 琉は冬陽の肩を掴むと、声を上げる。


「落ち着けって!」


「だってそうじゃん!」


 冬陽は今にも泣きそうな顔で目を見開く。

 それなのに、涙は一つも出ていない。


「本当は、すぐにでも死ぬつもりだった!でも、最期に友達と遊びたくなったの!でも俺友達いないから、琉に声かけた、ほんとそれだけ、最低だろ、死んだ方がいいじゃん!」


「冬陽……」


「ごめん、ほんとこれで終わり、俺、もう一人で行く」


 去ろうとする冬陽の手を琉が掴む。

 

「行くなよ」


「離して」


「俺も行く」


「死にに行くって言ってるじゃん」


「海行きたいって言ったじゃん、行こうよ」


「は、なんで」


「分かんない?一緒に死ぬって言ってんの」


 琉は自分でも信じられない言葉を口に出す。

 一緒に死ぬのは違うだろう、そう思いつつも冬陽を一人で行かせるのはもっと違う気がした。

 

「……ばかじゃないの」


「俺バカだし」


 冬陽は俯きながら笑い声を上げる。

 笑い声は次第に涙声に変わっていく。


「……本当に言ってる?」


「俺って嘘だけはつかないんだ」


「嘘つき、仕事サボったくせに」


 冬陽の目にはわずかに光が宿っていた。

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