第三話 ニュース速報
翌朝、琉は窓から差し込む朝日で目が覚めた。
いつもと違うベッドの硬さに違和感を覚えるが、ビジネスホテルに泊まっていることを思い出し、自嘲を浮かべる。
「そういや、家じゃなかったわ……」
琉がスマホで時間を確認すると、就業時間はとっくに過ぎていた。
「……終わったー」
今から職場に向かったところで着くのは昼頃だろう。
昨日は、「休んでもいいや」と思っていたのだ。
(今日も休も)
そう考えていた瞬間、タイミングよくスマホが鳴る。
通話相手は上司だった。
「すみません、はい、はい、熱が下がらなくて……はい、体調が良くなり次第連絡します……はい、失礼します」
昨日のカラオケと寝起きが功を奏しただろう。
喉がガラガラに枯れているせいで本当に風邪っぽく聞こえる。
上司は本当に体調が悪いと思ったのか、心配の言葉をかけてきた。
通話を切り、スマホをベッドの脇に置く。
「うわぁ……演技上手だね」
隣のベッドで寝ていた冬陽が呆れながら声をかけてくる。
「まあな、俺って営業職だからさ」
琉は眠そうに目を擦りながら体を起こす。
冬陽は苦笑いを浮かべている。
寝癖でボサボサの髪をいじりながら冬陽に声をかける。
「てかいつ起きた?早くない?」
「5時ぐらいには起きてたかな?」
「はっや!じじいかよ」
琉は笑いながら洗面所に向かう。
背後から冬陽の怒った声が聞こえたが、あえて無視をした。
◇
ホテルをチェックアウトした後、琉と冬陽は近くのコンビニに入った。
適当に朝食を買い、コンビニの前で二人並んでおにぎりを頬張る。
冬陽が若干不安そうな顔で琉に話しかける。
「……ホテルでさ、何もしなくて良かったの?」
「何かって?……あ、もしかして恋バナとか怖い話とか?」
「え?」
冬陽はぽかんとした顔をする。
「ほら修学旅行とかでさ、先生にバレないようにしなかった?誰が好きとか、聞いたら死ぬ呪いの話とか」
「えー何それ!」
「いや、友達と泊まったらするだろ!」
「あはは!でも怖い話か……俺の後ろにいたりして!」
「はぁ!?いきなりぶっこむなよめっちゃ怖いじゃん!」
「あはは!ビビりー!」
冬陽は楽しそうに笑う。
その表情に琉の心が満たされていく。
(そういや俺、人の笑った顔が好きだったなぁ)
ぼんやりと就職前のことを思い出す。
特技も趣味もないが、人が笑った顔だけは好きだった。
だから人と関わることが多い営業職を選んだのだが、実際は苛立った取引先のご機嫌取りだったり、クレームの処理など人の負の側面が強い職種だった。
入社早々失敗した、と思ったのが随分と懐かしい。
「……どう、したの?」
「え?」
冬陽が不安そうな顔で琉を見上げている。
先ほどの笑顔が消え、残念だな、という感情が琉の胸に宿る。
「黙ってたから、その気分悪くしたのかなって」
「あーごめん、ちょっと考え事してた」
「考え事?」
「そ、仕事のこと、俺多分向いてないんだよなぁ」
思わず口から漏れ出た弱音に、琉は思わずしまった、と内心舌を打つ。
「仕事って、向き不向きがあるの?」
冬陽はそんな弱音を笑わず、純粋な目をしながら聞く。
「んーあるんじゃね?少なくとも今の仕事は楽しくねぇしなぁ」
「楽しい仕事ってあるの……?」
「新社会人の俺にする質問じゃねぇな」
「……そう、なんだ」
冬陽は何かを考えるような顔をして下を向く。
「……冬陽ってさ、本当は学生?社会人?全然わかんねぇ」
「えー、どっちでしょう?」
冬陽は顔を上げ、イタズラっぽく笑う。
「うっわズリいだろそれ」
他愛のない話をしながら二人は駅に向かって歩き出す。
琉は冬陽といる時間を手放し難くなっていた。
(このまま二人でダラダラ旅ができたらいいのに)
そんなことを思いながら、冬陽の笑う顔を嬉しそうな顔で見つめていた。
◇
二人は駅に着くと、さらに南を目指すことにした。
「本当にいいの?」
「いいよー……って何が?」
「その、俺に構ってて」
「いいんじゃね?俺明日休みだし」
「どういうこと?」
「明日土曜日だろ?俺の職場土日休みなの、めっちゃいいだろ」
「へーそうなんだ?」
「反応うっす、同期に言ったら大抵羨ましがられるんだぞ」
「え、そうなの?」
「そうだよ〜、お、電車来るっぽい」
アナウンスと共に電車が駅のホームに停車する。
琉と冬陽は軽い足取りで電車に乗り込んだ。
車両には琉と冬陽しかいなかった。
琉はスマホをいじりながら、これから向かうS市の名産を調べていた。
冬陽はその画面を興味深そうに眺めている。
せっかく遠出しているのだ、昨日のようにカラオケで過ごすのは流石に勿体無く感じた。
「海近いね!俺海行きたい!」
「この時期じゃ寒そうだけど」
「いいの!」
冬陽は子供のような笑顔で琉を見る。
琉はその表情を満更でもない顔で見つめた後、再びスマホに視線を移す。
「へーS市ってさ、海鮮うまいらしいぞ、いいね〜」
「海鮮って魚だよね?」
「あーまあ海老とか蟹、貝とか?これから行くところはカツオが美味いらしい……もしかして嫌い?」
「あ、いや……あんま食べたことなくって」
「へー普段肉ばっか?」
「んー、まあ」
「「そんな感じ?」」
冬陽の言葉を先読みした琉が、イタズラっぽく被せる。
冬陽は少しムスッとした顔で琉を見つめる。
「もう!真似しないでよ!」
「分かりやすいんだよ!」
琉は一通り笑い終わったあと、スマホでSNSを眺める。
SNSには暗いニュースとそれに野次を投げるユーザーで溢れている。
(どいつもこいつも暇かよ)
画面をスクロールすると、殺人事件のニュースが流れてきた。
被害者は40代の女性らしい。
警察は同居人の30代の男性と10代の男性を探していると書かれている。
琉は冬陽に何となく話題を振ろうとした瞬間、冬陽が声を上擦らせながら話しかける。
「琉ってピアス開けてたの?!」
「え?……ああ、まあな。大学の頃若気の至りで開けた」
「めっちゃ穴空いてる!着けてるところ見てみたーい!」
「また今度な、そういう冬陽は開けてないのな」
「だって痛そうだし?」
冬陽は楽しそうにケラケラ笑う。
突然話題を振ってきたことを不審に思いつつも、楽しそうに笑う姿に、胸が高鳴るのを感じる。
(もしかして俺って男もいけんのか?)
そんなことを考えながら、琉はSNSを閉じた。
◇
S市に着いてから、街をブラブラと歩いた後二人は定食屋に入った。
本当は海鮮丼などを楽しむ予定だったが、新社会人の財布には悲しいことに二人分の丼を楽しむお金は入っていなかった。
「逆にこういうのもありということで」
琉は自分を慰めるように定食屋のメニューを眺める。
店内には昼休憩のサラリーマンや地元の人達で賑わっている。
冬陽は昨日立ち寄ったファミレス同様、物珍しそうに店内を見ていた。
「めっちゃいい匂いする!」
「思った、この店当たりかもしれん」
冬陽はアジフライ定食を、琉は日替わり定食を頼む。
そう時間が経たないうちに、温かい定食がテーブルの上に置かれる。
二人は手を合わせると、言葉少なに食べる。
琉はあっという間に定食を平らげると、満足そうな顔で冬陽を見る。
「めっちゃ美味くね?」
「おいしい!」
言葉とは裏腹に、冬陽の食の進みは遅かった。
満腹なのか、途中で箸を下ろす。
「あんま好きじゃなかった?」
「いや、お腹いっぱいで……」
冬陽の言葉は本当のようで、何回かえずく様子があった。
「無理に食わなくていいよ」
意外と少食だよな、と思いながら、琉は冬陽が残した白ごはんをもらう。
「うめー、お袋の味って感じ」
「お袋?」
「和食ってそんな感じしない?まあ俺の母ちゃん洋食ばっかだったんだけどさ」
琉は肘をつきながら冬陽を見つめる。
「汁物だけでも飲んでけよ」
「なんで?」
「あれ、これって俺の家だけかな。朝飯抜いて学校行こうとするとさ、親から味噌汁だけでも飲んでけ!って言われたんだよ、普通白ごはんじゃね?って思ったけど。冬陽はそういうのなかった?」
「あー、んー、あった、かも?」
冬陽は歯切れ悪く答える。
琉は他意なく質問をする。
「冬陽の親ってどんな人?」
「俺の、親は……普通だよ!」
冬陽は貼り付けたような笑顔をする。
琉はその表情を見て、ミスった、と思った。
定食屋の隅に設置されたテレビを見て、話題を探す。
そこに映っていたのは、SNSで見た殺人事件のニュースだった。
「……え?」
琉は己の目を疑う。
そこに映っていたのは、目の前にいる冬陽の顔写真と、容疑者・桑原冬陽(16)のテロップが貼られた映像だった。
「どうしたの?……あ」
あまりの衝撃に思わず琉は冬陽を見つめる。
「マジ?」
冬陽は諦めと悲しみを含んだような笑顔で琉を見つめ返した。
「……あはは、ばれちゃったね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます