第4話「雪解けの予感と作戦会議」

「……で、具体的にどうするつもりなんですか」

 蓮は腕組みをして、怪訝そうに湊を見下ろしている。工房の作業台には、ノートを広げた湊が座り込み、何かを必死に書き連ねていた。

「いいですか、高遠さん。ただ店先に並べて待っているだけじゃ、二百個の饅頭は捌けません。こちらから打って出るんです」

 湊はボールペンを指揮棒のように振ってみせた。

「幸い、今週末は近くの神社で『初市』があります。人出は多いはずです。そこに臨時の出店許可をもらえないか、僕が交渉してきます」

「初市……。確かに人は集まりますが、あそこはテキ屋の縄張りでしょう。素人が入り込む余地なんて」

「そこは僕のライターとしてのコネクション……というか、まあ口八丁手八丁を使います。以前取材したことのある商工会の方を通じて頼み込んでみます」

 湊の言葉に、蓮はわずかに目を丸くした。

「……そこまでしてくれる義理は、あなたにはないはずですが」

「義理じゃありません。僕が食べたいんです。高遠さんが作った美味しい紅白饅頭が、誰にも食べられずに終わるなんて、僕が許せません」

 湊は真っ直ぐに蓮を見つめた。その瞳に迷いはない。

 蓮は気まずそうに視線を逸らし、首の後ろを無骨な手で擦った。

「……あなたは、お人好しすぎる」

「褒め言葉として受け取っておきます。それで、高遠さんにはお願いがあります」

「何でしょう」

「ただの紅白饅頭じゃなくて、何か一つ、目玉になるような工夫が欲しいんです。初市に来るお客さんは、寒くてお腹が空いています。そこでパッと目を引くような」

 蓮は顎に手を当て、考え込んだ。職人の顔に戻っている。

「……寒い、か。なら、蒸したてを提供するのはどうでしょう。せいろを持ち込んで、その場で蒸し上げる。湯気と匂いで客を惹きつける」

「それです! 最高です! あと、縁起物として『おみくじ』を付けるのはどうですか? 饅頭の包み紙の裏に、ちょっとした運勢が書いてあるとか」

「おみくじ……和菓子屋らしくはないですが、祭りの場なら悪くないかもしれません」

 二人のアイデアが重なり合い、形になっていく。蓮の声にも熱が帯びてきた。

 その夜、湊は店に残ってポップ作りを手伝った。

 画用紙に筆ペンで『月光堂特製 蒸したて福饅頭』と書く。蓮がそれを見て、「字が上手いですね」とポツリと言った。

「そうですか? パソコンばかり使ってるから、手書きは緊張しますよ」

「いえ、味がある。……温かい字です」

 不意打ちの褒め言葉に、今度は湊が赤くなる番だった。

 作業が一段落した頃、蓮が熱い焙じ茶を淹れてくれた。

 湯飲みから立ち上る湯気の向こうで、蓮が静かに語り始める。

「……実は、店を畳もうかと思っていたんです」

 衝撃的な言葉に、湊は茶を吹き出しそうになった。

「えっ、どうしてですか!? こんなに美味しいのに!」

「味が良いだけでは、今の時代、生き残れません。父が亡くなってから、客足は減る一方です。俺には経営の才能がない。……このキャンセル騒ぎが、潮時かと思っていました」

 蓮の表情は暗い。それは長年一人で抱え込んできた重圧なのだろう。

 湊は湯飲みを置き、真剣な眼差しで蓮を見た。

「高遠さん。僕はこの街に来て、まだ日も浅いし、何も分かってないかもしれません。でも、あなたの作るお菓子が、僕を救ってくれたのは事実です」

「救った……?」

「はい。仕事に行き詰まって、何を食べても味がしなかった僕が、あのどら焼きを食べた時、久しぶりに『美味しい』って感じたんです。生き返ったような気がしました」

 湊は自分の胸に手を当てて語る。

「あなたの和菓子には力があります。絶対に、店を畳ませたりしません。僕が宣伝部長になりますから!」

 力説する湊を見て、蓮が微かに笑った。

 それは初めて見る、柔らかで穏やかな笑顔だった。強面の仮面が外れ、年相応の青年の素顔が覗く。

「……ふっ、宣伝部長ですか。頼もしいですね」

 その笑顔の破壊力に、湊の心臓がドクリと大きな音を立てた。

 やばい。かっこいい。

 今まで「怖い職人さん」としか思っていなかった蓮が、急に「魅力的な男性」として認識されてしまった。

「あ、あの! 明日も早いし、今日はもう帰りますね!」

 湊は動揺を隠すように慌てて立ち上がる。

「送ります。暗いし、道も凍っている」

「いえいえ、一人で大丈夫ですから!」

「俺が心配なんです」

 蓮の真っ直ぐな言葉に、湊は完全に言葉を失った。

 結局、蓮は湊が滞在している家の前まで送ってくれた。

 別れ際、蓮はボソリと言った。

「……ありがとうございます。湊さん」

 名前で呼ばれたのは初めてだった。

「……おやすみなさい、蓮さん」

 湊も下の名前で呼び返す。蓮は少し驚いた顔をして、それから深く頷いた。

「おやすみなさい」

 閉ざされた扉の向こうで、湊は壁に背中を預けてズルズルと座り込んだ。

 顔が熱い。真冬の寒空の下を歩いてきたはずなのに、体中が火照っている。

 これは吊り橋効果だ。きっとそうだ。

 湊は自分にそう言い聞かせようとしたが、胸の奥の甘い痛みは、それを否定していた。

 硬かった二人の距離は、急速に近づきつつあった。だがそれは同時に、新たな波乱の幕開けでもあった。

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