第16章「穢染公」

潜入は、夜を待って行われた。


 洗一は、黒い外套を纏い、城の裏手から近づいた。


 瘴気が濃い。マスクをしていても、体が重くなる。


 だが——止まるわけにはいかなかった。


 城の壁には、ところどころに亀裂があった。


 洗一は、その一つから——城内に忍び込んだ。


 城の中は——異様だった。


 壁も床も、黒い染みに覆われている。空気は重く、息をするたびに肺が焼けるような感覚がある。


 【汚染鑑定】を発動する。


 ——現在位置:城の一階

 ——穢れの核:地下三階、約100メートル下方

 ——経路:階段を下りる必要あり

 ——警告:複数の生命体を検出


 複数の生命体。


 魔王軍の兵士か。


 洗一は、身を潜めながら、階段を探した。


 幸い、兵士たちは——ほとんど動いていなかった。


 いや、動けなかったのだ。


 彼らも——瘴気に侵されていた。


 壁に寄りかかり、うわ言を呟いている者。床に倒れ、ピクリとも動かない者。


 瘴気は——敵味方を問わず、蝕んでいる。


 洗一は、彼らを避けながら、地下への階段を見つけた。


 地下一階、地下二階——


 深く降りるほど、瘴気は濃くなっていった。


 マスクでは、もう——防ぎきれない。


 体が、重い。視界が、歪む。


 それでも——


 洗一は、進み続けた。


 地下三階。


 階段を降りきると——広大な空間が広がっていた。


 そして、その中央に——


 黒い水晶が、浮かんでいた。


 人の背丈ほどの大きさ。不規則な形状。表面には、無数の亀裂が走っている。


 その亀裂から——瘴気が、とめどなく噴き出していた。


「これが——穢れの核」


 洗一は、水晶に近づいた。


 【汚染鑑定】を発動する。


 ——対象:穢れの核(人工物)

 ——生成者:不明(魔王軍関連)

 ——機能:瘴気の増幅と放出

 ——弱点:魔力による浄化(内部への浸透が必要)

 ——警告:接触は危険。高濃度瘴気により、生命活動が停止する可能性あり。


 接触は危険。


 だが——他に方法はない。


 洗一は、【溶剤生成】を発動した。


 両手に——金色の光が、集まり始めた。


「さあ——落としてやる」


「待て」


 声が、背後から聞こえた。


 洗一は、振り返った。


 そこに——男が、立っていた。


 痩せた体躯。青白い肌。深く落ちくぼんだ目。


 そして——全身から、瘴気が立ち昇っている。


「お前が——穢染公か」


「いかにも。そして、お前は——『万物洗浄』の持ち主だな」


 洗一の目が、見開かれた。


「俺のことを——知っているのか」


「もちろんだ。お前のことは——ずっと、監視していた」


 穢染公は、ゆっくりと近づいてきた。


「穢れを落とせる人間——お前のような存在は、我々にとって——脅威だ」


「だから——排除しに来たのか」


「いや」


 穢染公は、首を振った。


「お前を——勧誘しに来た」


「勧誘——?」


「お前の能力は——素晴らしい。穢れを落とす力。それは——穢れを操る力の、裏返しでもある」


 穢染公の目が、妖しく光った。


「お前には——才能がある。我々の側に来れば——世界を支配することも、夢ではない」


「世界を——支配?」


「そうだ。穢れを操る者は——全ての生命を、支配できる。人間も、魔物も、全ては——穢れの前に、ひれ伏す」


 洗一は、しばらく黙っていた。


 やがて、静かに言った。


「断る」


「なぜだ」


「俺は——汚れを落とす職人だ。汚れを広げるのは——俺の仕事じゃない」


 穢染公の表情が、歪んだ。


「愚かな——」


「愚かで結構だ」


 洗一は、穢れの核に向き直った。


「俺は——お前を、落とす」


 洗一は、穢れの核に飛びかかった。


 両手の魔力溶剤を——核に、叩きつける。


 金色の光が、黒い水晶と衝突した。


「無駄だ——」


 穢染公の声が、嘲笑うように響いた。


「その程度の力で——核は、浄化できない」


 確かに——核は、びくともしなかった。


 瘴気の噴出は、続いている。


 だが——


「諦めない」


 洗一は、さらに魔力を込めた。


 【溶剤生成】を——限界まで発動する。


 体中の魔力を——絞り出す。


「この——頑固な——」


 穢染公の顔に、焦りが浮かんだ。


 核の表面に——亀裂が、走り始めた。


「馬鹿な——」


 洗一の魔力が、核の内部に浸透していった。


 穢れを——内側から、溶かしていく。


 金色の光と、黒い瘴気が——激しくぶつかり合う。


「やめろ——!」


 穢染公が、洗一に飛びかかった。


 だが——遅かった。


 核が——砕けた。


 黒い水晶が、無数の破片となって、飛び散った。


 そして——瘴気の噴出が、止まった。


「やった——」


 洗一は、その場に崩れ落ちた。


 体中の力が——抜けていた。


「貴様——」


 穢染公の声が、怒りに震えていた。


「よくも——よくも——」


 彼の体から、さらに濃い瘴気が立ち昇った。


「殺してやる——」


 穢染公が、洗一に向かって、手を伸ばした。


 その瞬間——


 城が、揺れた。


 爆発音。


 勇者パーティの——攻撃が、始まったのだ。


「な——」


 穢染公の注意が、一瞬、そちらに向いた。


 その隙に——洗一は、立ち上がった。


 そして——最後の魔力を振り絞って、穢染公に向かって、魔力溶剤を投げつけた。


「これで——終わりだ」


 金色の光が、穢染公の体を包んだ。


「ぐあああああ——!」


 穢染公の絶叫が、地下に響いた。


 彼の体から——瘴気が、急速に抜けていく。


 魔力溶剤が——彼の体内の穢れを、溶かしていた。


「貴様——何を——」


「お前の力は——穢れそのものだ。それを——俺は、落とした」


 穢染公の体が——崩れ始めた。


 瘴気が抜けると——彼の肉体は、維持できなくなっていく。


「覚えておけ——」


 消えゆく穢染公が、洗一を睨みつけた。


「魔王は——お前を、許さない——」


 そして——穢染公は、消滅した。


 洗一は、その場に倒れ込んだ。


 体が——動かない。


 魔力を、使い果たした。


 意識が——遠のいていく。


「セイイチ——!」


 声が、聞こえた。


 アルベルトの声だ。


 彼らが——助けに来てくれた。


 よかった——


 洗一は、そう思いながら——意識を、手放した。


【第16章・了】

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